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脳刻音

作者: 久遠深奥

静かな夜。

僕は自分の部屋の中で眠っていた。

いや、眠るつもりで瞼を閉じていた、と言った方が正しいだろうか。

結果的に言えば、僕は夢の世界には旅立っていなかったのだし。


僕は、

僕の頭は、

僕の頭の中の脳は、

眠ってなどいなかったのだから。


布団の中に居ると、様々な音が聞こえてくる。

少し息を止めてその音を探ってみると、発信源は数多く存在した。



ヒュウ、と厳しく吹き付ける寒風の音。


カタカタと小刻みに揺れる窓の音。


チクタクと寸分違わず規則正しい時計の音。


ドクン、ドクンと規則的なようでいて、その実少しずつ移り変わっている、自分自身の鼓動の音。



静かな夜に、きれいに整理整頓されているはずの僕の部屋は、

気付けば雑然とした音たちが飛び交い、散らかっていた。

複雑に絡み合う、五月蝿く、静かな、日常の音で。

しばし、その音に聞き入った。




ブルッと震えを感じて、僕はずいぶん時間がたった事、

自分の体が毛布から出ていたことに気づく。

どうも思考に没入したせいで気づけなかったらしい。

このままでは風邪を引きそうだ。


悪寒を打ち払うべく、寒さ対策に三段重ねになっている毛布をかけなおし、寝つこうとする。

が。

……眠れない。

『音』というものは、意識するとよく聞こえてしまうものだ。

やけに自分の足音が大きく聞こえたり、

逆に、自分では意識せず大声を出していたり。


仕方がないので、頭から布団をかぶる。

無論、どうやっても心臓の音は消えることなく続いている(じゃなかったら困る)が、

これぐらいなら許容範囲、むしろ一定の緩やかなリズムには

リラックス効果があると誰かがいっていた気がする。

当然、僕の心臓は16ビートなんざ刻んじゃいないので

きっとおえつらむきだろう。


布団の中、心臓の音と共に眠ろうとした。

眠ろうと考えた。が。

しかし、その時ふっと

疑問が浮かんできてしまったのだ。


僕の心臓は、1年中365日休まずその鼓動を刻み続けている。

胸に手を当てれば暖かさと共に脈動を感じる。

怪我をすればその鼓動に合わせて血が出るだろうし、

耳を済ませば血液が全身に送り出されていく音が聞こえる。

人間の生の象徴。ハート。

人体に不可欠な器官である心臓なのだから、

それぐらい当然なのかもしれない。



だが。

『脳が動いた音』というものは聞いたことがないのだ。


別に、駅前でマイクを持って街頭インタビューして調べた訳じゃないが、

脳の出す音を聞いたことのある者は居ないだろう。

(勿論、物理的に頭を振ったらこんこん音がする、といった次元の話ではない。そしてそんな人は病院に行くことを勧める)



脳が音を発しない。本当に不思議な事だ。



画像を写し音を発するだけのパソコンですら起動音、駆動音がするのだ。

脳が処理する感情、人間らしさ――――

つまり、非論理的な思考を持ち、

その上に事象の記録、価値観の学習から感情の形成までこなす脳が、

その活動に音を発しない、なんてことが有り得るのだろうか。


別に、シュイーンだのキュイーンだの、

機械音がするとまでは思わない。

ただ、小さくても、ツー、とか、コツン、とか

『脳が動いた音』特有の例えようのない音が。

独自の、独特の音があるように思えるのだ。



世界に生きるどんなものにも、音は付き物だ。

この世界は、毎年毎年1年中365日8760時間525600分11536000秒の間

休まず、変わらず、動き続けている。

昼間に外に出て、一切音がしない、なんてことはまずない。

人の声、風の音。動物は鳴き、落ち葉が積もり。

世界は、たくさんの音で満ちている。



世界の一部である人間。

それを制御する一番大事な器官が音を発しないなんておかしい。絶対におかしい。

何故、何も聞こえない?



……もしかしたら、聞こえていないだけで

実は今も鳴っているのだろうか。

耳をすませば、

脳に傾聴すれば、

未知なる神秘の音を聞き取れるのではないか。



……。

…………。


……。


耳を澄ましても、心臓の音しか聞こえはしなかった。



……『脳が動いた音』

なんてものは、

絵に描いた餅、

この地球にあまたある例外の一つで、存在しないのだろうか。



……あるいは。『そういうもの』なのかもしれない。


例えば、蝙蝠や海豚。

それらの動物は、人には聞き取れない『超音波』と呼ばれる

高い周波数の音を出すことによって意思の伝達、周囲の地形把握を行う。らしい。


地球も、世界を乗せて自転公転を続けているが、

勿論、その音を聞いたことのある人は一人もいない。


もし、

「地球の動く音が聞こえる……!」

なんて言ったら、

頭がおかしい電波を受信した人確定だ。


だが、それは宇宙に空気が無いだけで、

もし宇宙に大気が満ちに満ちている中、

地球のそばでのんびりと静止していたならば、

私たちは、地球が野球ボールのごとく唸りを上げて風を切る音を聞き取れることだろう。

『音』は空気からなる振動であり波なのだから。



つまり、『存在するのに聞きとれない音』

は世界中に――――いや、世界そのものすらその音を発しているのだ。


だから、

『脳が動いた音』も、

『音を聞く条件』が揃っていないだけで、存在する。

しかし聞き取れない。。『そういうもの』なのかもしれない。


人間は風の音を聞くことができる。

だが、風の中にいる鳥は風が出す音の存在すら

知覚出来ないかもしれない。

音の中に居るが故に。


世界には、音が満ちている。


その中には、『脳が動いた音』があって、

でも、それはあっても気付けない、

そんな音なのかもしれない。



でも。


この世界に。


自分の傍に。


今まで、気付かなかった、

気付けなかった音があるかもしれない。

しかも、それは自分の思考や感覚によって変化するのだ。

そう考えると、世界がまるで自分を中心に、

水面に落ちた雫の波紋のごとく広がって行くように思えて、

とても落ち着いた気持ちになった。

心の波が澄んでいくように思える。


目を開ける。

まるで今の僕の心境を表現するかのように神々しく、

気持ちが洗われるほど清々しい日の出の光が窓から射し込んでいた。


自然は美しい。

その本当の意味を、僕は今改めて知った。




……そして、僕が寝れなかった上に

風邪を引いたという事実は、改めて言うまでもなく知れていた。


睡眠は時間を食いつぶしますが、睡魔は素敵な友人です。

何かに夢中になっていると、

時間なんてあっという間に過ぎていきますよね。

徹夜明けにきらめく朝日と鳥の声は、徹夜した達成感と後悔をが湧いてきます。

そんなこんなな『脳刻音』、

読んでいただきありがとうございました。





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