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『コリン・ノーム』
ライトが彼の存在を知ったのは、彼が騎士団に入団してから間もなくのことでした。
王族としてどうしても外せない儀礼に参加し、数日ぶりに戻った訓練所に新しい顔ぶれがありました。
そういえば新入りがやってくる季節だったと思い出しながら目を走らせていたライトは、一人の新入りのところで目を止めました。
その新入りは、誰がどう見ても見紛うことがないくらい『コブリン』だったのです。
ぎょろりと大きな目も、尖がった大きな鼻も、出っ張った頬骨も、どれもあの絵本で見たコブリンそのものでした。
ライトにとってひどく懐かしい姿でした。
思わずまじまじと見ていると、そばにいた一人の騎士が怪訝そうな顔をして、次にライトの視線の先にあるものを見て、納得したように頷きました。
「あれのことですか」
あれ、とはまるで物のような言い方です。
ライトが新入りから隣へと視線を寄越すと、
「新入りのコリン・ノームですよ。何を考えて騎士団に入ったのか知りませんがね、すぐに辞めるでしょうよ」
吐き捨てました。
辞めて欲しいと言わんばかりの口ぶりと顔つきでした。
ノームといえば名門侯爵家の姓と同じです。
その姓に気づいた者は、皆こう思っていたのです。
どうせ貴族の坊やが親に我侭を言って、不正に入団したのだろうと。
14歳、という遅い年齢での入団も陰口の対象でした。
入団した瞬間から、彼の周りは敵しか居なかったのです。
特に騎士団に居る数少ない女性騎士の態度はあからさまでした。
コリンの姿を見るや顔をしかめ、そそくさと離れて行くのです。
多くの新入りがする失敗も、彼がするだけですぐに噂として広まりました。
騎士団の中でも華やかな彼女らのあからさまな態度は殊の外目立ち、いつの間にか伝染していくようでした。
誰もがコリンを避け、訓練でも組むのを嫌がります。
当のコリンは避けられていることに気づいているのでしょうが、それを理由に訓練に手を抜いたりへこたれるようなことはありませんでした。
少なくともライトの前では、彼が涙を零したことも、しょんぼりと肩を落とすこともありませんでした。
潔いほどに真面目に訓練や雑務に取り組む姿は、本当に気持ちの良いものでした。
己がいつの間にか忘れていた、基本の姿がそこにあったのです。
三か月ほどコリンを密かに観察していたライトは、とうとう我慢できずに声をかけました。
その日も一人で棍棒の素振りをしていたコリンに、
「俺と組もう」
と声を掛けると、ぎょろりと大きな目がびっくりしたように見開かれました。
思わず祖母の絵本に描かれたコブリンを思い出し、吹き出しそうになりましたがどうにか堪えて向かい合います。
ざわざわと騎士団の者が戸惑うような声を上げ、二人を見つめていることに気づきましたが、構いません。
ただライトはコリンの本質を剣を交えることで知りたいと思っていたからです。
戦い方や動きにはその人の本質が少なからず現れるものです。
果たして彼はどうだろうか、とライトは自分に棍棒を向けるコリンを見据えました。
コリンが持つ棍棒は、一般市民向けの博物館に収められていた、ライトが持つ剣と同様に特殊な物だと噂で聞いていました。
構えてみれば、14歳という年齢にしては小柄なコリンが持つには、大きすぎるようでした。
よくあれを軽々と素振りできたものだと感心できたのは、最初だけでした。
気を抜けば、あっという間に地面に伏すことになったでしょう。
それほどまでにコリンの腕前は素晴らしかったのです。
棍棒の使い手を相手にしたのはこれが初めてであり、戦いにくいということを差し引いても、コリンの腕は確かなものでした。
見習いの中でも群を抜いており、むしろ騎士団に長く所属している者でも敵わない者は幾人もいるだろうと分かりました。
「素晴らしい! 棍棒の使い方は誰に教わったのだ?」
打ち合いの後、思わずそう声をかけたほどでした。
高名な師についていたのか、と問うと、コリンは肩で息をしながら首を振りました。
「い、え……自分で、覚え、ました」
とたどたどしく紡がれた言葉に心底驚きました。
恐らくはライトの剣と同じく特殊な棍棒なのだから、使い方は自然と覚えられるかもしれません。
しかし、それだけではここまでの腕前にはならなかったでしょう。
コリン自身の努力があったからにほかなりません。
不正に入団した、などという噂は本当にくだらない噂でしかなかったと分かり、ライトはますますコリンのことが気に入りました。
これほど手ごたえのある新入りは、後にも先にもこのコリンだけでした。
以来、ライトは暇を見つけてはコリンに声をかけるようになりました。
最初はびくびくとした態度だったコリンも次第に軟化して行き、2年たつころにはようやくまともに話をできるようになりました。
「私の夢は、騎士となって人の役に立つことです」
と信念のようなものを初めて語ってくれたときは本当に嬉しく、将来兄の剣として腕を振るうときに片腕とするのはコリンしかいないと次第に思うようになるほどでした。
初めはコリンと行動を共にするようになったライトに、
「なぜあのような者と親しくするのです」
「殿下とあの者では釣り合いが取れません」
「あの者と一緒に居ることで殿下の評判が下がります」
とお節介なことを告げる者は多く居ました。
大きなお世話だとライトはそれらを聞き入れることはありませんでした。
ですがその不満は、反対にコリンへと向かっていたようです。
心ない嫌がらせは、数えきれないほどありました。
ライトもできる限りはコリンを助けるようにしていましたが、ある日それすらもコリンにきっぱりと断られました。
「これらはすべて殿下のお傍に居るにはまだまだ相応しくない私への試練だと思っております。ですがこれからさらに努力を重ね、必ず殿下のお傍に立つのに相応しい者となります。ですから殿下はただ待っていてくださいませ。私は誰よりも強くなり、殿下の力となりたいのです」
真っ直ぐな目で言われ、それ以上何を言えたでしょう。
これまで王子であるライトに忠誠を誓う者が居なかったわけではありません。
しかしこれほどまでに胸を熱くさせる誓いがあったでしょうか。
答えは否です。
それほどまでにコリンの誓は真摯なものでした。
反対に自分は、どうでしょうか。
コリンに誓いを立ててもらえるほどの存在でしょうか。
副団長という地位に慢心を抱いていたのではないか、自惚れてはいないかと自問し、自分も負けてはいられないと思いました。
お互いを高めあうことができる存在ほど大切なものはない、とライトは初めて気づきました。
気づかせてくれたコリンをますます大事に思うようになりました。
『殿下』
周囲が自分やコリンのことをどう言おうと、何を思っていようともうどうでもいいとライトは吹っ切れました。
コブリンと言われる、世間では醜いといわれる容姿など関係ありません。
ただライトにとって、コリンほど大事な存在はなかったのですから。
同性であり、家臣であるコリンにおかしなほどライトはのめり込んでいました。