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むかしむかし、とある国にはとある妖精が住んでいると言われていました。
ぎょろりと大きな目、尖った大きな鼻、出っ張った頬骨…とそれはそれは醜いと言われる姿をしておりましたが、心根はとても穏やかで優しい性格をしていて、己を怖がらない者をよく助け、幸せにするといつからか囁かれるようになりました。
その妖精の名は、コブリン。
………決して有名な怪物と一字違いだな、などと思ってはいけません。
その醜い姿をした妖精コブリンは、いつの頃からか人に姿を見せることが少なくなり、代わりに人間の中にコブリンと似た容姿を持つ者が生まれるようになりました。
これは、その者の先祖がコブリンに気に入られたからだとも、コブリンを蔑にしたゆえの呪いだとも言われていました。
いずれにせよ、数十年に一度の頻度でコブリンに似た子どもは生まれました。
『コリン・ノーム』
彼女もその一人でした。
由緒正しい、侯爵家の末姫として彼女が生まれたのは、雪が降り積もる寒い寒い冬のことでした。
赤ん坊の甲高い声、というよりはしわがれた老人のような声を上げて生まれた彼女を、侯爵家の奥方は思わず二度見した後、気を失ってしまいました。
それほどまでに彼女は生まれたときから見紛うことがないほどまでにコブリンにそっくりだったのです。
この子は大変な運命を背負ってしまった、と悲嘆に暮れる奥方とは対照的に、狂喜したのは侯爵でした。
曰く、
「パパにそっくりだ――――!」
と。
そう、侯爵の父親であった先代侯爵もコブリンに非常によく似た容姿をしていたのでした。
いい年してパパてこのファザコ……先代侯爵をこの上なく慕い、亡くしたときは目も当てられぬほど落ち込んだ侯爵は、それはもう末娘の誕生を喜びました。
父親の溺愛と母親の哀れみを受け、コリンはすくすくと育っていきました。
そしてコリンは、齢10歳にしてもう己の容姿が醜いものであることを誰よりも理解していました。
ぎょろりと大きな赤い目、尖がった鼻、出っ張った頬骨、短い手足。
コリンに仕える大人はあからさまに態度に表すことはありませんでしたが、子どもは残酷でした。
誰も彼も彼女の姿を見ただけで悲鳴を上げ、泣き叫びながら逃げて行くのです。
それだけならまだしも失禁して気を失った子もいました。
だから自分は屋敷から出てはいけない、姿を見せてはいけないと子ども心に悟り、与えられた自室で静かに過ごすことが多くなりました。
反対に父親である侯爵はコリンを外に連れ出したがり、その日も
「コリン、今日はパパと一緒に博物館にお出かけしよう」
普段は切れ者として名を馳せる侯爵がでれでれと相好を崩し、手を差し出します。
「お父さま……」
迷うコリンの腕をさっさと掴むと、
「さあパパと手と繋いで行こう」
「でも、お父さま」
「パパが居るから大丈夫」
あくまで『パパ希望』の侯爵は迷う娘の手を引くと、その頭に帽子を被せてやりました。
帽子の下からは相変わらず醜い顔が覗いていましたが、ないよりましです。
ほっとしてコリンは帽子を目深に被ると、侯爵に腕を引かれて馬車に乗りました。
馬車が止まったのは、国の大事な宝物が収められた大きな博物館です。
ここにはありとあらゆる物が収められており、中には血生臭い武器もありました。
国の宝という割に無造作に置かれた武具を一つ一つ眺めていた侯爵とコリンは、ある武器の前で立ち止まりました。
「………?」
侯爵が懐かしそうに立ち止まったことに小首を傾げ、コリンは目の前の武器に目を止めます。
すると不思議なことに、その武器から目を離せなくなり……気が付くと彼女はそれを右手に持っていました。
自分の身長と同じくらいのそれは――――棍棒と呼ばれるものでした。
大きなそれは重さを感じさせることがなく、彼女の手にしっくりと収まりました。
「コリン……」
侯爵の呆然とした声に、はっと我に返り、慌ててもとに戻そうとしたときでした。
博物館の館長が二人に駆け寄ってきました。
叱られるかもしれない、と青ざめるコリンとは対照的に侯爵と館長は感激したような声を上げました。
「とうとう新たな使い手が……!」
「こんなところまでパパにそっくりだなんて……!」
うっとりと自分を眺める二人に若干引きながら、コリンは説明を受けました。
要するに、コリンが手に取った棍棒は使い手を棍棒自らが選ぶ、特殊な武器だったのです。
真の使い手以外はあまりの重さに振り回すことなど不可能といった代物でした。
博物館に飾られた武器はほとんどそういった類のもので、使い手が死ぬと不思議と博物館に戻ってきて次の使い手をじっと待っているのです。
そして、コリンが手に取った棍棒は、侯爵の発言からも分かるように、前の使い手は先代侯爵だったようです。
「侯爵さま、この子はいずれゴブリン界一……いやいや世界一の棍棒の使い手となりますよ!」
とべた褒めする館長に侯爵は気を良くし、上機嫌でコリンの腕を引いて帰宅しました。
コリンは自分の物となった棍棒を眺めながら、ある決心をしました。
「お父さま」
くいくいっと繋いだ侯爵の手を引くと、
「わたし騎士になって人の役に立ちたい」
と見上げました。
娘の上目遣いに内心悶絶しながら、
「コリンならきっとなれるよ!」
と侯爵は微笑んだのでした。