1話その5
とりあえず一番近くの灯りの点いた民家の戸を叩く。
中から誰か出ろだのなんだのとのやりとりが聞こえたあとに、
白髪混じりの雑なヒゲを蓄えたがっしりとした男が出てきた。
見たところ悪い印象ではないので、このまま目的を遂行したい
ところだが……。
「なんだよ、火付けは今日はうちじゃないだろ…。
ってありゃ、どなたさんで?」
「夜…早くにすみません。僕ら旅をしていまして、
その食べるものがないので、働かせていただけないかなと」
2人でぺこりと頭を下げる。
実際はセイブのところに帰ればご飯は食べられるのだが、
多分こういったほうが自然だろう。
相手の方は少し考えこんだが、それが理由ならばという感じで
とりあえず中の方に入れてもらえた。
「いい匂いがするね」
中ではカスミの言う通り香ばしい香りと甘い香りが広がっていた。
どうやらこちらでいう夕食、一般的に言うところの
「朝食」を取るところだったようだ。
「母さんに話はつけてきたよ。ちょうど多めに作ってたし
問題ないってさ。まあ、仕事の方はみっちり働いてもらうけど」
「またまたそんなこと言ってー。そんな言い方したらその子達
変に不安に思っちゃうでしょう?」
新聞を広げて顔を隠す男に台所の奥さんが少し大きめな声で
声を飛ばす。
そして再び家の中に手際の良さそうな小気味いい音が響く。
男はそのまま新聞紙を広げたまま会話を続ける。
「……俺はトゥマ。アイツはイチ」
こちらの方も名乗る。
「ふーん、草と水かぁ……。草はちょうど調整を頼もうと
思ってたとこがあったはずだからそれだな。水の方は
間に合ってるから、女連中の手伝いかな」
トゥマはこちらにいっているような、独り言のようなぼそぼそと
中途半端な声でしゃべり続ける。どうやら少ししゃべるのが
不得意な人らしい。
気がつくとカスミは台所の方から食器を運んできていた。
のっている食事の匂いを嗅いでなのか幸せそうな顔をしている。
それと一緒に奥さんの方もこちらにやってくる。どうやら食事の
準備はできたらしい。トゥマもようやく新聞をたたんでいた。
「全てを生み出した神々に感謝を」
トゥマの食前の挨拶で皆食事を取り始める。
「おいしい!」
「うん、ほんとにおいしいです。急にお願いしてしまったのに
ありがとうございます」
「いいんだよ。ただあれだねぇ。この美味しさの分は働いて
もらわないといけなくなっちゃうね」
黙々と食事をとるトゥマの横で奥さんは大笑いをする。
どうやら、こういう対照的な夫婦らしい。
「しっかし、あれだねぇ旅人さんだなんてかっこいいじゃないか。
しかも男女でってなると、あれかい?アツアツなのかい?」
「いや、べつにそういうわけではなく……!」
必死に弁明する僕の横では「この村では男女のペアをそう呼ぶの?」
なんてトボけたことをいっている。
――全くこいつはっ!!!!
「あっはっはっは!!こりゃあんた苦労してそうだね」