ソラウ ①
ケイネスがロンドン魔術協会のアカデミーに登院するようになってから数か月が経過した。これまで彼が通い続けた初等部から高等部までの魔術学校は協会の下部組織であり、その目的はあくまで魔術師の卵たちへの基本的な教育と、アカデミーへの入会資格をもつ者を選別することであった。それに対して、アカデミーは魔術協会の中心そのものであり、そこでの実績は魔術師としての評価と未来に直結しているのであった。
アカデミーへの入会を許可され登院する者はまず全体基礎科で5年ほどの基礎教育が施され、その後に12分野にわたる学部へと配属される。将来的にどの学部に所属するかは希望を提出することができるが、その受け入れの可否はあくまで各々の学部側が決定するのであり、全体基礎科の過程で不十分な実績しか残せない場合は要望通りの学部に進む道は断たれる。逆に、この過程で目立った業績を修めた場合は、学部側からその者へ配属の招待が届く場合もある。その招待は穏便なものだけでなく半ば脅迫めいたものまで様々だが、各学部とも優秀な人材を確保するために熾烈な争いを繰り広げている。もっとも、アーチボルト家は鉱石科のロードとして代々君臨しており、ケイネスも家督を継げばいずれその地位を譲り受けることになる。彼の進路は生まれた時からすでに決定していたようなものだった。
「やあ、ケイネスじゃないか。」
講義の合間の休息をとるため時計塔に隣接する庭園に置かれた木製のベンチに座っていたところ、後ろから聞きなれた声で呼び止められた。すこし気だるそうにケイネスは後ろを振り返ると、そこには彼と同じぐらいの年であろう青年が立っていた。ブラウンの髪を肩ぐらいまでなびかせ、青い瞳をもつ端正な顔立ちに不敵な笑みを浮かべた表情が印象的な男であった。
「エルンスト、やはり君か。」
エルンスト=メルアステア=ドリューク。名門メルアステア家の次男として生を受け、ケイネスとは中等部時代から同じ魔術学校に通う同級生であり、互いをよく知る仲であった。同世代の中では飛び抜けた能力をもち、それと比例するように愚図な者には高慢な態度を露骨にしてしまうケイネスは、周囲の人々から不必要な嫉妬を買うことも多かった。そんな中、エルンストは彼にとって数少ない気心の知れた友人であった。もっとも、ケイネスにとっては親友というよりは悪友という表現のほうが正しいと認識していたようだが。
ケイネスは素気ない態度で彼の呼びかけに返事したが、エルンストは彼のやや冷淡ともいえる応答をまるで意に介していないようであった。このような彼独特の鈍感さというか、マイペースを突き崩さない態度がケイネスの一癖も二癖もある性格と衝突しない要因だろう。
「ケイネス、面白いゲームに君を誘ってやろう。」
それを聞いて、ケイネスは思い切り大きなため息を吐き出した。彼は経験からよく知っていた。エルンストが『面白い』とか『興味深い』などの言葉を使用するとき、その大半はろくでもないことなのだ。
「・・・一応、聞いておこうか。」
少し間を空けてからそのように答えた。彼は経験からよく知っていた。エルンストはこのような時、自分の返答の内容とは関係なく説明を始めるのだ。
「なに、ちょっとしたクイズ大会だ。お題はずばり、ソラウ譲が今年のうちに何人から求婚されるかというものだ。」