兄弟 ④
「兄さんって趣味にはとことんこだわるよね。」
小さなため息交じりでヨハンは独り言のようにつぶやいた。彼が周りを見渡すと、部屋の中には大小さまざまな魔道具が所狭しと安置されていた。それらはケイネスが幼少時から造り上げてきた作品たちであり、彼の魔術の成長を雄弁に物語る足跡でもあった。
ヨハンは手近にあった細長い木の棒を手に取り、そこへそっと自分の魔力を注ぎはじめた。それは魔術文字が表面に施された木の棒であったが、その先端にある球状の部分が徐々に赤く光りはじめ、やがて小さな炎を灯した。その炎にふっと息を吹きかけ消すと、その先にはヨハンのほうへ正面を向いて鎮座する兄の姿が見えた。
「礼装を甘く見てはいけないよ、ヨハン。」
ケイネスは幾分か諭すような口調を含めながら弟へ語り始めた。
「礼装は魔術師の力を増幅する重要な道具だ。優れた礼装を装備することで魔術師のもつ能力を最大限に
引き出したり、逆に不得意な能力を補完することもできる。それに・・・」
「今回はどんな礼装を作っているの?」
兄の話に被せるようにヨハンは尋ねた。二人の間に短い沈黙が訪れる。ケイネスは自分の講義が意図的に遮られたことを認識はしたが、あまり気にしないことにした。このようなやり取りは昔から何度も繰り返されてきたのだ。
「ふむ、今回は水銀を素材にして面白いものが作れないか試行錯誤しているところだ。」
そのようにケイネスは答えると、
「それはまた、今回はずいぶんと扱いづらい素材を選んだんだね。」
と弟からは明確な驚きを含んだような反応が返ってきた。
ヨハンの指摘通り、水銀は魔術師にとって厄介な物質の一つであった。水銀は常温では液体であり固定した形態を持たないため、それを礼装という形をもつ装具品として具現化するためには魔力を注いでその物体の形状を制御せねばならない。その一方で、水銀は鉄の二倍ほどもある高い密度をもつ物質であり、その流体を意図した形に作り上げるに大きな重量を動かす必要があり、必然的に多量の魔力が要求されるのであった。つまるところ、礼装として使用するにはコストパフォーマンスが悪いのだ。水銀と魔術師の関わりは古代から連綿と続く長い歴史をもつが、錬金術の分野では使用されても、礼装として大成した事例は現在まで存在していない。もっとも、その事実はケイネスにとっては挑戦心をくすぐる原動力となっているわけだが。
「兄さんのことだから、今回もなにか面白い工夫を閃いたんでしょ?」
普段は兄の礼装に対する熱っぽい話を横へ受け流すヨハンであったが、さすがに今回の兄の野心的な取り組みには多少の興味がわいたようだった。
「水銀の形態を流体操作で自在に操るという点は過去の研究と大差ない。水銀の取り扱いで障害になるの
はその重量だが、これを風魔法の重量操作と組み合わせることで克服するつもりだ。」
ケイネスの説明には次第に熱気がこもり始めた。
「水系統と風系統に精通した兄さんならではの発想だね。」
ヨハンがそのように相槌を打つと、ケイネスは少しの沈黙を置いた後、続きを話し始めた。
「しかし、その発想は過去に行われた試みの二番煎じでしかない。それでは面白くないだろう。なので、
今回はこの水銀の礼装に自律機能を担わせるのが一番の目標だ。」
兄が淡々と述べた大胆不敵な取り組みを耳にし、ヨハンは呆気にとられた表情を見せたのであった。