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兄弟 ⑤

 どうやらヨハンの兄は過去に例がないほど思い切った計画を目論んでいるようであった。そもそも、水属性と風属性の魔術操作を同時に実現する時点で普通という領域をとうに超えているのだ。魔術は大きく分けて火、水、風、土の四大属性に分類され、各々の魔術師はその属性のいずれか一つと親和性が高い。例えばヨハンは水属性との親和性が高く、さらにその中でも体液操作による治癒魔術に優れた能力を発揮する。しかし、ケイネスはその一般の範疇から逸脱し、水と風の二属性ともに高い親和性をもつ稀有な存在であり、それが彼に若くして希代の魔術師としての賛辞を与える要因の一つであった。


「自律行動なんて並外れた発想だね。それって礼装に魂を宿すのとは違うの?」


ヨハンが尋ねると、ケイネスは少し首を横に振り、


「それではただの使い魔の召喚と変わらず趣向に欠けてしまう。魂が宿らず、しかし自律的に動く礼装というのが今回の最も価値ある点だ。」


そのように語る彼の口調は、自身の立案した大胆な計画が順調に進んで当然といったような整然としたものであった。

そんな兄の様子へ敬服の眼差しを向けたが、ふいにヨハンは部屋の壁に掛けられた時計に目をやり、


「あ、そろそろ出掛けなくちゃ。それじゃ、兄さん、その礼装の完成を楽しみに待っているね。」


と言って急いで部屋を後にしたのであった。



 先ほどまだ賑やかであったケイネスの部屋は、弟の退出により一転して静寂に包まれた。弟はそこに居るだけで周囲の空気を明るくするのだが、その対象は学者肌で辛気臭い雰囲気をまとう兄も例外ではなかった。もっとも、それは彼にとって不安の源泉にもなっているわけだが。


「さてと、それでは仕上げに入るとしよう。」


 弟が部屋を去るのを見届けた後、ケイネスは机のほうに体を向け、先ほどまでの作業の続きを行うことにした。木製の重厚感のある机の上には一つの陶器製の小瓶が置かれ、コルクで封をされていた。その栓を抜いて瓶を下のほうへ向けると銀色の光沢を放つ液体が注ぎだされ、床の上に丸い形状を保ったまま広がっていた。ケイネスは床のほうへしゃがんで指先で水銀に触れ魔力を注ぐと、それは彼の指の周りで渦を作るように回転し、指を瓶の注ぎ口へ付けるとその中へ戻っていった。そして、彼は再びその小瓶をコルクで蓋をしたのだった。


「ふむ、ここまでは完璧な出来ばえだ。」


ケイネスは納得するように独り言をつぶやいた。この水銀は彼が施した概念化された魔術装置により自在に形態を変化させることができた。さらに数十キロという莫大な重量があるにもかかわらず、それを小さな体積へ収め、しかも軽々と扱うことができるのだ。

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