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栖納赦音 恋愛短編集

愛情は食から。

作者: 栖納 赦音

 私は非常に憤っていた。

 何故なら、親友である筈の夢ちゃんが私に内緒で料理部に所属していたという事実が判明したのだ。これは、何という裏切り! しかも、一週間も秘密にしているなんて、許すまじ!


「だから、そんな目で見ないでよ……」

「うぐぐぐ」


 目の前には、型を抜き終わったばかりのクッキー生地がいっぱい置いてあった。定番のハート形や星型はもちろん、キャラクターの顔の形をした物まで置いてある。

 夢を許さないと誓った私は、もちろん放課後に料理部に奇襲をかけたに決まっている。だから、ここにいて、夢の作ってくれているお菓子を堪能する(全部食べきる)まで出ていく気が無かった。


「夢の馬鹿ー、馬鹿ー」

「お腹空いているのは分かるけどね、そういうことを呟かないの。だって、将子は食べるの専門でしょう? 料理部には誘えないし、それにね。私たち一年生じゃない。先輩方の視線が痛いんだけど。内緒にしていたのも、将子がこうやって押しかけてくることが予想できたからよ」

「むむむ」


 それは確かに私のせいかもしれない。しかし、しかしぃ! 食い意地が張っていると自覚しているくらい食べ物大好きな私に、黙っているなんて! やっぱり、友人として許せる物ではない。毎日押しかけてやろう。うん、そうしよう。


「おなか、すいた……」


 さすが料理部なだけあって、みんな手慣れている。きょろきょろと周りを見ていると、一人目立つごつい人がシンプルな青いエプロンを身に付けておにぎりを握っていた。

 私は興味津々になった(断じて食い意地のためではない)ため、相手に気づかれない様にゆっくりと近づいて行った。

 彼はとても大きな図体をして、無表情でおにぎりを握っていた。男の人の大きな手は、繊細にも綺麗な三角形を描いている。


「じゅるり」

「なんだ、お前は。部員か?」

「じゅるり」

「……食べたいんなら、どうぞ。味の保証は出来ないけどな」


 どうやら、唾を飲み込む音が盛大に聞こえてしまったらしい。

 彼は私に呆れつつ、おにぎりをお皿の上に置いた。

 真っ白な白米だ! 近くにおかかがあるから、中身はおかかかな。おいしそーう。


「ほら、海苔巻いてやるよ。……要らないのか?」


 こんなに飢えた私の前に、海苔が巻かれた白米(つまり、おにぎり)が置かれる。

 目の前の男の人は神か!? 神なのか!?


「いただきます!」


 私は差し出されたおにぎりに齧り付いた。

 周りが動揺しているのがほんの少し視界に入ってきたが無視し、野に放たれたライオンのように生き生きと獲物を口に放り込んだ。そして、一瞬にして理解した。この塩加減、この大きさ、この中のおかかの味付けはまさしく、私の理想のおにぎりであると! 今まで、満足いく食べ物を口に入れる事の出来ていなかった私に、この男の人は革新的なおにぎりを与えてくれた。

 やはり、神か! 神なのか!?


「私に毎日お味噌汁を作ってください!」


 気づけば、私は彼にプロポーズをしていた。目の前の彼は一瞬動揺を見せたものの、やはり無表情で「いいぞ」とだけ答えた。そして、2つ目のおにぎりを私に差し出してきた。


「たくあんもあるぞ」

「うほおお!」


 なんという至れり尽くせりな部活であろうか。素晴らしい。まさにグっジョブな部活!

 ぽかんとしている周囲をやはり締め出して、私は2つ目のおにぎりを3口で食べきった。さりげなくお茶を出してくれた神に視線で「ありがとう」と伝える。どうやら分かってくれたらしい。3つ目のおにぎり製作を開始してくれた。さすが、良く分かっていらっしゃる。3つ目のおにぎりが置かれると、私はそちらに齧り付く。そうしている間に、たくあんに包丁が入った。さすが過ぎて、怖いくらいですよ。勿論たくあんも胃にすっぽりと収め、お茶でしめくくる。

 うむ、余は満足じゃ。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて満足げにその言葉を言うと、「お粗末さまでした」という声が返ってきた。少し、微笑んでいるようにも見えるのは、気のせいじゃないと思いたい。


「して、貴方は誰ですか?」


 まさか、神ではあるまいな。そう思い、失礼すぎる問いを投げかけると、彼は静かに言葉を発した。


「料理部部長の石黒秀穂(いしぐろひでほ)だ」

「つまり、毎日おいで。って言ってるって認識で良いですか?」

「話が早いな」


 そんなアンビリーバボーな発言をしてくれた石黒部長に頭を下げると、何故か撫でられた。彼の大きな掌から、同じ食に対する執着が伝わってくる。そうか、これが以心伝心という奴だな。


「しょ、将子……」

「失礼、部長。親友で酷い女な夢ちゃんが私に言いたい事があるようです」

「説明口調だな」

「でも、必要でしょう?」

「話が早いな」


 この部長さんが、部員を全て把握しているようには思えなかった。そして、私と彼女の関係を教えておく必要があると思ったのだ。

 だって、私は毎日この部にお世話になる予定だし!


「それで、何だい?」

「だ、大丈夫? お腹」

「ああ、クッキーが焼けたんだね。良い匂い! でも、部長さんのお陰でお腹一杯なんだよ。食べる食べるって言ってたのに、食べられなくてごめん」

「いや、それはいいんだけどっ!」

「しかし、あの部長さん。一人だけ違う物を作っているなんて、さすが部長って感じだね。毎日会うのが楽しみだよ。勿論、ご飯だけじゃなくてね」


 私が嬉しそうにしているのを見た夢が、溜め息を吐いていた。

 食い意地張ってるのは仕方ないじゃん。



**



「ねえ、あの子ってまさか味音痴なの?」


 3年の陣内は、心配そうに将子の背中を見つめていた。


「すみません、分かりません。食べ物だと知るとなんでも美味しそうに口の中に放り込んでしまうんで」

「どっかの猛獣みたいだねえ。でも、良かったよ。これで秀穂も好きな女の子に料理を作ってあげられる男になった訳だし」

「え。あれって、惚れちゃってるんですか?」


 将子の頭をぐりぐり撫でまわしている石黒を見ながら、夢が問いかけると、彼は「うん」と頷いた。


「完璧にね」

「うわあ……」

「まあ、良かったよ。いつも秀穂の料理だけ、誰も試食できなかったからね。あんなにガツガツいってくれると、作り甲斐も出てくるしね」

「そうですね」


 夢は一人、調理室の隅で誰にも食べて貰えない料理を作る部長の姿を思い出し、現状を少しだけ微笑ましい気持ちで眺める余裕が出来たのだった。

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