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後編 エイリアンの侵略




「とにかく、服をき──」

 てと続けようとして、口を紡ぐ。

 否、紡がざるおえなくなった。


 上から警戒音と共に噴射された水が大量に口に入ったのだ。

 強制的に口に水が流れ込んだ私は、それ以上の水分を体内に入れ込まないように再び口を閉じることになった。

 先ほどまでは下からの煙で目も口も開けなかったのに、今度は上からの水で目も口も開けない。



「両手を上げなさい」

 何重にも重なる合成音声。

 両目を開くと、そこにあるのはやはり円盤型の治安保護監視機械だった。

 それも三つ。

 私の周りを取り囲むように──いや、これは取り囲んでいるのだろう。

 そして、私がテロリストであると判断されたら、破壊照射ビームで穴を空ける気だ。


 返事をしようとして口を開けるが、口を開けた瞬間、そのまま口内に入った水分をでろりと吐き出してしまった。

 すぐに口を閉じたつもりだったのだが、結構飲み込んでいたらしい。

 残った水分を口外へ追い出そうと何度も咳込む。

 衝撃で気がつかなかったが、気管にも入ったようだ。


「個人活動支援機械を提示しなさい」

 咳き込む私に容赦なく、私の正面にいる治安保護監視機械から音声が流れた。

 私は片手を揚げてソレを制止し、落ち着こうとして何度か嘔吐く。

 まだ変なところに水分が入っている気がする。

 頭を右に傾け、左に傾ける。

 耳にも水が入った気がする。


「・・・・・・あ”~、最悪ぅ」

 外に出てからろくな事に遭っていない。

 やはり、家で一人、大人しくしているべきだったのだ。

 外に出ようというのが、そもそもの間違いだった。

 袖口で乱暴に口を拭おうとしたが、そもそも服もびしょ濡れである。

 意味がない。

 はぁ、と大きく息を吐く。

 本当になんて日なのだろうか。


「個人活動支援機械を提示しなさい」

 もう一度、手前に浮かぶ治安保護監視機械が催促した。

「はやぶさ」

 反射でそう呼ぶ。

 しかし、そうだ、はやぶさはあの大きな黒いのに掴まれていたはずだ。

 そして、その大きな黒いのが全裸の私になって──

 ・・・・・・もしかして、はやぶさが連れ拐われた?

 もしも、もしも、はやぶさが連れ拐われたなら、私を証明できる個人活動支援機械はない。

 身分を証明できない。

 もしかすると、迷宮区に送られるはめになるかもしれない。

 顔から血の気が引く。


「はやぶさ!!」

「はい」

 もう一度強く呼ぶと、はやぶさがなんて事なさそうに私のポケットから顔を出した。

「は?」


 ポケット?

 なんでそんな所に?


「個人活動支援機械より個人情報を照合、確認いたします」

「どうぞ」

 はやぶさが従順に応え、私の眼前に浮かぶ。



「・・・・・・い、いやでっかい黒いのがいて・・・・・・」

「スキャン開始」

「そ、それが私になって・・・・・・全裸で・・・・・・服着てなくて・・・・・・」

 混乱しながらも状況を説明しようとする私を放って、スキャンが開始される。

「飯場 メシエ、犯罪歴なし。爆発物の作成記録、検索記録共になし」

「いや、あの爆発? は地下の地下・・・・・・いや、地中?からあって・・・・・・」

「肯定、外部からの通報との証言一致。爆発確認時の飯場 メシエの位置情報、確認。爆心地との開きあり」

「そうなんです、私じゃなくて、し、下から・・・・・・長い黒いのが出てきて私になって・・・・・・」

「飯場 メシエの精神状態に異常が見られます。強いストレスによる錯乱状態と判断。帰宅を推奨、安静にしても、症状に改善が見られない場合は専門医への受診をおすすめします。また、治安保護部隊お勧めのメンタルクリーニングサプリメントのご購入を希望される方は──」

「あ、いいです・・・・・・」

 全く取り合ってもらえない。

 まぁ、当事者の私からしても、精神異常からくる幻覚を疑う証言だと思う。

 思わず、額を手で抑える。

 いや、幻覚かもしれない。

 疲労と、急に爆発事故に遭遇した強いストレスによる幻覚というやつだ。

 きっと。




「帰宅しましょう」

 はやぶさが私にそう言い、

「分かった」

 私はそれに従って踵を返す。

 もう、こうなれば大図書館どころではない。

 水浸しだし、そもそも、階段がなくなったし。


「治安保護部隊から、自宅の方に連絡・訪問がある場合があります」

「・・・・・・えぇ、わかりました」

 背後から聞こえてきた治安保護監視機械に返事を返す。

 もう、これ以上悪いことは起こらないだろう、いや、起こらないでくれ。




 ちなみに、その願いはすぐに砕かれることになる。





 帰宅した私の目の前で、はやぶさがはやぶさを吐き出したことによって。



「は?」

 それを見て私の思考は完全に停止した。


「人類の末裔くん、この子返すね!」

 そして、はやぶさ・・・・・・を吐き出した方のはやぶさは私を見上げてそう言った。

「は?」

 その言葉に、やはり私の思考は停止したまま動こうとしない。

「酷イ酷イ!」

 はやぶさに飲み込まれていた方のはやぶさが、自分を飲み込んでいたはやぶさに抗議し始めた。

 よく聞けば、こちらのはやぶさのイントネーションには聞き馴染みがあった。

 私のはやぶさである。

 そう、本物の。

 本物のはやぶさが、飲み込まれていた。

 ──偽物のはやぶさに。



「は?」

 私はただただ同じ単語を繰り返すことしかできなくなっていた。






「さっきも自己紹介しただろう? 人間の末裔くん」

 偽物のはやぶさが私に朗々と語りかける。

「僕は新しい人間になりに来たんだ!」


「はやぶさ」

「はイ」

「通報して」

「了解です。エマージェンシーエマージェン・・・・・・」

 はやぶさの声がとぎれた。

「は!? え、はやぶさ!?」

 何だか酷いデジャブを感じて、はやぶさを見る。


 私の横にいたはずのはやぶさはそこにはいなかった。

 そこにあったのは真っ黒な手。

 その手を視線で辿ると目の前に現れたのは、顔も服も黒く、上下に引き延ばされたような細長い人間・・・・・・いや、人間型の何か。

 あの螺旋階段の先にいた真っ黒いものだった。


「うっわ!!」

 思わず、大きな声が漏れる。


 そうだ、これだ。

 これがいたのだ。

 そして、消えた。

 なのに、帰宅したらはやぶさがはやぶさを吐き出して──はやぶさが二体になった。

 つまり・・・・・・これがはやぶさに変身していた?

 あぁ、そうだ。

 そう、そういえば、あれははやぶさを掴んだ後に私になったのだ──全裸の。

 全裸の。

 いや、なんで、全裸だったんだ。



「・・・・・・は!? い、いや、はやぶさ!」

 そこまで思考してようやく正気を取り戻した私は、その人間型の何かが握っている手を掴む。

「び・・・・・・び・・・・・・」

 握っている手の中から微かな音が聞こえる。

 聞き慣れた電子音は、低くくぐもっていた。

 明らかに、この拳の中に私のはやぶさがいる。

「ちょ、えぇええ!? はやぶさ!! はやぶさ離して!!」

 驚きながらも、その黒い腕にすがる。

「というか、なんで、はやぶさが二体になって・・・・・・いや、君がはやぶさになってたよね!? それで、本物のはやぶさを口から出したって言うか・・・・・・全裸の私にもなってたよね!? なにそれぇえ!??」

「ん? でも、離したら、この子が通報しちゃうでしょ?」

「するけども!?」

「なら、離せないかな。ちょっと、改造したら返すよ」

「したら、私の方が捕まるんだよ!! 個人活動支援機械の改造は違法だからね!!」

 なんとかその拳を開かせようとするが、微動だにしない。

 というか、この生き物の指一本を何とかするため、こちらは両手を使っているのに、まるで相手にされていない。

「違法?」

「違法なんですよ!!」



「へー、やっぱり地下にも法律ってあるんだ」

 真っ黒に塗りつぶされたような顔・・・・・・いや、真っ黒な穴そのものの顔が私を覗き込む。

 その体躯はあまりにも大きすぎて、天井に頭部が擦っている。

 顔のパーツが全く見えないのに、そこから周りを視覚しているかのような動きだ。

 人間のような形をし、人間の服を着て、人間の言葉を操り、人間のようなコミュニケーションをしている。

 けれど、その姿形は人間とは決定的に違う。

 そのずれに、鳥肌が立った。

 人外が、知能を持ち、まるで人間であるかのように振る舞い、人間を真似ている。


 そうだ、これは「新しい人間になりに来た」と言った。

 新しい人間になる、それはつまり、私たちを──これの言葉にしてみれば「古い人間」を排除するという意味ではないだろうか?

 つまり、私たちへの敵意をもってここに侵入してきた?

 私たちの技術でも、古代の技術でも、どうしても掘削できなかった地盤を単体で何とかできるものが、この施設に。

 ・・・・・・それも、私の個人活動支援機械に変身し、私の家の中にいる?


 ──それに対して原初の、根源的な感情が沸き上がる。


 恐怖、命の危機を感じるほどの・・・・・・だが、それよりも、それよりも私の感情を、衝動を揺れ動かした物があった。



「・・・・・・今、地下にもって言いましたよね?」

 そう、この生き物は今【地下】と言った。

【地下にも】と言ったのだ、今、確かに。


 つまり──



「貴方、地上からきたんですか!?」



 この生き物は地上からやってきた何か!

 地上を知る何かということだ!


 握った拳を開けようとしていた両手で黒い人間型の拳を掴む。


「地上ってどんなところですか!? 貴方みたいなのがいっぱい住んでいるんですか!? 私みたいな人間は地上にいますか!? 私も地上で暮らせますか!?」

 興奮のままに、人間型のそれに叫ぶ。

「ちょ・・・・・・えぇ・・・・・・」

 戸惑ったように人間型のそれに、前身を前のめりにして詰め寄る。

「私、地上に出てみたいんです!!」

「えぇぇ・・・・・・」

 力強くもう一度叫ぶと、人間型のそれは身体を後ろに反らした。

「太陽ってどういう感じですか? 朝になったってどうやって分かるんですか? 夜っていつから夜になって、どうやって月と星を出すんですか? 本当に天井も壁もないんですか? 天井がないのに危なくないんですか? 寒くないんですか? 暑くないんですか? 植物がその辺に生えてるって本当ですか? 大きい水溜まりで泳いだことはありますか?」

「ちょ、まってまってまって」

 大きな、というよりも長い長い身体が後方に段々とのけぞり、天井を擦っていた頭部が背後の壁につきそうになる。

 なんて柔軟な身体なんだろう。

「貴方が外から来たという事は外は貴方みたいなのでいっぱいということですか? 貴方たちは外でどういう生活をしているんですか? 外には動物っていますか? 動物を食べた事って有りますか? 動物って本当にあんな・・・・・・たっくさん、いるんですか? そんなに沢山いると喧嘩しないんですか? そんなに沢山で外は狭くならないんですか?」

「近い近い!!」

「上から水が落ちてくるって本当ですか? 電気が振るって危なくないんですか? 氷が落ちてくると怪我しないんですか? 外では水溜まりの中にも沢山生き物がいるって本当ですか? なんで、水の中なのに生きていけるんですか!?」

「ちょ、やめてやめて!! そんない沢山質問してこないでよ、ちょっと君怖いって・・・・・・!!」

「データーベースに残っている映像・・・・・・あの全てが本当に生きていたものか、フェイク画像かでここではずっと揉めてて! それで、最終的に皆フェイク画像なんだっていってたけど、でも、私は信じてて!!」




「外って!! 地上って!! すっごいところだと私、思ってて!!!」



 私が更に人間型のそれに顔を近付けると、ついにそれは背後の壁に頭部を擦ってしまった。

 そして、私はそれを見てようやく、正体不明の得体の知れないものにすごい勢いで迫っていたことに気が付いた。

 しかも、顔をこんなに近付けて──

 もしも、この人間型のそれの外見がもっと人間に近かったら、私は恋愛ショーのように迫っているように見えただろう。

 まぁ、どうみても人間には近くない人外相手なので、絵面は捕食される直前の哀れな少女なのだろうけど。




「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 少し冷静になっていく。

 上体を起こし、人外から顔を離す。

 心なしか、安心したように、人外が壁に擦った頭部をサスりながら起きあがる。


 いや、うん。

 そうだ、そもそも、この人・・・・・・いや、人外は【新しい人間】になりに来た暫定人類の敵である。

 いくら、地上から来たといえども・・・・・・。

 うん。


 地上から来たなら、通報前に話を聞きたい。


 地上にはこんな人外が沢山あふれているのだろうか。

 人間はいないのだろうか。

 動物はいるのだろうか?

 植物はあるのだろうか?

 本当に、本当に上には果てがないのだろうか。

 知りたいことが沢山、沢山ある。


 ここではない、この施設の外の世界は一体どういう物なのだろう。


 広いのだろうか、狭いのだろうか。

 優しいのだろうか、厳しいのだろうか。

 明るいのだろうか、暗いのだろうか。

 美しいのだろうか、醜いのだろうか。


 世界はどんな色で、匂いで、音をしているのだろうか。

 どうやって成長して、息をしているのだろうか。

 これからどういう形になるのだろうか。

 そして、それはなにが決めるのだろう。

 こんな人外のものが【未来】を決めていて、その先に導いているのだろうか。

 それとも、世界自体に意志があって【未来】を決めていて、そこに進むのだろうか。


 見てみたい。

 その先を、景色を、美しさを。



 幼なじみの山片蟠桃は言った。

「外に行きたいなんて馬鹿だな」と、心底馬鹿にしたように笑った。

 それは常識知らずを嗤う顔だった。

 その通りかもしれない。

 外は危険がいっぱいで、私は生きていけないような環境かもしれない。

「案外見てみると、つまらないものだって。見たことないから、未知のものだから、フィルターがかかっているだけだ」と、心底呆れたように肩を落とした。

 聞き分けの知らない子供に言い聞かせるように。

 やはり、その通りかもしれない。

 私は地上を外を見たことがないから、見たことがない物を想像で補うしかできないから、きっと本物よりもずっとずっと美しいものだと、そう勘違いしているのだ。


 けれど、見たい。

 どうしても、見てみたい。


 その見た景色が醜くてもいい。

 いくら醜かろうと、それはきっと美しいはずなのだ。

 きっと、そうなのだ。



 だから──



「・・・・・・ッ私を、地上に連れて行ってください!!」

 私は彼か彼女かも分からない何かに、勢いよく頭を下げる。

「私、どうしても・・・・・・どうっしても、外に出てみたいんです!! お願いします!!」

 深く、深く、頭を下げる。

 私の全力のお願いが、本心が伝わるように。



 私は、絶対に外に出たい。

 いや、絶対に、絶対に外にでる。

 必ず、何としてでも、出てやる。



「え、いやだけど」

 目の前の何かは即答で私を拒絶した。

 一瞬の出来事だった。

 本当に、考えてくれました、と聞きたくなるレベルで即答だった。

 いや、考えてない。

 全く、考えることなく、即答で拒絶された。



「なんでですか!?」

 私は再び、上体を人外に近付ける。

「だから、近いって!」

 嫌そうに顔らしき物をそらされた。

「あー、もう・・・・・・」



「僕はね、地上、君のいう外から逃げてきたんだよ!!」

 人外が肘で私の顔を軽く押してきた。

 手足が限界まで引き延ばされたかのように長いので、押された私は上体を後方に反らされる。

「にへてきは?」

 逃げてきた、と聞いたつもりだったが、口の近くを押されたせいで情けない発音になってしまった。

「そう、逃げてきたの!! 地上は僕みたいな・・・・・・君らでいうところの・・・・・・なんだっけ? 宇宙人とかエイリアンって呼んでたのかな。うん、そう、宇宙人が沢山いて、誰が次の【新しい人間】で【この星の所有者】か争ってばかりだからね! 避難だよ、避難!! ついでに地下で【新しい人間】になれたらいいな、と思ったの!!」

 グイグイと更に顔を押され、今度は私の方が床の方へに身体を倒されそうになる。


 宇宙人、そうか、この人外は宇宙人なのか。

 宇宙人が、地上で・・・・・・。


「宇宙人が地上で争いをしているの!?」

 声がひっくり返ったついでに私はバランスを崩して、そのまま床に倒れた。

「マジで!??」


「・・・・・・知らないの? 君らは僕らか、僕らの敵かなんかにボロ負けして地下に逃げたんだよ」

「え!!」

 呆れたようにいう宇宙人の言葉に目を丸くする。



 元学校。

 地上には出ずに地下に地下にと進む私たち。

 人類最後の楽園。


 そうだ。

 確かに、私たちは何かから逃げていた。

 何かから逃げるために地下に潜り、そして、今でも地上に出ることができずに更に地下に潜ろうとしているのだ。

 あまりにも【地下にいることが普通】すぎて、考えた事もなかった。



「地上には宇宙人が・・・・・・」

 天井を、いや、その上、その上の上の上、その果てを眺めながら、私は呟く。

 危険かもしれないとは思ったが、そんなにも危険だったとは。


 あぁ、でも、でも。




「でも、ちゃんと、地上はあるんだ・・・・・・迷宮区の上に、確かに・・・・・・」

 よく分からない感情に身体が震えた。


 ある。

 あるのだ、確かに、地上はある。

 偽物なんかじゃない、世界が、確かにこの上に。







「はい、このはやぶさ?の改造すんだよ。通報できなくしておいたから、これから、僕のお世話、よろしくね」







「・・・・・・・・・・・・え?」

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