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そして季節は巡り、二人の関係を変えるある人がやってきました。
それは、ライトの婚約者としてやってきた隣国の姫でした。
王族であるライトにとって政略結婚は避けられないものだと重々分かっていましたし、それに対して特に不満を抱いたこともありません。
このときもただ周囲に言われるままに姫君を迎え、相手をしていましたが、ライトはたった2日で匙を投げそうになりました。
それほどまでにライトにとって姫君は驚異だったのです。
まず姫君の話の内容の8割もライトは理解ができませんでした。
剣ばかり振るってきたため、世間の流行に疎い自覚はあります。
気のきく話題や言葉が見つからないので聞き役に徹していたのですが、姫君の話す内容はドレスや装飾品、化粧といった女性のことばかりで正直何を言っているのか分かりませんでした。
極め付けは、姫君が自分を観察するかのように見つめてくる目が恐怖でした。
まるで自分が絵画などの美術品にでもなった気分でした。
あまりの視線に顔を覆い、『見ないで』とまるで女性のように悲鳴を上げたくなることが数回。
姫君と会った後は、げっそりと窶れる思いでした。
縋ったのは、やはりコリンでした。
「お前も一緒にお茶をしよう」
コリンの身分であれば十分姫君と自分の茶会に同席できます。
婚約者である二人の間に入れ、とは無茶なことを言っている自覚はありますが、ライトにとっては死活問題だったのです。
しかし救いを求めた相手は、つれなく断り続けました。
どうしてもと頼み、ようやく警護として傍にいてくれることにほっと胸を撫で下ろしたその席で、それは起こりました。
「いや――――近寄らないで化け物っ、気持ち悪い!」
それを聞いたときは、耳を疑いました。
振り返った先には侍女に取り囲まれ、涙を流す姫君と―――――青ざめた顔のコリン。
それだけで誰が誰に向けて発した言葉か理解しました。
同時に沸き起こったのは、今までに感じたことのない怒りでした。
己を助けた者に対する感謝の言葉もなく、罵る言葉を投げつけた者。
見過ごすことも許すこともできませんでした。
ましてやこの姫君は、己が誰よりも大事にしているコリンを傷つけたのです。
理性を総動員しなければ、右手に握っていた剣を姫君に向けていたかもしれません。
ぎりぎりのところで衝動を押さえつけ、騎士団の副団長として指示を飛ばします。
その間にコリンは、姫君に一礼した後、その場を立ち去っていました。
立場がなければ、一も二もなくその背を追い、慰めたでしょう。
しかし立場がそれを許しませんし、またこういったことはこれからも起こるかもしれません。
コリンは、それを自分で乗り越えなければならないのです。
だからあえてこのときは、一人にしようと考えたのですが、それは失敗だったのかもしれません。
なぜなら、
「姫君が襲われたことは大変残念なことだとは思いますが、私の可愛い娘を言葉にも出したくない言葉で侮辱したことは許しがたいことです。娘はとても傷ついたことでしょう。最早、私は自分の子どもたちを傷つけるような場所に置いておくことも、私自身留まることもできかねます。息子と娘を連れて領地に戻ろうかと思います」
彼は父である侯爵とともに王宮を辞したのです。
そして何よりも、彼は彼ではなく――――コリンは女性だったのです。
コリンの父親である侯爵のこの言葉を聞いたときの自分は、世界で一番の間抜けな顔をしていたことでしょう。
なぜ男だと思い込んでいたのか、本当に過去の自分を殴りつけたいと思いました。
最早取り返しのつかないほど、ライトはコリンに無礼を働いていました。
姫君のことを責められた立場ではありません。
さらに悪いことに、侯爵は言葉通りコリンを連れ帰ってしまったため、謝ることすらできません。
もしかしたらこのまま戻って来ない可能性も―――――。
ライトは悶々と過ごしました。
コリンと過ごした日々を一つ一つ思い返してみれば、思い当たる節がいくつかありました。
コリンは、確かに顔はコブリン顔と言われ、世間では醜いと言われる容姿だったかもしれません。
しかしはにかむようなひっそりとした笑い方、細やかな気配り、肩を抱いたときに香る花のような匂い、男にしては細すぎる体―――。
思い出していくと、なぜかライトは顔に熱が集まるのを感じました。
どきどきと胸が鳴り、苦しいのです。
それを何と呼ぶのか、22歳にもなって恋一つしたことがないライトにはそれが何と言う感情かすぐには分かりませんでした。
分かったのは、
「コリン、お前に触っても良いか」
ようやく戻ってきたコリンに触れたときでした。
柔らかな髪、額、目元、鼻、口元、と触れていくと、自分の大事な女性は彼女以外いないと感情が後から後から沸き起こりました。
ついこの前までコリンを男だと思っていたのに、現金なものだと思わず笑い出したくなるほどでした。
彼女が欲しくて、欲しくてたまらない、きっと断られても諦めきれずに彼女の愛を乞うだろうとライトは思いました。
幸いにも
「はい、殿下……私も殿下のことをお慕いしております」
コリンは、受け入れてくれました。
そうでなければ、本当に自分の部屋に閉じ込めて誰にも会わせず、自分のものにしていたでしょう。
愛する彼女を抱きしめながら、ライトはコリンとの結婚を実現するために色々と考えを巡らせていました。
早く自分のものにしなければ彼女が、いつ心変わりをして離れていくか分かりません。
ただでさえ自分に自信のないコリンが、いつ身を引くか分からないからです。
結婚して子どもをつくればさすがに離れられないだろうと思いながら、彼女を強く強く抱きしめ、彼女の香りを堪能しました。
むかしむかし、とある国にはとある王子が居ました。
光輝く金の髪、青空のような瞳、染み一つない白い肌…と国を興した英雄の生まれ変わりだと言われるほどそれはそれは美しい姿をしておりました。
性格も真っ直ぐで爽やかであったことから皆に慕われていましたが、王子が選んだのは『醜い』と言われる女性でした。
彼は周囲の思惑も声も無視して妻との間にたくさんの子どもを設け、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。