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前編 ガール・ミーツ・エイリアン



 人類最後の楽園。

 そう呼ばれているこの施設を、旧時代の人間たちは「地下九龍城」と称していたらしい。

 九龍城、データベースに残っている情報によれば、香港という場所に嘗て存在した三百棟以上のビルの密集した無法地帯の建物群の総称である。

 資料に付いていた白と黒の写真(データ量が小さく済むからそう撮ったものかと思ったが、どうやら、古代では写真や映像に色が乗らなかったらしい)を見ると、なるほど、確かに大きくて無秩序に増築はこの施設に通じる物があった。

 納得である。

 なにせ、元々は巨大な寮併設の学校だったらしいここは、地下に埋まり横へ横へと永遠に広がり続けて、地下の要塞・・・・・・いや、城のようになっているのだ。

 人類最後の楽園なんて薄ら寒い名称なんかよりも、よほどらしかった。

 だから、私はこの施設を「地下九龍城」と呼ぶことにしている。



 眼前に浮かんだ飯場いいばと表示されたディスプレイが揺れる。

 飯場メシエ、十八歳、女性──健康状態良好。

 その後にも長い文字の羅列と数値が続いてる。

 あまりの鬱陶しさに手で払うが、空中に表示されたそれに大した変化はない。

 一瞬手に沿ってそれが歪み、また戻っていくだけだ。

 はぁと大きく息を吐き、両手を上げる。


 見慣れた、見慣れすぎた朝の光景である。

 最近は夢の中でさえ健康診断されているので、される度に軽い苛立ちを覚えるようになってしまった。

 日課やルーティンというのは、もっと無感情になれると思っていたのに、この鬱陶しさだけは全く拭えそうにない。


 自室の椅子に腰掛けたまま、右手を机の上に乗せる。

 タイミングを測っていたかのように、その手にマグカップが滑り込んできた。

 カタカタと机が中の電子部品を動かし、開くように展開する。

 そのうちの一つのアームにより、マグカップにコーヒーとミルクが注がれ、遅れてティースプーンが添えられる。

 あと、角砂糖を三つ。

 これは、小さい頃から入れてもらっているのだが、そろそろ角砂糖の個数を減らしてもいいかもしれない。

 ミルクに砂糖三つは流石に甘ったるすぎる。


 そして、机の内部から勢いよく焼けた食パンが吹き飛び、空中で伸ばされていたアームの先の皿に着地する。

 そのまま、他のアームに親の仇のようにジャムを塗りたくられ、甘すぎるカフェオレの手前に置かれた。

 これは、絶対に変えなくてはいけない。

 ジャムは少しでいいといくら指示を出しても、少しになった気がしない。

 甘ったるいカフェオレにジャムたっぷりの食パンは完全に甘ったるすぎる。


「朝のスクリーニングが終了シました」

 鳥型の個人活動支援機械、はやぶさから合成音声が流れる。

 ようやく、空中に表示されていたディスプレイがしまわれて、一息つくことができた。

「データを送りマす」

「はいはい」

 はやぶさというのは大型の鳥類の名前らしい。

 残っているデータベースの情報では他の鳥を狩る(食事のために他の動物を捕食する)姿も見ることができた。

 数キロ先の鳥を見つけて、そのまま急降下し蹴り落とすようにしてハトを狩る姿は壮観だった。

 映像で観たハトとの体の大きさについて考えてみると、結構大きいようだ。

 私のはやぶさは手のひらに収まるサイズなので、本物のはやぶさを知っている人間がいたなら失笑物かもしれない。

 だが、遠い昔のデーターベースを漁る人間など私くらいのものだ。

 きっと、永劫にバレはしない。

 それが何だか得意な気分でもあり、憂鬱な気分でもあるわけだが。


 ──両親が事故死してからずっとそうだ。

 気分が晴れないし、身体が怠い。

 スクリーニングでは健康だと言われているのに。

 時間が経てば少しは変わるかとも思ったのに、悪化しているような気すらしてくる。

 この状態で健康だなんて、私だけではなく、はやぶさも何か可笑しいんじゃないだろうか。

 まぁ、健康状態が悪化すれば、施設に強制的に入れられる羽目になるので、誤診だろうなんだろうが、この状況に異議など唱えないけれど。

 だが、それでも、何かをどうにかしなければいけないとは思っている。

 それがどういうものか、分かっていないだけで。


 ティースプーンでカフェオレを自分でも軽くかき混ぜ、食パンに塗りたくられたジャムを削ぎ落とす。

 全てのジャムをこのまま食べれば胸焼けしてしまうだろう。

 私とはやぶさがおかしいなら、この机もおかしいのだ。

 この家は全ておかしくなってしまったのだと思う。


 モニターに今日のニュースが表示された。

 今週、南の楽園拡大計画の最中にあった事故がテロか否か、名前も知らに自称専門家のコメンテーターとニュースキャスターが自分の意見の押し付け合いをしている。

 もう、言ったもん勝ちというか、声がデカい方が勝つ鶏の縄張り争いみたいだ。

 面倒になって右手を柔く握って捻る。

 昨今の若者のリアルコミュニケーション離れ、もう一度右に捻る、矯正施設の人々の暮らしとは、右に捻る、体制への反逆者の素顔に迫る、右に捻る、特区へのテロ特集、右に捻る、旧人類の暮らし──右手を止めて、下ろす。

 画面の中では旧人類が小動物と一緒に暮らしている映像が流れている。 小動物は旧人類にいい感情を持っていないのか、その手に噛みつき、足蹴にし、最後にはパンチまでお見舞いして、軽やかな足取りで距離をとった。

 旧人類の方はなぜか楽しそうに笑い、高く赤子相手のような声で小動物に語りかけている。


 それをぼんやりと眺めながら、食パンをかじる。

 いくらか削ったはずのジャムはまだ多いらしく、べったりと口に纏わりつく様に甘い、そして、食パンは口に刺さる程に固くパサツいている。

 焼いて少しはマシになるといえども、やはり食パンは苦手だ。

 堅すぎて、いつも口を切りそうになる。

 皆はジャムをたっぷりつけて、柔くしているのだろうか。

 正直、ジャムはジャムで甘ったるくて苦手だから、他の方法が有ればいいんだけどな。

 大きく口を開け、押し込むように食パンを咀嚼し、カフェオレで流し込む。

 マグカップ半分を消費して、ようやくそれを胃に流し込むことができた。

 息をつき、手に付いたパン粉を叩いて払う。


「本日はどうされマすか?」

「データーベースを漁る」

「健康維持のタめに部屋の外に出てみまシょう」

「うわ・・・・・・」

 聞いてきたくせに。

 全然、要望を聞いてくれない。

「今日も外出シなければ、五日引きこもっタことになりマす。外出、をすべきです」

 全然外出したくない。

 だが、ここで拒否したら、そのデータも送信されそうだ。

 自分の行動を一々誰かに報告されるというのは、気分のいいものではない。

「・・・・・・分かった。分かったから」

 確かに保存乾燥食を食べて寝てばかりだったし、運動はすべきだろう。

 最近では買い物もはやぶさに言いつけて終わるため、私自身は指一本動かさない時間すらある。

 確かに、いい状態ではないだろう。

「じゃあ、データーベースにアクセスして運動プログラムを・・・・・・」

「外出、を推薦シマす」

「・・・・・・」

 大きく息を吐き、残りのカフェオレを飲み干す。

 そして、そのまま机にマグカップを置く。

 待ちかねたようにテーブルが自身をカタカタと分解するよう変形し、食器を飲み込んでいった。

 結構、大きな音を立てたが、割れてはいないだろうか。



 地下九龍城。

 それは勿論、地下にある。

 文字通りだ。

 そこには、何の嘘偽りもない。


 窓の外を確認し、通路には誰もいないことを確かめる。

 通路の奥に人影が見えて、慌てて隠れた。

 できるかぎり、人間と鉢合わせたくない。

 それが、住居の近くにいる人間ならば尚更だ。

 窓の下にしゃがんでやり過ごす。


 私にとって窓というのは一酸化炭素中毒防止の空気穴であり、スペースを広く見せるための技巧、そして室外に誰が居るかを確認したり、通路にいる誰かとやりとりをするものだ。

 だから、データーベースでは窓の外に屋外を映しているのに驚いた。

 確かに地下九龍城の富裕層には、窓にディスプレイをハメて映像を流す人間もいると聞く。

 だが、その富裕層のお遊びが旧時代の名残だとは思わなかった。

 旧時代には一酸化炭素中毒というのはなかったのかもしれない。

 確かに旧時代の人間たちは地下ではなく、地上で暮らしていたらしいので随分と様相が違うのだろう。

 だが、旧時代の人間は地上に出れば、それを見れるはずだ。

 なのに、なぜ地上の景色をわざわざ窓に映し出すのだろうか。



 地上。



 両親が亡くなる前から興味はあった。

 けれども、亡くなった後は自分でも、どうかと思うくらいにハマってしまった気がする。

 両親という支柱を失い、執着とかそういうものがまるっとそちらに移動してしまった・・・・・・ということなのだろうか。

 私自身のことなのに、私には全く判断が付かない。


 地上。

 地上。


 上を見上げる。

 この部屋の上にはやはりまた住宅区がある。

 そして、何重にも重なる住宅区のその上に行けば軍事区、壁区、迷宮区。

 通信初等教育で皆が習う事である。

 下に行けば行くほど治安が良く、上に行けば行くほど治安が悪い。

 だから、皆下を目指すのだ。

 より下へ、下へと潜って行き、誰も上なんてものは目指さない。

 皆が地上という存在を忘れて、地下へ地下へと潜っていく。

 そして、外に出ることなく、一生をここで過ごしていくのだ。

 外なんて本当はないんだという人もいる。

 データーベースに残っている映像も写真もフェイクで、騙されているやつは皆馬鹿なんだという人も。

 あったとしても危険きわまりない場所だから、皆ここで生きているのだと。


 ・・・・・・まるで、子供が作って遊ぶドールハウスみたいだ。

 ここにしか世界がない、安全な場所に押し込められて生きて死ぬためのドールハウス。

 きっと旧時代の偉い人間はそう思いながら、そう感じながら、そう作ったのだろうと思う。

 私たちをドールハウスに住み着いた人形達のように考えて。


 窓の下にうずくまり、壁に頭を押しつけて思考する。

 足音が遠く遠くなっていく。



 ──それでも、私は上に行ってみたい。



 地上には果てがないという。

 地上ではずっとずっと上の遙か彼方から水が落ち、電気が落ち、氷が落ちる魔法のような事象があるのだという。

 地上では上を見れば遙か彼方にある惑星が見えるのだという。

 そして、その光で時間を知っているのだと。


 これはもしかすれば「どこか遠くに行ってみたい」なんていう、逃避行の一種なのかもしれない。

 けれども、私は上に行きたい。

 地上に出てみたいのだ。

 ──まぁ、そんなものはないかもしれないけれど。


 それでも、私は夢想する。

 この上の上のずっと上。


 迷宮区の上に確かに地上があるのだと。



 廊下の向こうで何かがごうん、ごうんと鳴っている。

 それに追い立てられるような気分になっていく。




 足に何かが当たる。

「オ掃除中デス、道ヲ空ケテクダサイ、オ掃除中です」

 人の顔ほどの大きさの円盤型。

 自立型掃除機械である。

 施設内をぐるぐると周って掃除する機械だ。

 気が付いたらプライベート部分にも侵入し、勝手に掃除している。

 朝起きあがって、これが床を駆け回っていたので、跳ねるほどに驚いた。

 家の中の自立型機械と連動して、扉を開けさせているのだろうか。

 昔、知り合い──アレは確か生意気な山片蟠桃やまがたばんとうだったか──がわざとひっくり返し、そこら中に響くアラームを鳴らされて事がある。

 その時は自立型掃除機械をひっくり返すと「反乱軍だと思われて殺される」なんて実に子供らしい噂が広まっていた時期で、帰宅したら治安保護部隊が家に待ちかまえているぞと脅されたものだ。


 ──そう、何かあれば凄いアラームを鳴らすソレが、何度も何度も親の仇の様に私の足に当たってくる。

 これでこのままひっくり返れば、またアラームを食らうことになるのだろうか。

 自分の家の中なので逃げ場もないのに。

 屋外の通路でアラームを鳴らされるのと、自分の家の中でアラームを鳴らされるのとでは色々な意味でレベルが違う。

 思わず、顔がヒクつく。


「・・・・・・はいはい、ごめんなさいね」

 すぐに素直に足を除ける。

 どこから入ってきたの、だとか、聞きたいことはあったが、まずはアラームを鳴らされないことが重要だ。

 自立型掃除機械は、ようやく真っ直ぐに進み始めた。

 もう、私の方など完全に無視して歯牙にもかけていない。

 まぁ、コミュニケーション型の自立機械ではないのだから、当然か。

 はぁ、と息を大きく吐く。



「じゃあ、外にでようかな・・・・・・」

「了解イタシマシタ、目的地を入力シてくださイ」

 はやぶさが私の顔の横に浮かぶ。

 申し訳程度に翼をハタメかせているが、これは重力操作の賜物である。

 翼は全く関係ない。

 両親の葬儀で見かけた中には海豚もいたが、同じように浮かんでいたのだからこれは間違いない事である。

 だから、この翼をハタメかせているのは、ただのポーズであり、かっこつけなのである。


「じゃあ・・・・・・そうだな、大図書館へ」



 どうしても外出しなければならないと言うのであれば、本が読みたい。

 電子ではなく、紙の本が。


「了解イタシマシタ! 大図書館、大図書館」

「うんうん、お願いね」

 はやぶさが私の目の前で翼を傾けながら、その場でぐるぐると回る。

 さも、翼でバランスを取っているかのように見えた、役者だ。




 はやぶさの先導に従い、通路を進む。

 むき出しの配管に電気線が覆う通路だ。

 進み続けていると、時折扉が現れ、後方に流れてまた消える。

 住宅区はどこも見掛けが同じすぎる。

 どこまで行ったのか、どこに行っているのか、さっぱり分からない。

 個人活動支援機械がなければ、私は自分の家にも帰れないだろう。

 いくつかの数え切れないほどの扉を通りすぎ、ようやく視界が開け、無限に続いていた扉が途切れた。


 住宅区の真ん中にぶち抜かれたエレベーター、そしてソレを囲うように天を突く螺旋階段。

 この楽園──否、地下九龍城唯一の昇降設備である。

 そして、その周りに群がるように軒を連ねるのは市場だ。

 人通りが多すぎてあまり通りたくない地区である。

 だが、特区にある大図書館に行くには、必ず通らなくては行けない場所だ。

 遙か彼方にあるエレベーターの行く先は見えない。

 噂によればあれは地上まで続いているのだと聞く。

 迷宮区の遙か上にあるという地上。

 小さな頃、何度か一緒に遊んでいた体の大きな子供が、処刑された罪人の遺体があのエレベーターに詰め込まれるのを見たといったことがあった。

 嘘か本当かは分からない。

 だけど、その時は子供達の間で罪人の死体は迷宮区に放り捨てられるという噂と、地上に放り捨てられるという噂がたっていた。

 ある程度大きくなってから、ネット上を散策していると、それは私たちだけの噂ではなく、似たような物はどこででも囁かれているらしいことを知った。

 しかも、かなり昔からの噂のようだ。

 ここまでくれば、噂というよりは伝承や伝説に近い気がする。

 大本になる事件でもあったのだろうか。

 それとも、そういう噂を広めたい人間でも、いたのかもしれなかった。


 ぼんやりと上を眺めていると、紐でいくつも吊り下げられた入れ歯が視線を塞ぎ、通り過ぎていった。

 思わず思考が停止し、ソレを視線で追う。

 担いだ棒に引っ提げて歩いているということは、あの入れ歯は売り物なのだろうか。

 一体誰が購入するのだろう。

 理解しがたい。

 もしかすると、私が引きこもっている間に流行が様変わりしたのかもしれない。

 もしその流行が、今ある歯を抜いて入れ歯にするって物なら、付いていく気になれないが。


 入れ歯屋の背中を追ってしまった視線を前に戻し、市場を眺める。

 大きなタンクに水を詰め込んだ水運び屋、沢山のアンテナを並べている男、紡績工場から直卸だと歌う布地や衣料を取り扱う出店、あからさまなガラクタばかりおいてある店、缶詰に保存乾燥食品、所狭しとたわしが置いてある店、通路で堂々と客を座らせて髭を剃る店。

 人にぶつかりそうになって避けた。

 何人も並んで同じ動きをしている。

 何かの運動の教室だろうか。

 腰を落とし、低い姿勢のまま、スローな動きで腕を動かしている。

 腰の痛む老人の動きみたいだ。

 視線をはずす。

 雑貨屋にお茶とお菓子を食べれる店、乾物屋、モニターが並ぶ店の次はコードが沢山積み上げられている店。

 この市場は普及している電子マネーだけではなく、物々交換や迷宮区で流行っている物的マネーとの交換までやっているところもあるらしい。

 立てられた登りに「物々交換・物的マネーも可」とかいてあるから間違いない。

 市場では人類は平等と謳っていると聞いたが、どうやら本当のようだ。

 場所によっては、迷宮区の人間とバレたら叩き出される店もそう珍しくない。

 まぁ、だからこそ、個人活動支援機械を持たない人間や、持つことのできない後ろ暗い人間も紛れ込むのだろう。

 時折、市場で逮捕者も出るし、幼い子供が追い回された話も聞いたことがある。

 市場の大通りを外れて奥に行ってしまえば、身ぐるみを剥がれてもおかしくはない。

 だから、住宅区の人間はネットよりもお得で見応えのある市場に来る人間も多いが、特区の人間は寄りつきもしないらしい。

 それにしても、相変わらずの盛況っぷりである。


「うわ」

 地面に並べられているのは茶色い何かに視線が留まる。

 そう、図鑑で見たことがある。

 何だっけ、と視線を上げる。


《人工培養豚肉》


 豚肉。

 豚。

 ピンクの・・・・・・尻尾がクルクルしている動物だったか。

 いや、体毛の生えた牙のある茶色い生き物?

 思わずマジマジとのぞき込む。

 両手で抱えられる程度の大きさだと思っていたのに、地面に並べられているソレは人間の大人ほど・・・・・・いや大人よりも立派な体躯を持っている。

 もう動きそうにないが、もしも動き出せば一発で吹き飛ばされる自信があった。

 これが、本当に豚?

 データベースによれば人間を食べたりする動物ではなかったはずだが、食べかねない大きさをしているように見える。


 ごくりと唾を呑む。


「お! お嬢ちゃん、豚肉に興味があるの? この豚肉は研究所から直に卸された正真正銘本物の人工培養の豚肉だ! まがい物なんかじゃないよ! もしも食べるなら・・・・・・」

 威勢のいい鉢巻きの男性が私に話しかけてきた。

 大きな四角い包丁を持ち、青い前掛けをしている。

 とんとんと包丁で人工培養だという豚肉を叩く。

 切るよ、という意味だろう。

「い・・・・・・いやいやいや、無理無理、じ、人工肉なんて!!」

「大丈夫大丈夫、そんなに怖がらないでよ! お嬢ちゃんが普段食べてる保存乾燥食だって人工植物が使われてるでしょ? 人工肉もそんなに変わらないよ。それに、人工肉が市場に出回るなんてスッゴいレアなんだ! 食べていかなきゃ損だって!」

「いー・・・・・・」

 思わず、頬がひきつる。

 見下ろした地面には豚。

 目があっただろう部分にはぽっかりと穴があいており、その体は茶色。

 以前見た肉食獣が食事している写真では、そんな色ではなかったはずだ。

 食べやすいように加工されているのだろうか。


「もう、味が付いてるからさ、食べるだけだよ。ね、一口さ。コレ食べたら、お嬢ちゃん、皆に自慢できるって!」

 いつの間にか一口大に切られた人工培養豚肉がピックに刺さっている。

「・・・・・・」

「食べなイんですか?」

 はやぶさまで私に勧めてきた。

 重力操作を切っているのか、省エネモードなのか、私の肩に留まって動きそうにない。

 いつもは頼まなくても「自力で飛んでます」みたいな顔で羽ばたいているというのに。

「ね、食べてみなって!」

 男性が期待に満ちた顔で私を見ている。

「あー・・・・・・」

 視線を右へ左へ動かし、そして、男性の手に握られたピックをみる。

 ずいっと私の方に寄せられた。

「うっまいから!」

 その瞳はきらきらと輝き、邪気の一つもない。

 完全に善意でやっている顔である。

 それか、他人の感情が全く分からないサイコパス。


「あー・・・・・・じゃあ、ひとつだけ・・・・・・」

 その輝く笑顔に追いつめられ、ピックを受け取る。

 そのまま、ここから去ろうかとも思ったが、男性は期待に満ちた瞳で私を見続けている。

 明らかに食べた感想待ちだ。

「んー・・・・・・」

 片目を閉じ、ピックを眺める。

 なんだか、年を重ねた老人の肌のような皺が見えて、食べてないのに吐きかけた。

 だが、男性の瞳は更に輝き、まるで誕生日プレゼントも貰う寸前の子供の様な顔をして、こちらに身を乗り出している。

 私は両目を閉じて、ピックの先を口に放り込み、噛みつく。


 私は肉食獣、私は肉食獣、そう思いながら噛む。


 すぐに感じたのは舌を刺激する辛み。

 反射的に飲み込もうとして、変なところに入りかけて軽く咽せる。

 戻ってきた人工培養豚肉を奥歯でかみしめた。


 じわり、と何かが染み出し鳥肌が立つ。

 血かもしれないと心臓が逆流しそうな程の恐怖が湧き出す。

 だが、血のあの独特の鉄臭さは感じない。

 ともかく、さっさと飲み込むため、更に小さくしようと歯をたてる。



 噛めば噛むほどに──



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」



 味が染み出してくる。

 食事した際の水分を奪われるような違和感はない。

 むしろ、人工培養肉から水分・・・・・・ではないが、何か喉が潤うようなものが出ている気がする。



 これは──




「・・・・・・美味しい」




「でしょ!?」

 男性が身を乗り出して喜ぶ。

「おいっしーでしょ、人工培養豚肉!」

「・・・・・・美味しいですね。何か・・・・・・肉って、もっと怖いものかと思ってました」

「でしょでしょ! めっちゃいいんだよ、人工培養肉!! 栄養価もあってさ、これから食卓を彩るのは人工培養豚肉だよ!!」

 視線を下に落とす。

 地面に寝転がる人工培養豚肉は見た目はグロテスクだが、味は美味しい様だ。

「で、今夜のご飯にどう? 安くしとくよ~」

「ちなみにおいくら・・・・・・ですか?」

「百で千円かな!」

 百で千円。

 保存乾燥食が二、三食分買える値段である。

 ちょっと、贅沢かな。

 いや、でも人工培養豚肉なんて、そんなに出回らないだろうし。


「・・・・・・じゃあ、九百」

「うー・・・・・・」

「八百以上は負けれないからね!」

「か、買います」

 勢いに呑まれて、ついつい買ってしまった。

「電子かい?」

「はい・・・・・・はやぶさ」

 肩に乗った個人活動支援機械の名を呼ぶ。

 ストンとなめらかな動きで、男性が差し出した機械の上にのった。


 軽めの電子音が鳴り、空中に人工培養肉、八百そして、取引内容の詳細や取り引きした相手の名前が表示される。


「はい、毎度あり! 自宅配達にする?」

「えぇ、お願いします」

 頷いてもう一度、地面に横たわる人工培養豚肉を見る。

 飛び出ているのは骨という奴だろうか。



 骨。

 動物の体内で筋肉をまとい、体を支えて内臓を保護している結合組織。

 人工培養肉から飛び出しているが、もしかすると肉とは強度が違うのだろうか。


「触る?」

 男性が私の視線の先の骨を四角い包丁で指さす。

「え」

「骨でしょ? 骨は最後まで残してさぁ、また研究所に回収して貰うだけだし、触ってもいいよ」

 コンコンと包丁がソレを叩く。

 やはり、骨だったらしい。



 ごくりと唾を呑む。



「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ・・・・・・」

 しゃがんで、一歩一歩と人工培養肉に近付く。

 クンと鼻を鳴らす。

 イヤな臭いはしない。

 過去に作られた映像作品では何かが死ぬと「死臭」という物がするらしいのだが、全くしない。

 むしろ、何か、お腹が空くような匂いがする。

 これが「死臭」というのだろうか。

 いや、そんなはずがない。

 だって旧人類の映画では「死臭」がするという場面では、皆鼻を押さえて、吐き気をこらえていた。

 だから、きっと「死臭」とは胸が悪くなるような臭いの筈なのだ。



 腕を目一杯人工培養肉に伸ばし、指を骨へと曲げていく。

 そして、画面をタップするように触れた。


「・・・・・・」

 イヤな粘つきや感触はない。


 今度はタップをゆっくりとしてみる。

 指が触れてもその輪郭には変化がない。


「・・・・・・」

 そっと、指を骨に沿わせてみる。

 噛めば少しこちらを押し返す肉とは違う。

 動物の内臓を護るためにある、堅牢な籠そのものだ。


「・・・・・・ほ、本当にか、かたい・・・・・・」

「固いでしょ?」

 男性がなぜか誇らしげにいう。

「え、肉は歯で噛みきれるのに、骨はこんなに固いんだ・・・・・・」

「不思議ですよねー」



 男性と談笑していると、そこら中にけたたましい鐘の音が響いた。



「あぁ・・・・・・処刑が始まるみたいだ」

 男性が無感情に呟いた。

 振り返ると、大衆が同じ方向へと足を進めだしている。

 店を出している人間もチラホラと荷物を畳み、それに続いた。


「お嬢さんも処刑みたいなら、早めに行かないといい場所とられちゃうよ」

 男性はそれだけ言うと、包丁を持って奥へと引っ込んだ。

 彼も包丁をしまって、そのまま処刑を見に行くのだろう。



 処刑。

 また、あの反体制組織のメンバーだろうか。

 ニュースで特区のどこかが爆発されたとかいっていたから、そこ関係かもしれない。

 特区の富裕層相手だ。

 治安保護部隊も、スピーディーに処刑をして終わらせ、これ以上の怒りを買いたくないのだろうし。


「処刑は十三号で行われてイるようです。見学するなら、目的地案内を切り替えマす」

「いらない・・・・・・」

 はぁ、と息を吐く。

 処刑を娯楽ととらえる人間とは相容れない。

 だが、資料を見る限り、旧時代も民衆の娯楽として流行っていたらしい。

 かつての富裕層やはみ出しものを処刑して楽しむ。

 悪趣味にしか思えないが、理性や道徳が削ぎ落とされた原初の欲とは、そういうグロテスクなものなのかもしれない。

 多分、私も含めて。



 遠くで歓声が上がっている。

 罪人が民衆の目の前まで連れてこられたのだろうか。

 吐き気がしてくる。



「・・・・・・さ、早く大図書館までナビゲートして」

 それに背を向けてはやぶさを急かす。

 はやぶさが翼である方向を示した。

 大図書館へのルートだろう。

 大股でそちらに足を進める。


「ストレス値が上昇シてイマす」

「だろうね」

「ストレス対象から十分な距離を取ってくださイ」

「今とってる」

 足取りは重い。



 螺旋階段出入り口。

 当然、待ちかまえていた門番とスキャナー機械に止められる。

「改造されていないかのチェックが入りますので、こちらに個人活動支援機械を預け、このままゲートにお進みください」

 黒いゴテゴテしたコートの門番に軽く頭を下げ、肩に乗ったはやぶさを預ける。

 上から支給されている個人活動支援機械の改造は違法だ。

 だが、彼らを改造して自分の居住区に定められていない区に侵入する人間もいる。

 大昔の話だが、迷宮区の人間が他人の個人活動支援機械を奪って改造して特区に紛れ込み、十年以上も生活して家族も作っていたことがあったらしい。

 機械に強い男で、機械の検査は全て異常なしでパスをしていたが、ある日、同じ迷宮区にいた人間に告発されたのだという。

 それから、出入りには機械と人間の組み合わせで見張ることがルールになったらしい。

 少し面倒ではあるが、手違いで迷宮区に閉じこめられるなんて事故に巻き込まれないためにも、これは大切なことだ。



「スキャン開始──ID・・・・・・」

 はやぶさがスキャナー機械に解析され始めた。

 ソレを横目に、私もゲートをくぐる。

 三、四歩ほど歩ける金属で作られた小さな通路だ。


 ピッと私の前に画像が浮かぶ。


《飯場 メシエ、十八歳、女性、健康状態良好──》

 家での様に手で払いかけて止める。

「目的地は?」

「特区、大図書館です」

「はい、個人活動支援機械も大図書館までのナビゲートになっていますね」

「特区の人間に危害を加えた場合、貴方は略式の処刑をされる可能性があることを承知していますか」

「はい、承知しています」

「わかりました」

 トントン、と門番が手元のタブレットを持っていたペン先でひっかく。

 言い慣れた台詞、聞き慣れた台詞なのだろう。

 それからは無言で内容を確認していたらしいが、ある一点でペン先の動きが留まった。


「──ご両親が亡くなられている」

「はい」

 肯定する。

 体制側のデータに何と書かれているかは知らないが、その通りである。


「ご両親が亡くなられたことで、なにか体制への不満などは?」

 門番が続けた質問の異図が一瞬分からず、顎が下がる。

「は・・・・・・い?」

 思わず、門番の顔をマジマジと見る。

「両親が死んだら・・・・・・体制に何か?」

 純粋な疑問である。

 質問の意図が本当に分からない。

 一体、どういうことだろう。


「・・・・・・いえ」

 門番が咳払いした。

「すみません、無関係な質問をしました」

「・・・・・・はぁ・・・・・・?」

 タブレットを引っかくペン先の動きが早くなる。

「えぇ・・・・・・えぇ・・・・・・問題ありません」

 そして、素早く、スキャナー機械の方へ目をやる。

「あなたの個人活動支援機械も問題はなさそうです。すぐに返却されますのでもう少々お待ちください」

 それだけ言うと、足早に門番が去っていった。


 普通は最後までデータを検分し、機械での所持品チェックもあるはずなのに今日はない。

 というか、一人で取り残されてしまった。


「・・・・・・何なんだ」

 呆気にとられて、はやぶさを待つ。

 はやぶさの検分よりも早いなんて初めてだ。





 返却されたはやぶさと共に螺旋階段を下へと降る。

 ぼんやりと上を見上げれば、どこまでも続く螺旋階段が無限のように折り重なっていた。

 まるで果てなどないみたいだ。

 そして、その果てなどないその上の上に地上があるのか。


「あと、十三メートルです」

 はやぶさが特区までの距離をアナウンスする。

 言われて視線を下に降ろせば此方の方はキチンと果てが見えた。

 しかし、さらに地下へと特区を掘り進める案もあるらしいので、この果ては近く変わるのかもしれない。

 それにしても、さらに地下か。

 それは特特区とか名付けられるのだろうか、それとも、特区が広がるだけ?

 いや、もしかすると今の特区が住宅区になり、新しい場所が特区になるかも。

 その時は、大図書館もそのままの場所にあったら、助かるのだけど。


 ・・・・・・まぁ、下は地盤の関係か何なのか掘り進めるのが難しく、今は横に横にと地下九龍城は伸びるばかりだ。

 噂によれば戦争ばかりしていたという旧人類の破壊兵器でさえ、どうにもならなかったらしいので、夢のまた夢だろう。

 もしかすれば、私が死んでも百年、二百年は無理かもしれない。





 そんな固い地盤が目の前で爆発した。





「は!?」

 身体が宙に舞いかけ、螺旋階段の手摺りに掴まる。

 光が地下から天へと走った。

 真っ直ぐに、上に。

 天を、いや、地上を穿たんとするように。


「エマージェンシー、エマージェンシー、緊急救命信号を発信、緊急救命信号を発信」

「は!?」

 はやぶさが耳元で喚く。

 それに正気を取り戻し、もう一度下を見る。


 エスカレーターを覆う筒には傷一つない。

 だが、螺旋階段の下部分は、無邪気な子供に食いちぎられ、指をそこら中に突っ込まれた乾燥保存食の様な無惨な有様になっている。

 その更に下は煙に覆われていて確認ができない。

 だが、あの地上へと伸びた光・・・・・・。

 もしかすると、特区の下に何かがいて、それが、地下九龍城の壁をブチ抜いてきた、ということだろうか。


 螺旋階段自体は強度が高いのか、上から支えているのか、倒れそうではない。

 だから、このまま螺旋階段のサンドイッチの具にされるような結末にはならないはずだ。

 そう、倒れそうではないが、もう、これ以上は下に進めそうにない。

 だって、物理的に消えているのである。

 進めるはずがない。

 ならば、上へ昇って逃げるべきなのだろうか?

 だが、これがもしも野生動物だとすれば、背中を見せたり、大きな音を立てると興奮するかも・・・・・・。


 ずっと下にあった煙が段々と上にせり上がってきた。

 視界が茶色く濁り、埃よりもずっと肺に刺さる煙に咳き込む。

 瞳をぎゅっと閉じて、口を手で押さえる。

 やはり、動かない方がいいだろう。

 視界もふさがれてしまっているのに、足を踏み外したら落下して怪我をしてしまう。


「エマージェンシーエマージェン・・・・・・」

 はやぶさの声がとぎれた。

「は!? え、はやぶさ!?」

 自身の命綱の名前を呼び、手を縦横無尽に動かす。

 何にも触れない。

 肩の近くにいたはずのはやぶさがいない。

 目を開けようとしてみるが、目に煙が刺さって痛み、閉じてしまった。

 目に何か異物が入ったような気持ち悪さがある。

「はやぶ──」

 叫ぼうとして煙が更に肺に刺さり、激しく咳き込む。


「はや──」

 手にようやく柔らかい何かが触れた。

 それを縋るように掴んで、引き寄せる。



 ようやく、咳が落ち着き、息を吸ってもざらつきだけで痛みを感じなくなった。

 そっと、瞼を開ける。



 目の前にいたのは、黒くて細長い人間だった。

 旧人類の舞踏会に出てくる黒い服。

 後方に切り込みが入ったスーツに円柱型の帽子、手だけは布地に覆われて白い。

 加工で限界まで四肢を引き延ばし、その後に全身を縦に引き延ばしたような身体。

 そして、その顔は塗りつぶされたように真っ黒だ。




 私は右手でしっかりとその真っ黒いものの手を掴んでいた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 視線を動かす、その真っ黒いのが掴まれていない方の手で持っているのは、間違いなく──



「はやぶさ!!」

 そう叫ぶと、一瞬で真っ黒いのが姿を消した。

 否、姿を消したのではない。

 また、手は掴んだままだ。



 掴んだ手の先には──



「お──」


 私がいた。

 飯田 メシエ、私がいた。

 寸分違わず私である。

 おそらく髪の毛一本一本に至るまでに私である。




 だが、なぜか、全裸だった。




 そう、全裸である。

 一糸纏わぬ姿である。

 一糸纏わぬ生まれたままの姿の私が、目の前にいた。



「っ!? はぁああ!? なんで私の身体で全裸になってるの!!」

 思わず声を荒げる私にその私は微笑む。

 微笑んでいるのは私の顔だというのに、なんだか人間を罠に誘う化け物の様な顔に見えた。




「こんにちわ、人類の末裔くん。僕はそうだな・・・・・・新しい人類だとでも言っておこうかな」








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