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そして、その日はやってきました。
隣の国から王子の結婚相手として美しい姫君がやってきたのです。
年は16歳、22歳になる王子とは少し年が離れていますが、似合いの二人でした。
姫君は一目見たときから王子を気に入り、あっという間に夢中になったようで、王子の後ろをついて回る姿がよく見かけられました。
その姿を見て、コリンは悲しみと苦しさで胸が張り裂けそうでしたが、いずれ来ると思っていたときが来ただけだと自分を言い聞かせました。
王子もにこやかに姫君の相手をしていましたが、時折
「コリン、お前も一緒にお茶をしよう」
と縋るように誘われることがありました。
当然、とんでもないことだと断りましたが、王子は諦める様子はなく熱心にコリンを誘います。
恐らく、姫君と二人っきりで過ごすことに照れているのでしょう。
その日も結局王子は姫君と二人きりでお茶をしていましたが、王子の懇願に負けてコリンは警護として近くに控えていました。
いくら王宮の中とはいえ、安心はできません。
特に姫君の国は情勢が不安定なため、命を狙う不届き者が居ておかしくはないのです。
棍棒を担ぎ、周囲に鋭く目を光らせるコリンの耳には、はしゃぐ姫君の声が否応なしに入ってきました。
「明後日には帰らねばならないのが本当に残念でございます。ですが次にこの国に来るときは、殿下の花嫁として来られるのですから、我慢しなければなりませんよね」
うっとりとした姫君の声に王子が何と返したかは分かりません。
ですが、コリンの耳は同僚の騎士以外の足音が近づくのを他の騎士よりも一瞬早く捕えていました。
「殿下!」
鋭く叫ぶのと同時に、陰から王子の元に飛び出します。
王子もすぐに立ち上がり、腰の剣を抜きました。
一瞬後に飛んできたのは、鋭い短剣でした。
王子が座っていた椅子に突き刺さり、そのあとに人間が踊り出ました。
コリンは呆然としている姫君の背後に回ると、正に剣を振りかざして走り寄る者を素早く棍棒で叩きのめし、地に這わせました。
相手は呻き声を上げることなく、気絶してしまいました。
同時に王子がもう一人の刺客を切り伏せていました。
血飛沫が飛ぶのも構わず、きびきびと騎士らに指示を飛ばしています。
コリンは、姫君を振り返ると、
「姫さま、お怪我はありませんか」
精一杯優しい声をかけました。
呆然としていた姫君は我に返ると―――――甲高い悲鳴を上げました。
その場にいた誰もが耳を抑えたほど、けたたましい悲鳴でした。
そしてコリンを見て、
「いや――――近寄らないで化け物っ、気持ち悪い!」
ふるふると首を振り、怯えて涙を零しました。
その姿は大変美しく、見る者を守ってあげたいと思わせるものでした。
反対に姫君の潤んだ瞳に映る、立ち尽くす自分の姿は、何と醜いものか。
姫君の侍女たちが走り寄り、庇うように一人が姫君を抱きかかえ、他の侍女が姫君の周りを囲み、コリンを睨みつけます。
棍棒を下したコリンははっと我に返り、一つ頭を下げると、黙ってその場を後にしました。
本来であればすぐに王子とともに騎士団長に報告しなければならないことでしたが、そのときはそんな余裕はありませんでした。
無言のまま騎士団の寮にある自室に戻ると、ベッドに腰をかけてぼーっと天井を見上げました。
『化け物っ、気持ち悪い!』
耳には、可憐な姫の声が耳に残っています。
ぎょろりとした大きな目からは、いくつもいくつも滴が零れて止まりませんでした。