1話その3
そこはのどかなこの村にしてはずいぶんと立派な家だった。
一見すると木材は上質な素材であったし、
手入れはされていないものの、庭のようなスペースもあった。
でも、決して村の雰囲気を壊すような派手なものではなく、
大きさ以外では自然にそこに溶け込んでいた。
少し古ぼけているのもその理由だろう。
「ずいぶんと立派なおうちですね」
「ああ、若い頃に働きすぎてしまってな。
せっかくだからゆったり過ごせるところを
と思って建てたんだが…。まあ今はほとんどが
書庫になってしまっているよ」
彼の名はセイブ・ディフ・リエッキ。
火の国の出身の元学者で、正式な学者を辞めたあとも
引きこもって研究を続けているらしい。
僕らの少し後ろからついてきているカスミは
相変わらず探偵ごっこを続けているらしい。
やたらと注意深く屋敷の様子を確認していた。
「おい、カスミ。そろそろいい加減にしろよ。
せっかく急に来たボクらを泊めてくれる
なんていってくれてるんだから」
「はーい」
そっけない返事をしてようやくキョロキョロするのを
やめたが、今度はセイブを後ろから凝視しているようだった。
横からセイブがいいよいいよという感じで、
こちらに笑いかけてくれた。
――全く、いい人だ
屋敷に入る前、こちらの素性を説明するとセイブさんは
どうせ使っていない部屋がある、と僕らに宿泊を勧めてくれた。
実際のところしばらくは野宿だったので、その好意は素直に
受け取ることにしたのだった。
「それじゃあ適当に掛けてくれ」
案内された部屋には少しくすんだ白いテーブルクロス
がかけられた長いテーブルが中央に置かれていた。
おそらく食堂なのだろう。
セイブは中央のかごから真っ赤な楕円の食べ物を
手渡してくれた。
「まあ、これでも食べながらゆっくり話をしようか」
「私これ好きなんだよねぇ」
「ハハ、そりゃよかった」
好きな食べ物が出た途端に態度変えたらしい……。
もう、気にせず本題に入ろう。
「それでなんですが、この村全然人の気配がしませんよね?
これはどういうことなんですか?」
「ほう、そういうことか」
そういうとセイブは席を立ち、近くの窓を開けた。
そこには先ほどと同様の広大な畑が広がっていた。
「植物の国の出身である君ならもう気づいただろうが、
この村の植物たちは温暖な気候の植物だ。」
僕はこくりと頷いた。
「しかし、この辺りは特段暖かい気候ではないわけだ。
じゃあなぜそんな植物が栽培できているのか。」
今度は近くにあった火種を手にして、一度それを握り締める。
その手を広げるとセイブの手のひらには火柱が上がっていた。
「我々火の国の人間の基本的な特技はこうして、
火を操ることだ。この力は過去の戦争で大きな功績を
残しているために、軍事的な印象を抱きがちだ」
「もしかして…?」
「そう、この力は農業にも生かされているというわけだ。
地面を温めるためにな。」
なるほど。確かにそれならこの辺が温暖な植物に恵まれている
のにも納得がいく。
「この辺では普通栽培できない植物を育てていくことによって、
この辺のほかの村にこれを売っているというわけさ。
なかなかうまいことやってるだろう?」
でも、結局疑問が解決されてない。
そう思った矢先に何か考え事をしていたカスミが
立ち上がった。
「そっか!だから昼間に人が全然いないんだね!!」
「おお、お嬢ちゃんは感がいいなぁ」
2人が非常に盛り上がっているが、僕だけなんだか
取り残されてしまっている……。
「えっと…どういうことだ?」
「うーんとね。いつ温める必要があるかってことだよ。」
「なんでもったいぶるんだよ…」
「だって普段と逆の立場なんてまたとない機会だからねー」
カスミはとても嬉しそうに言った。
普段は説明される側だが、今回は逆だということに
気づいて得意げになっているようだ。
イラっとするが答えの方が気になるので、ここは我慢する。
「ここの気候はさっき気づいたように昼は結構暖かくて、
夜になると一気に寒くなるってことだったよね?」
「あー、なるほどな」
「そう、夜に地面を温める必要があるんだよ。
だから、昼間にはここの村の人はほとんど
いないっていうわけね」
「そういうことだ。だから村の人間に会いたいなら
もう少ししてから行くといい」
セイブが手元にあった火を暖炉に移し替える。
気づけば外は少し赤色が広がり始めていた。
「そうだ、セイブさん」
「ん?なんだね」
「せっかく泊めていただけるということですし、
何かお礼をさせていただけませんか?それに……」
食べて眠くなってるのかウトウトしているカスミに
目配せをする。
少しハッとした様子でその場ですくっと立ち上がる。
そして勢い良く頭を下げる。
「さっきはその…ごめんなさい!おじいさんに変な
疑いを持って接しちゃって……。」
「……この謝罪も合わせて何かしますので、
是非何かさせてください」
僕もゆっくり頭を下げる。
「いやいや、久々の訪問者だ。むしろちょっと
ワクワクしたぐらいだ」
セイブは豪快に笑いあげる。
「でもまあせっかくだ1つお願いをしようかな。」