プロローグ
まだ物心つかない頃に男を作って出ていった母親は消息不明、父親は私が高校生の頃に事故で他界。頼れる親戚ゼロ、貯金ゼロ、友人ゼロ、おまけに職場はパワハラの巣窟。
「もーほんとやだ…やってらんないわこんな世界!」
「そんなにですか?」
「あーーいっそのこと流行りの異世界転生でもさせてくれればいいのに…」
「…その願い、叶えてさしあげますよ」
「え?どういうこと…」
ある金曜日の夜に一人居酒屋を堪能中、酔った勢いでたまたま隣の席に座っていただけのサラリーマンにこんなことを口走ってしまったのも束の間、私は眠りに落ちた。
「…!…さま!そろそろ目覚めのお時間ですよ」
何者かの声で目を開くと、そこには見知らぬ景色が広がっていた。見渡す限りどこもかしこも純白で、まるで天国のような……。
「天国!?!?私死んじゃったの!?!」
「落ち着いてください…ここは天国ではありません」
「あぁ…てっきり急性アルコール中毒でも起こしたのかと…。てか、あなたさっきの…。じゃあここはどこなの?」
顔は確かに隣に座っていたサラリーマンだった…はずだが、髪の毛も目の色も真っ白に、着ていたはずのスーツもなんとも言えない神々しい格好に変わっていた。
「ここは…」
ごくりと唾を呑んで聞き入る。
「天界でーす!!」
「やっぱり天国じゃないの!!!」
「だから違うんです!天国はこの先進んだところにあって、ここはまだ天国じゃないんですって!」
そう言って指をさしてみせるが、一面が白に包まれたこの場所では意味を成していない。
「…よく分からないけど、あなたは一体何者なの?」
「私はあなたの世界を司る神の使者、地球ではよく天使と呼ばれますね」
「はぁ…」
「うーん…あまり納得されてませんね」
「そりゃそうでしょ。胡散臭いもの」
「うさんくさ…!? 元はと言えばあなたが私に願い事をしてきたのが原因ですよ!?」
「は!?願い事?そんなものした覚え……」
私の言葉はすぐに遮られる。
「よく思い出してください!"異世界転生"したいと仰ってましたよ!」
「あれが願い事だって言うの!?そもそも私が異世界転生したいこととあなたが天使なことの何が関係あるのよ!」
「まだ気付きませんか?あなたが今まで読んできた数々の異世界転生系小説を思い出してください」
薄々ではあったものの、最初から頭の中にあった考えが、段々と現実味を帯びてくる。
「…え、まさか私が異世界転生するってこと…?」
「その"まさか"ですよ」
彼は天使には似合わない顔でニヤッと笑った。
目が合うと、つい顔が緩んでしまいそうになる。
「え、えー…急すぎない…?もう少し猶予くらい持たせてよ。最後に上司を殴っときたかったのに」
「…転生する気は満々なんですね」
「ええ!あんな世界、こっちから願い下げよ!」
「そうなるのも理解できます。あなたの魂は元々こちらの世界のものではなかったのですから…」
「…どういうこと?」
彼の発言を問いただそうとした瞬間、強風が吹き、大勢の小鳥が2人を取り囲む。
「ねぇ!これは何!?」
「あなたが転生する世界からのお迎えです」
「まだ話が終わってないのに…!」
「大丈夫、必ずまた巡り会えます。私もあなたの世界へ着いて行きます。私とあなたは………から…」
何と言ったのか聞き返したかったが、彼の手が目に被さり、また眠りに落ちてしまった。