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コブリン姫の結婚  作者: くま
本編
4/11

 その後の調べで王子と姫君を襲ったのは、姫君の国の者だと分かりました。

 王子と姫君を結婚させることで不都合が生じる者の手によるものだったのです。

 隣国で大臣をしているその者の処罰は隣国に任せ、姫君も国に帰しました。

 ―――――王子との婚約をなかったことにして。

 というのも、姫君に対する皆の怒りが大きかったからです。

 まず王子は、


「己を守ってくれた者に感謝することなく、罵倒する者を妻とは呼べません。ましてやコリン・ノームは私の片腕ともなる者です。部下であり、信頼する友を侮辱した彼女を決して許すことはできません」


 と太陽のような笑顔を消し、淡々と申し立てました。

 そして王を支え、国の中枢を担う侯爵は、


「姫君が襲われたことは大変残念なことだとは思いますが、私の可愛い娘を言葉にも出したくない言葉で侮辱したことは許しがたいことです。娘はとても傷ついたことでしょう。最早、私は自分の子どもたちを傷つけるような場所に置いておくことも、私自身留まることもできかねます。息子と娘を連れて領地に戻ろうかと思います」


 と冷ややかな笑顔を浮かべ、文官として出仕していた長男とコリンを連れて王宮を下がりました。

 他にもコリンの同僚の騎士らも抗議の声を上げ、それは無視できない大きさとなりました。

 最早、皆の反対を押し切ってまで姫君を迎える理由はなく、王は息子である第二王子の申し立てを受け入れて婚約を破棄しました。

 同時に自宅に引きこもってしまった侯爵と侯爵の長男、コリンを呼び戻すためにどうしたものかと頭を抱えました。

 そんなことは露知らず、コリンは久しぶりに帰って来た実家で大人しく過ごしていました。

 両親、兄姉たちは戻ってきたコリンを気遣い、あれこれと世話をしてくれますが、一人で過ごしたくて自室にこもってばかりいました。

 姫君の態度には傷つきましたが、それも仕方がないことだと思ってもうあまり気にしてはいません。

 それよりも王子のことが気にかかっていました。

 姫君のコリンに対する態度を怒ってくれたのは本当に嬉しいことでしたが、立場が悪くなっていないかと心配です。

 それにどうやら王子は、父である侯爵の発言でようやくコリンが女であることを知ったようなのです。

 侯爵の言葉に呆然とし、その後騎士団の者たちにコリンが女であることを知っていたかと聞いて回ったようです。

 決して騙していたわけではありませんが、勘違いされていると知りながら正さなかったのです。

 王子はそんなコリンをどう思ったでしょう。

 もしかしたら怒っているかもしれない、恥をかかされたと思っているかもしれないと思い、悶々と過ごしました。

 それから1か月して、騎士団長からそろそろ戻って来ないかと控えめな手紙が届きました。

 父である侯爵も王から公爵位を与えられることが決まっており、あとは返事を返すだけという状況でした。

 コリンは騎士団長に丁寧に返信を書き、侯爵に騎士団に戻ることを伝えました。

 侯爵をはじめとする家族は少し渋りましたが、最終的には戻ることを許してくれました。

 それから数日後に騎士団に戻ったコリンは、頭を下げに行った騎士団長に「よく戻ってきてくれた」と微笑まれ、寮ですれ違う同僚には肩をたたかれて「お帰り」と言われました。

 それが少し面映ゆく、照れくさく感じられましたが、有難いことだとも思いました。

 自室で荷物を解き、ほっと息をついたとき、こんこん、と扉を叩く音が聞こえました。

 扉を開けると、そこには王子が立っていました。

「殿下……」

「少し話がしたい。入ってもいいか?」

「……どうぞ」

 どこか思いつめた表情に、ごくりと喉を鳴らしてコリンは頷きました。

 王子は、いつもなら当たり前のように扉を閉めるのに、今日は少し開けて完全に閉めることはありませんでした。

 部屋に一つだけある椅子を勧めようとしたとき、振り返ったコリンは凍りつきました。

 王子がコリンに向かって膝をついて頭を下げていたからです。


「本当にすまなかった」

「殿下!」


 おろおろとコリンは、自分も膝をつきました。

 どうにか立ってもらおうとしますが、肝心の王子がその気はなく、


「今までコリンが女性であるなどと思わず、男性にするような態度ばかり取ってきた。気安く触られて、さぞ不快な思いをしただろう。本当に悪かった」


 頭を下げ続けるのです。

 コリンは顔を歪めました。

「いいえ、私の方こそ殿下が勘違いされていることを知りながら、正しませんでした。頭を下げなければならないのは私の方です」

「いいや、コリンは何も悪くはない」

「いいえ、殿下こそ」

 お互いにお互いを庇い合い、コリンが、殿下が、と言い合っているうちにその馬鹿らしさにようやく気付きました。

 王子が声を立てて笑い出したので、コリンも思わず微笑んでいました。

 それは鏡を見て無理に笑おうと練習したものとは比べものにならないほど、自然なものでした。


「殿下?」


 コリンの笑顔を見て固まり、次第に顔を赤くした王子にコリンは首を傾げます。

 王子は咳払いを一つすると、頭をかきました。


「いや……お前が女性だと分かってからこの1か月、おかしいのだ」

「え」

「今までお前の肩を抱いたりしたことを思い出すと……なぜか、胸がどきどきする。今もお前の笑顔を見ると、嬉しいのに胸が苦しい」


 その告白には、コリンまで顔を赤くしました。

 どういう意味なのでしょう。

 決して勘違いなどしてはいけない、とともすれば期待してしまいそうな自分を叱咤します。

 二人で顔を赤らめ、しばらくは床やら天井に視線を彷徨わせていたのですが、ややあって王子が口を開きました。


「コリン、お前に触っても良いか」


 コリンはその言葉に固まりました。

 しばらくは何も考えられなかったほどです。

 しかし何よりも真剣な顔をした王子に、戸惑いながらもこくりと頷きました。

 ありがとう、と王子が破顔し、手を伸ばしてきます。

「………」

 白く美しい指先がまず触れたのは、コリンの茶色の髪でした。

 後ろで一つで括っているそれを撫で、次に額、目元、鼻、口元と触れていきます。

 僅かに震えている、王子の指先にコリンの胸はこれ以上ないくらい音を立てています。

 それはきっと、目の前の真っ赤な顔をした王子も同じでしょう。

 王子はコリンの頬に手を当てると、


「ああ……」


 と吐息を漏らしました。

 ようやく分かった、という王子の言葉に伏せていた目を上げると、そこには美しい微笑みがありました。

「コリン、お前に会うまで分からなかったことが、今ようやく分かった」

「………」

「お前のことを考えると胸が苦しくて、痛くてたまらない。無遠慮に触れていたことを申し訳なく思うのに、今後触れられないことを思うと辛い。もしかしたら帰って来ないかもしれない、と思ったときに抱いた焦り」

「殿下……」

 戸惑う声を上げるコリンの頬に触れたまま、王子は言いました。


「すべてはお前を愛しているから沸き起こった感情だ。私はお前を愛しているんだ」


 こうして触れればなお一層分かる、と王子は優しくコリンの頬を撫でます。

 コリンは頭が真っ白になったまま、その愛撫を受けました。


「コリン・ノーム。どうか私と結婚して欲しい」


 右手を取られ、口づけられても呆然としていました。

 目の前には顔を赤くしても、真剣な表情の王子が居ます。

 恋い焦がれた相手からの告白。

 それを思い描かなかったことがないとは言いません。

 しかしいつも有り得ないと諦めていたものでした。

「殿下……」

 だから答えなど、用意していませんでした。

 何と言えばいいか、分からないけれど、でも。

 王子の青い目に映る、自分を見て即座に断らなければと思いました。

 なぜなら、自分は醜いのだから―――――。

 ですが、開きかけた唇は王子の指で塞がれました。


「返事は、『はい』しか聞かない。もしもそれ以外を言うなら、コリンを自分の部屋に連れて帰って閉じ込める」


 その言葉に、固まりました。

 見つめた王子はどこまでも真剣です。

 こういう目をしたときの王子は、どんな無茶もやると言ったらやり遂げてしまうときです。

「ですが、あの……」

「誰にも文句は言わせない。私がコリンを守る」

「私は守っていただかなくても……」

 自分でどうにかする、と言いかけるコリンを遮って王子は、だって、と呟きました。


「確かにコリンは、強い。棍棒を持たせたら国一番だし、騎士団の中でも敵うのは私か団長ぐらいだ。だけど、コリンは……私の大事な女性だ。だからどんなにコリンが強かろうと関係ない。必ず私が守る。守りたいんだ。守らせて欲しい」


 そう言われて、抗える女性がいるでしょうか。

 少なくともコリンには無理でした。

 ここまで自分を想ってくれる人が、家族以外で居たでしょうか。

 答えは、否です。

 では、今後ここまでコリンを想ってくれる人が現れるでしょうか。

 答えは、これもきっと否でしょう。

 王子の想いがもしかしたら勘違いかもしれない、今後コリンに嫌気が差して別の女性の元に行くこともあるかもしれません。

 それでも今は、コリンを見て、想ってくれているのです。

 ならばそれで構わないではないですか。

 今がよければいいなんて、刹那的な考えかもしれません。

 けれど、それでも良いのです。


「はい、殿下……私も殿下のことをお慕いしております」


 ぽろぽろと涙が零れる涙が王子の手を汚します。

 だけど王子はそれを全く気にすることなく、むしろこの上なく嬉しそうに微笑みました。


「ありがとうコリン! 幸せにする!」


 ぎゅっと背骨が軋むほど抱きしめられました。

 人の役に立ちたい、その一心で棍棒を振ってきた所為で荒れた手を王子の背へと回しながら、コリンは目を閉じました。

 生きてきてよかった―――――それは、初めて抱く想いでした。

 二人はいつまでもいつまでも抱き合い、幸せを感じていたのでした。



 

 むかしむかし、とある国にはとある女性が居ました。

 ぎょろりと大きな目、尖った大きな鼻、出っ張った頬骨…と『コブリン顔」と言われるそれはそれは醜いと言われる姿をしておりました。

 ですが、心根はとても穏やかで優しい性格をしていて、男性に負けないぐらい強い女性でした。

 彼女は夫との間にたくさんの子どもを産み、いつまでもいつまでも幸せに暮らしました。


『コリン・ノーム』

 

 それは騎士として名を遺した王子の唯一の妃の名前。

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