すべて、お姉様のせいです
私の姉は聖女だ。
我が家はごく普通の男爵家で、特に貧乏でも裕福でもない、まったく特筆すべきことがない家である。
そんな我が家は長女であるアイラが、王立貴族学院へ入学したことで特別になった。
すべての貴族は16歳になると王立貴族学院へ入学することが義務である。
そして、入学式で新入生は魔力検査を受けることになる。
検査では魔力属性と魔力量が分かるのだけれど、姉はそこで聖属性だということが判明したのだ。
おまけに魔力量もかなり多かったらしい。
これには、私たち家族も驚いた。
私より五歳年上で、姉が入学すると同時に卒業した兄は土属性で魔力量も平均値である。
両親も似たようなものだ。
そんな我が家から聖属性が出るなど、誰も予想できるはずもなく、姉と私たち家族はすぐ様、王城へ呼ばれ、あれよあれよという間に『聖女』と認定された。
初めて見る国王陛下や王妃陛下、そして、教会から来た教皇猊下を前に両親も兄も呆然としており、おそらく話のほとんどは頭に入っていなかっただろう。
姉は200年ぶりの聖女として、国をあげて守られることとなり、その為、学院内でも護衛騎士がつき、王太子殿下やその側近の方々も手助けしてくれることになった。
一気に注目度が上がり、お茶会などの招待が母や私に大量に届くようになったり、父や兄にも執務関係で色々な話がくるようになった。
急に変わった周囲に、私は何だか気持ち悪さを感じていた。
けれど、両親も兄もだんだん、そんな日常に慣れていき、今までの我が家ではあり得ないようなオーダーメードの服や宝飾品などを購入していた。
「ねえ、お父様たち、少し調子に乗り過ぎじゃない?いくら、アイラ姉様が聖女でも、我が家が男爵家なことは変わらないんだよ?」
「そう言うなよ~。聖女の家族が見窄らしいとアイラが恥をかくだろう?必要経費だよ」
私がいくら注意しても、深く考えていない両親や兄は変わらなかった。
学院に入学した姉は寮生活をしている為、ほとんど家には帰ってこない。
私一人だけ、この状況についていけずに距離を置くようになっていた。
それから二年が経った。
私も16歳になった為、貴族学院へ入学する。
姉は最終学年の三年生だから、あまり会う機会はないだろう。
初めての環境に少し緊張しながら、入学式に向かった。
校内に入る前に受付をする必要があった為、受付の列に並び、ついに私の番がきた。
「入学おめでとうございます。お名前をお伺いします」
「ありがとうございます。セイカ・ブランディールです」
私が名乗った瞬間、受付の先輩方の空気が変わった気がした。
それでも、何も言われることもなく、一年生の目印である花飾りを受け取り、疑問に思いつつもホールへ向かった。
…一体、何だったんだろう?
いざ、入学式が始まり、生徒会長である王太子殿下が祝辞を述べた。
ちらっと壁際に並ぶ生徒会のメンバーを見れば、その中には姉がいた。
久しぶりに見た姉は、同じ生徒会の高位貴族であろう子息と顔を近づけて、こっそり話していて、何だか距離が近すぎるように感じた。
式が終わると魔力検査が始まり、名前を呼ばれた人から水晶のようなものに手をかざし、魔力属性と魔力量を検査する。
「セイカ・ブランディール嬢」
ついに私の名前が呼ばれ、水晶の前まで移動すると、何やら周りがざわめいている。
『聖女の妹』だと噂をされることは覚悟していたから、仕方がないと諦めて水晶に手をかざすと、水と氷の二属性で魔力量も普通より少し多めだった。
特に珍しい物ではない為、そのまま普通に終わった。
「セイカ!!」
式が終わると、姉が駆け寄ってきたが、その後ろには生徒会の方々もいた。
「へぇ~この子がアイラの妹なんだ!可愛いね」
人ウケする笑顔で話しかけて来た為、内心「うわ~」と思ってしまったが、表情には出さず、仕方なくカーテシーをしながら挨拶をする。
姉はそんな私の様子に気付くこともなく、呑気に「可愛いでしょ?」と嬉しそうに笑っている。
生徒会のメンバーは姉以外は王太子殿下や高位貴族のはずなのに、敬語も使わず、馴れ馴れしく名前を呼んでいる姉に少し不快感を持った。
新しく始まった学院生活が辛いものに変わったのは、割とすぐのことだった。
初めは、クラスメイトとランチを食べに食堂へ移動している時だった。
「あなた、前を見て歩いてますの?危ないじゃない!」
「申し訳ありませんでした」
いきなり、横からぶつかられた気がしたけれど、知らない上級生だったうえ、確実に私よりも格上の身分だろうから、とりあえず謝罪をして、その場は終わったのだった。
でも、それはその時だけでは終わらず、毎日のように色んな上級生にぶつかられ、足をかけられ転ばされ、だんだんエスカレートしていき、ついに教科書を破られたりするようになった。
クラスメイトも格上の身分である上級生に目をつけられたくない為に、私と距離を置き始め、ついに周りから誰もいなくなった。
なぜ、こんな目に遭っているのだろう?
どんなに考えても分からず、その理由が分かったのは、私を呼び出した令嬢から水魔法で、ずぶ濡れにされた時だった。
「恨むなら、あなたのお姉様を恨みなさい。人の婚約者に擦り寄って卑しい!」
…ああ、姉のせいだったんだ。
濡れて気持ち悪い制服を着替えて教室へ戻ろうとすると、姉や生徒会のメンバーが仲良さそうに戯れている姿が目に入った。
「あ、セイカ!」
姉は私に気付いて声をかけようとしてきたが、私は気付かないふりをして姉に背を向けた。
それからも嫌がらせは続いた。
私は家族の中でも、割と勝ち気な方だと思う。
だけど、そんな私でも毎日、こんな謂れのないことで嫌がらせを受け続けると心が折れそうになる…
足をかけられ転ばされ、座り込んだまま動けずにいると、涙が浮かんできた。
「あなた、大丈夫?」
そう言って、私の前に手を差し伸べてくれたのは、王太子殿下の婚約者であるヴィクトリア・キングスリー公爵令嬢だった。
差し出された手は白魚のように美しくて、私なんかが触れていいのか迷ってしまったが、せっかく差し出してくれたのに断るのは失礼かもしれないと、その手に自分の手を重ねた。
「あなた、アイラ様の妹さんよね?」
「…はい、そうです。助けて頂き、ありがとうございます」
きっと、この方にも嫌われているのだろう…
もう、卑屈な考えしか浮かばない…
でも、その次の日からヴィクトリア様は、ランチの際に教室まで私を誘いに来るようになり、名前で呼ぶようにと言われた。
それから、王太子殿下の側近の婚約者の方々にも紹介してくださったり、お茶会に誘ってくださったり、私に構うようになったのだ。
ヴィクトリア様の傍にいるようになってから、嫌がらせはなくなった。
私を守ってくださっているのだ。
私は、意を決してヴィクトリア様に尋ねることにした。
「あの、なぜ、私を守ってくださるのですか?ヴィクトリア様も姉が、その、お好きではないですよね?その、姉は王太子殿下にも…」
「そうね、確かにあなたのお姉様にはいい印象はありませんわ。でも、その事にセイカ様は関係ないでしょう?」
そう微笑みながら答えてくれ、私は思わず泣いてしまった。
そうして、ヴィクトリア様と行動を共にするようになると、たまに姉と王太子殿下たちが言いがかりをつけにやって来ることがあった。
「ヴィクトリア、なぜ、アイラをお茶会に誘わないんだ」
「ごきげんよう、殿下。そうは申されましても、アイラ様はマナーがまだ身についていらっしゃらないようですもの。ゲストに気持ち良く過ごして頂くのがホストとしての役目ですから、マナーが身についていらっしゃらない方を招待するわけには参りませんわ」
「なっ!?しかし、そこにいるのはアイラの妹だろう!なぜ、彼女は参加してる!」
王太子殿下がヴィクトリア様に詰め寄っている間、姉は側近の方たちに守られるように立っていて、悲しげな表情を浮かべ、止める様子もなかった。
「お姉様、なぜ、王太子殿下を止めないのですか?」
「え?」
私にいきなり問いかけられ、姉は驚きの声をあげた。
「お茶会に招待されるかどうかはホストの方が決めることです。それを招待されないと文句を付けるのは違いませんか?」
姉の目を真っ直ぐ見て言ったけれど、姉は戸惑うばかりで、なぜ私にこんな事を言われているのか理解できていないようだった。
「セイカ…どうして、意地悪を言うの?」
「私が言っていることが意地悪だと感じるのであれば、もう、私が知るお姉様ではないのですね。私は入学してからお姉様のせいで、ずっと謂れのないいじめを受けていました。すべて、お姉様のせいです」
王太子殿下や他の令息方が、気色ばみ口を開こうとしたのを視線を向けて止めた。
「お姉様は色んな方から注意を受けていたのではありませんか?でも、それを聞き入れず、自分の感情ばかり優先しています。私はそんなお姉様を入学してから、ずっと見ていて気持ち悪いと思いましたし、大っ嫌いになりました」
私の発言に姉だけではなく、王太子殿下たちも呆然としていた。
姉と実質上の決別宣言の後、姉と会うことはなかった。
そして、卒業式が近づいて来た頃、家から『至急、帰宅するように』と連絡が来た。
帰宅すると、両親と兄は相変わらずで、嬉しそうに『姉が王太子殿下と婚約する』ことを報告してきた。
「王家からアイラをぜひ、王太子殿下の妃にってお話があったのよ!アイラも王太子殿下が好きだから、お受けしたそうよ!我が家の娘が王家に嫁ぐなんて、すごい名誉だわ!!」
完全に舞い上がっているが、現実はそんな甘いものではない。
「そう、なら慰謝料を払えるのね?」
「慰謝料?」
両親も兄も何のこと?ときょとんとしている。
「当然でしょう?アイラ姉様は学院で婚約者のいる令息たちと、いつもあり得ない距離感で一緒にいるの。もちろん、その中に王太子殿下もいるし。婚約者がいて、アイラ姉様のせいで婚約破棄するなら、家にだって慰謝料が請求されるに決まってるでしょ?全員、高位貴族なんだから」
そう言えば、顔を真っ青にさせたけれど、兄は呑気に「王家が肩代わりしてくれるだろう」という甘いことを言い出した。
いくら、王家だって王太子殿下の慰謝料を払わなきゃいけないだろうから、家の分まで払う余裕はないだろう。
「な、なら、どうしたらいいの?」
「アイラ姉様をどこか高位貴族に養子に出して、縁を切って。聖女なんだし、受け入れてくれる家はあると思う」
縁を切るなんて…と渋っているが、このままでは慰謝料だけじゃなく、婚約を壊された高位貴族に目をつけられ、ブランディール男爵家は潰されるかもしれないという現実がある。
男爵家なんて、高位貴族からしたら羽虫と同じで簡単に潰せるんだから。
「今まで、聖女の家族だって調子に乗った結果だよ。アイラ姉様も聖女だって驕ったせいで、他の貴族を敵に回しすぎてる」
冷静に現実を突きつけると、父は少し考えた表情を見せ、顔を引き締めた。
どうやら、理解したらしい。
母はどこか不満そうで、兄も未練がありそうだが、そんなことを言っている場合ではない。
その後は、父が王家に願って養子先を紹介してもらい、姉にも養子に出すこと、そして、これっきり縁を切ることを伝えた。
姉は動揺し泣き出したそうだが、姉がやったことは、もはや男爵家である我が家では収拾がつかないと告げたそうだ。
そして、卒業式の日。
王太子殿下はヴィクトリア様に婚約破棄を伝えた。
婚約破棄の理由は、アイラ姉様をいじめたこと、そして、聖女が王妃の方が国民も歓迎するだろうという事だった。
ヴィクトリア様は婚約破棄を受け入れたが、アイラ姉様をいじめたという事実はないと否定したと同時に、逆に二人の不貞を指摘し、慰謝料を請求した。
一部、側近の中でも、アイラ姉様を理由に蔑ろにされていた令嬢側から婚約破棄を言い渡され、慰謝料を請求されていたが、私とブランディール男爵家がアイラ姉様と絶縁していることをみんな知っていた為、我が家への請求はなかった。
その後、私はヴィクトリア様からのご紹介で親戚筋の伯爵家の方を紹介して頂き、卒業と同時に結婚し伯爵夫人となった。
アイラ姉様は、ほとんど身についていなかったマナーなどを含めた王太子妃教育を受けているらしいけれど、まったくついていけず、毎日泣き言ばかり言っているらしい。
自分で選んだ道だ。
アイラ姉様が敵に回した令嬢たちは、どこかの貴族家の夫人となる。
王妃となった時、アイラ姉様を支えてくれる人は少ないだろう。
すべて、お姉様のせいですよ。
その代償は、お姉様が払ってくださいね。




