第三話 異界 その②
1時間目は数学?らしい。だが、ここで問題発生。
「なあ、天……真帆」
「なに?」
「教科書忘れてたから、しばらく見せてくれないか?」
「はいはい」
オレは頭脳の信号速度を【加速】させ、教科書の内容をすべて覚える。
そのあと、【加速】を使い頭脳の回転を【加速】させ、何度も映像を反芻させる。
「ありがとな、もういいわ」
「相変わらずだね」
「まぁな」
いまのパラパラと教科書を捲る音が目立ったのか、クラスメイト全員がこちらを見ていた。
そしてそれは、先生も例外ではなかった。
「渋堂、解いてみろ」
「はい! 途中式はありですか?」
「当たり前だ」
「わかりました」
オレは澄まし顔で答えを書いていく。
その感覚はまるで解き方を知っているパズルを初めて解くような――
新しい知識を頭に入れて、知識を使うのと同時に理解しあうような感覚。
それは、オレが久しく味わってなかった感覚だった。
「どうですか!」
「せ、正解だ」
「……あー、オレ数学好きかもな」
数学の先生には悪いけど、久しぶりに楽しかった。
「どうだった?」
「鳳真くんらしいって思ったかな」
「そうか?」
こっちの世界は未知の存在がいっぱいある!
そう思うだけで、なんだかワクワクしてきた。
「あとでペンケースと……えーと、そのペン! 買いにいかないとな!」
「シャーペンね」
「あぁ、それそれ」
「……渋堂、また解いてみろ」
「あ、はい!」
こうして、数学の先生に当てられては完璧に答えを黒板に書くオレの図が、授業が終わるまで続いた。
「では、終わります……」
「「「ありがとうございました!」」」
クラスメイト全員が声を揃えて礼を言う。
数学の先生は何故かぐったりしていたが。
◇◇◇
「すごいな渋堂!」
「本当に人間?」
「うん。実はちょっと魔法が使えるんだ! なんつって!」
「あはは……」
天堂は苦笑いをしていたが、寄ってくるみんなは全員笑っていた。
「つぎは体育だ。渋堂は残念だな」
「あ、そうだね」
暇つぶしに寝るかな。
いや、それだと他人からの印象が悪くなるか。
じゃあ何をする? うーん、困ったな。
一応先生に確認でもしにいくか。
「先生」
「おお、渋堂か。お前はブレザーを脱いだら参加してもいいぞ。ただし、今週中にジャージを発注しておくように」
「ありがとうございます!」
いやぁ~、担任の先生なだけあって懐が広いな。
こうして、オレは体育に参加する。
だが本音を言うと、正直面倒くさい。魔法を使えば一瞬で片がつくだろうからな。
でも、それだと面白くない。
逆に他人に魔法を使ってみようかな。それだとやる気が出るかも。
一瞬そう思ったが、冷静になって考えると、ただオレが疲れるだけだな。
いや待てよ? よく考えたらひとりだけオレに対抗できるヤツがいるではないか。
「天堂真帆……」
「ん? どうかしたのか?」
「いや、なんでもない。ちょっとルールがね」
「野球知らねぇの?」
「……ごめん」
「しゃーねぇな」
たまたま隣に大河内くんがいて助かったぜ。
大河内くんは丁寧に野球のルールを教えてくれた。
「うん、だいたいわかった! 変化球にミート! 全部覚えたぞ!」
「バーカ、その前に大事な部分があるだろ」
「球を打てばいいんだよな」
「そうだ。守備のときは……」
「球を取る! あ、キャッチする!」
「そうそう! 流石は渋堂だな!」
「でもすごいよなぁ。野球って」
「……なんでだ?」
「あんな量の金属をコーティングするだなんて……!」
「ああ、そういやお前、機械とかに疎いんだったか」
「ああ」
「昼休みに車の話しような。それじゃ、行ってくる……!」
「頑張れよ! 大河内くん!」
「おう!」
いやー、大河内くんはいいヤツだな。
投げるのは天堂か。あの気迫は本気だな。
「ふっ!」
天堂はボールを投げる。
大河内くんはうまくミートした。
「よし! いいぞ!」
こうして、大河内くんが一塁に出る。
オレは4番だ。いい感じに打ってやる!!
そうしてる間に、2番と3番の生徒はアウト。
ツーアウトってヤツか。面白い。
オレは打席に立つ。
たしか、打ったらバットを置くんだっけか。
ストライクゾーンはだいたいわかってる。
「来い! 真帆!!」
「ふっ……!」
オレは体感時間を【加速】させる。これで打てないわけがない!
バレることも――
「ないっ!!」
カキーンといい音がしたが、角度が悪くファールに終わった。
イカサマしてるんじゃないだろうな? オレが言えた義理じゃないが。
「ふっ!!」
今度は直球……ストレートか。
「【減速】!」
球が少し遅くなる。
「もらった!!」
が、突然ガクンと球が急降下する。
「フォークか!?」
……なんて技術だ。
いや待てよ? 天堂も魔法を使ったんじゃないか?
うーん、わからん。
というか、仮に天堂が魔法を使っていたとしても、一般人には変化球としか思われない。
逆に、オレが魔法を使えば簡単にバレてしまう。
この試合、オレが不利だな。
仮に初っ端から【減速】を使っても、スローボールとしか思われない。
そのあとに加速したら流石に不自然だ。
だが天堂は、【過重力】で強制的にフォークボールにできる。
まさかオレが敗北するのか? あの天堂に?
いや、それは駄目だ。そんなこと、あってはならない!
「こうなったら……」
【減速】させてやる!
アレを【減速】させれば、オレの勝ちだ!
そうこうしているうちに、天堂が投げる。
「いまだ!!」
【減速】!!
「うおおおお!!」
プラス、【加速】!
カキーンといい音がする。
オレは天堂の神経の伝達速度を【減速】させ、わざと遅めに【過重力】を誘う。
フォークボールにしてもらえば、バットの芯に当たるように振ったからな!!
そうして打ったボールは、フェンスを越える。
「うおおおお! ホームラン!!」
「すげぇ!!」
「あのフォークを打った!?」
外野から大歓声が上がる。
そりゃそうだ。オレだってそのくらい頑張ったわけだし、もっと称えてほしいね。
「ふぅ……」
これでオレの1勝だな、天堂。
ホームランを打ったことにより、一塁の大河内くんとオレで、2点入る。
そのあとの5人目はアウトになったが、オレが勝ったことに変わりはない。
こっちのピッチャーは野球部らしいし、大丈夫だろう。
その後、オレが打席に立つことはなかった。
◇◇◇
「にしても、よく打てたな」
「身体なら向こうだと、結構使うからね」
実技の授業で実戦形式の授業があるからな。
「向こう?」
「あー、故郷のこと」
「へー! 今度聞かせてくれよ」
「い、いつかね」
天堂に聞かれたら怒られそうだな。アイツこっちだと真面目キャラっぽいし。
ん? ……ってことは、どっちか片方でキャラ作ってんのアイツ?
ま、オレには関係ないがな。
「つぎはなんの授業だっけ?」
「現国」
「そっか」
なんだか文字を読むだけになりそうだ。
苦手なんだよなぁ、そういうの。
「そろそろ行こうぜ」
「あ、わかった」
大河内くんと一緒に教室へ向かう。
「国語は苦手なんだよなぁ」
「おっ、渋堂にも苦手な科目あるんだ」
「ああ。文字が多いから」
「そこかよ……」
教室に入ると、天堂が席に着いていたので、オレも隣に着席する。
「さっきの野球、ズルしたでしょ?」
「お前が言うな」
「あれはフォークボールだから……」
「いや曲がりすぎだろ。なんにせよ、オレの1勝だな!」
「……そうだね」
「それにしても、いい試合だったな」
「そうだね。ところで、どうしてわたしと競ってるの?」
何を言ってるんだコイツは? オレは当然のように天堂に言い返す。
「ライバルだからに決まってるだろ? 向こうでは雑魚だったから言わなかったけど、天……魔帆がライバルだったら楽しいだろうなって、ずっと思っててな。能力は強いし」
「そっか」
「おう。あと、国語の教科書見せてくれ」
「また暗記?」
「……いや、それは流石に無理だろ」
「ふふっ……。そうだね」
こうして、3時間目の国語の授業が始まる。
と言っても、みんな文字を読むだけだ。
これといって面白い要素はない。
「では渋堂君、ここの作者の心情を答えなさい」
「えっ? えーと、どこでしたっけ?」
「……もう結構。では、天堂さん」
「はい。作者さんはおそらく――――」
「はい、正解。作者はこの部分を……」
すげぇ。よくわかったな。オレはよく分からなくて誤魔化したっていうのに。
オレは天堂に耳打ちする。
「お前、すごいな」
そう言うと、天堂はさりげなくピースサインを作り、こちらに向ける。
「これで1勝1敗」
「ま、国語くらいは譲ってやるよ」
「負け惜しみ?」
「まぁな……」
くそっ! 天堂に負けた。
「それでは、授業を終わります」
「「「ありがとうございました!」」」
再びクラスメイト全員が声を揃えて礼を言う。
◇◇◇
「くそっ!」
「なに苛立ってんだ?」
「あっ、大河内くん。さっき真帆に負けたのがくやしくてな」
「仕方ねぇよ。天堂さんはエリートだから」
「エリート……? ドジなのに?」
天堂にわき腹を指でつつかれる。
「何をする!」
「別に」
「……で、なんだっけ? エリートとか聞こえたけど」
「あ、ああ。成績は学年トップ! 帰宅部だが運動神経もいい!」
「へー。魚を別の容器に移すくらいしかできないのにか!」
「は?」
天堂にわき腹を蹴られる。
「ごふっ! 何なんださっきから!」
「別に」
「お前ら付き合ってんの?」
「いや! オレたちはライバルだ! な?」
「うん」
「ほら!」
「ま、いいや。仲良くやれよ?」
「ああ! ありがとう、大河内くん!」
「それより、つぎは情報だよ」
「情報?」
「キミの好きな機械をいじるの」
「うおおおおおおおおお! すげええええええ!」
「うるさい」
「ん? 教科書に載ってるタブレットってなんのことだ? もしかして機械か?」
「そうだって言ってるでしょ」
「へぇー! 弟に、いい土産話ができたな」
「ちょっと黙って」
「はい、すみません……」
こええ。
めっちゃ睨んでくる。
「近年はタブレットになったけど、前はパソコン室でやってたらしいの」
「ふーん」
「わかってないでしょ?」
「まぁな」
「はぁ……」
なんか、はしゃいだらどっと疲れたな。
「疲れたから寝るわ。悪いけど、終わったら起こしてくれ」
「えっ!?」
こうして、オレは授業をサボった。
◇◇◇
「んあ!?」
起きると夕陽が教室を照らしていた。
天堂のヤツ、起こしてくれって言ったのに!
「天堂め……!」
「なに?」
「えっ?」
隣を見ると、天堂がいた。
鞄を机の上に置き、椅子を窓の方向へ向けていた。
もしかして、ずっとオレの寝顔を見てたのか?
「いや起こせよな!」
「そんなことより、いまって何時だと思う?」
「えーと……」
「ほら、行くよ」
「あっ! ちょっと待てって!」
スタスタと歩く天堂の後を追うように歩くオレ。
「いまは16時」
「32時か。あと8時間で授業だな」
「うん。だいたいわかってきたね」
「まぁな」
下校するオレと天堂。
その途中で、物……心……菜屋に天堂が寄っていく。
「おい天堂、何を……」
「おばさん、コロッケ2つ」
「はいよ。真帆ちゃん、その子は彼氏かい?」
「えーと……」
「オレたちはライバルです! 物……心……菜屋のおばさん、いつもお疲れさまです!」
「ちょっと変わってるけど、良い子だねぇ」
「惣菜って読むの」
「なるほどな。で、なんだこれ?」
「あ、そっか。向こうだと揚げ物ないんだった」
「あげ物? 縁起が良さそうだな!」
「あっはっは! 揚げ物ってのは、油で揚げるんだよ」
「揚げる? すごい技術ですね!」
「だろう? 機械を作ってくれた人に感謝だねぇ」
「はい!」
「馬鹿がうつるから知らない人のふりしよ……」
「それは酷くないか!?」
「仲良いねぇ」
「……それより、はい。法魔くんの分」
「熱いから気をつけるんだよ」
「は、はい」
ちょっと熱すぎないか? 天堂は紙に包まれてるとはいえよく持てるな。
オレはコロッケとやらを振る。
「何してんの?」
「冷ましてる」
「ふーふーしなよ」
「ふーふー? 夫婦のことか?」
「馬鹿なの? 息で冷ますの」
「なるほど! ふー! ふー!」
「きったな……」
「言われたとおりにやってるだろうが!」
「違う。こうやって、ふ~……」
「なるほど! 感謝する」
「うん。てか、はやく食べれば?」
「ああ」
「あ、『いただきます』って言って」
「は?」
「いいから」
「あ、ああ。いただきます」
パクッと一口噛むと、何かの汁が噛んだ瞬間に口の中に広がる。
そして、ホクホクとしたものがまた美味い。
「美味いな!」
「そう? 口に合ってよかった」
「なんか、天堂と一緒だと、なんでも美味く感じるな」
「あっそ」
天堂はそっぽを向くが、オレにはわかる。
きっと照れているのだろう。
「だんだんわかってきたぞ! あんぐっ……美味い!」
「いやわかったから……」
「このまま家に帰るのか?」
「うん。ごちそうさまでした」
「なんの呪文だ?」
「食に感謝するときの、おまじないみたいなもの?」
「そうか。じゃあオレも、ごちそうさまでした。美味い!」
「あっそ。あと、『ごちそうさま』は食べ終わってから言うんだけど」
「……それを先に言え!」
このあと天堂の家に帰り、反省会が始まる。
「今日一日、どうだった?」
「楽しかった。あ、スマホに大河内くんの連絡先登録してねぇ」
「そう。それじゃあ、明日も登校する?」
「ああ。天堂が許すならな!」
「そっか。じゃあ、準備するからちょっと待ってて」
「ああ」
なるほどな。
天堂は毎日こんなに楽しそうに生きてるのか。
昼は異界、夜は魔導世界、か。
「羨ましいな……」
オレは昼、何もしてないから。だからこそ、今日が楽しかったんだろう。
だけど、今日からオレもその仲間入りってことになるな。
「うおおおおおおおお!!!」
「うるさい」
「おっ、準備できたか?」
「うん」
「そういやお前、魔導世界だとキャラ作ってんのか? ま、オレはどうでもいいけど」
「ふーん……」
「じゃ、行くか! 魔導世界に!」
「……なんか仕切ってるけど、わたしがいないと行き来できないからね?」
「わかってるって!」
こうして、再び魔導世界へと向かうオレたち。
つぎは異界でどんな体験ができるのか、魔導世界に向かうのに、今いる世界のことを考えてしまうオレだった。




