1話その2
「のどかだねぇ…」
森のなかで急に開けたところに現れたその村の雰囲気は
かすみの言葉そのままのイメージだった。
家と思われる建物は視界の中では数えるほどで、
そのまわりは見事に青々とした畑が広がり、
大小様々な生き物たちが草陰から覗いていた。
あることに気がついた僕はゆっくりと腰を下ろし、
少しずれ下がった眼鏡を押し上げながら、
辺りの草花に目をやる。
そこには赤や黄色などの鮮やかな花など、
これでもかというぐらいに主張の強い植物
であふれていた。
「こりゃ、火山の近くとか温暖な地域に生息する植物ばかりだ」
「こんなすぐわかっちゃうなんてさすが"植物の国"出身だね」
「いちいちそんな反応しなくていい。
それに、こんなのさんざん教え込まれてきたからな」
思い出したくもない記憶が蘇ってきそうだったが、
とりあえず目の前の植物に集中することで頭をごまかす。
「でもさ…さっきの話が本当ならちょっとおかしいよね?」
声のトーンを先ほどより少し落としめにカスミは言った。
「何が?」
「気温だよ。さっきはあったかいなんていったけど、
それは"朝よりも"ってことだし……」
――そう、この辺、体感的に日があるうちは暖かいが、
日がないうちは肌寒かったのだ。
これではこれらの植物はとてもじゃないが、
生息することはできないはずだ。
ふと、視線を草花から外すとカスミが辺りを
キョロキョロと見回している。
「どうしたんだ?」
「え、いやなんかふと思ったんだけどさ。
さっきから全然人の姿が見えなくない?
こんなに日が高いときに誰もいないっていうのは
ちょっとおかしいよね?」
――確かにそうだ。いくらなんでもおかしい。
「もしかして何かの事件……?」
そう、ぼそりと呟くとキョロキョロしていたカスミが
急に動きを止めゆっくりと表情を変えていく。
――マズイ、もしかしてスイッチが……
「事件!!??そうだね……。
たしかにこれは怪しい臭いが!!」
「あの」
「ライ君これは急いで調査だよっ!うーん、こうしちゃ
いられない!!情報収集へゴー!!」
……どうやら、スイッチが入ってしまったらしい。
彼女は興味深いものを見つけると、
いつもこんな感じに暴走気味になって走り回ってしまうのだ。
こうなると、ノリノリ絶好調になってしまうので
僕には付き合わないなどという選択肢はなくなる。
というかむしろ、これをセーブするという役割を
担う必要が出てくる。
……とりあえず、反省の前に全力で走っていく彼女の
あとを追いかけよう。いくら興奮しているからといっても、
女子の運動能力では男子には到底――いや、結構早いぞこれ
すぐに追いかけたはずのライであったが、
距離はあまり縮んではいない様子であった。
――仕方ない、みっともないが全力で
結果的にいえば追いついた。
ただ、自分の脚力でという訳ではないのが非常に悔しい。
実際には途中でカスミの方が急に走るのをやめたからだ。
あんなにも夢中になっていたにもかかわらず静止したのは
なぜか?
それは全く人気の感じられないこの村で
初めて人を見つけたからだ。
その人は村が一望できる位置にあるこの丘で、
景色を眺めながら物思いにふけっているようだった。
僕が行くよりも先にカスミがその前に出る。
「あの」
近づいて声をかけたが、相変わらず遠くの方へ視線を
向けたままでこちらに気づいた気配は無かった。
それを察した様子のカスミは一度深呼吸をし、
もう一度大きく息を吸い込む。
「すいません!」
その人はびくりと驚いた様子の後に
ようやくこちらへ顔を向けた。
正面から見たその顔は思った以上にシワを重ねていて、
年を感じさせたが、はっきりとした目鼻はそれ以上に
威厳を感じさせた。
「あ、すいませんこいつが急に大声を出してしまって…」
「いや、別に構わんよ。元気なお嬢さんだことだ。」
老人は表情を緩めて答えてくれた。
カスミの方は少し恥ずかしそうな反応を見せていた。
「それで、私に声をかけたということは
何かあったからなのだろう?」
「あの、少し伺いたいことが……」
「あなたが犯人ですね!!」
カスミが前のめり気味で僕の言葉を遮る。
ただ遮って出てきた言葉はあまりにもストレート過ぎて、
僕は俯くしかなかった。
老人の方もあまりにも急なその言葉に言葉を失っている
様子だったが、少しすると軽く笑い始める。
「急に何を言うかと思えば…全く面白い子だ。
君らの感じをみるとおそらく外の者だろう?」
カスミが小さく頷く。
「ならば、うちにこないか?
歩き疲れているだろうし、何よりゆっくりと
事情を聞いたほうがよさそうだからな。」