兄弟 ③
弟は昼下がりの陽光のような柔らかな温かみと明るさを周囲にふりまく朗らかな人物であった。これは天性の才能といってもよく、ケイネスには決して持ち合わせることない素質であった。このような人を惹きつける弟の魅力を可愛らしく感じ取る一方、それはケイネスに確信のない不安を抱かせるのであった。
「父は本当に刻印継承者として自分を選んでくれるのだろうか。」
心の中で小さく呟いた後、その胸騒ぎは次第に大きな渦を作り出し、彼の心を飲み込み始めた。
弟が愚鈍であったならば、ケイネスはこのような息苦しさを感じることはなかったであろう。しかし、1歳年下のヨハンは魔術師としても自分に比肩するほどの実力を着実に伸ばしており、あと5年も経過して二人が成人したとき、果たしてどちらがより優秀な人材として熟しているだろうか。今は年長である自分のほうが教育と訓練を受けてきた時間が長いため、弟が自分を追い抜くことは許していない。しかし、大人に近づけば近づくほど1年の歳月の差など微々たるものとなり、彼が自分を凌駕する可能性も当然あるのだ。
そして、なによりもケイネスを不安の坩堝へと至らしめる原因は、父が自分よりも弟のヨハンを可愛がる姿であった。父は自分にも決して優しさを見せないわけではないが、その厳格な立ち振る舞いは彼に幾ばくかの距離を感じさせていた。それとは対照的に、ヨハンに対してはケイネスに決して示すことのない甘さを垣間見せる場面がある。その光景が脳裏によぎるたび、彼は父に対する自分勝手ともいえる不信感を拭えないのであった。魔術師の世界の慣例では、余程の実力差が生じない限りは長子が魔術刻印を継承するの一般的である。しかし、慣習には常に例外が存在するものであり、優れた長子をもちながら様々な理由で別の兄弟へと継承が行われた事例は歴史を鑑みると、いくらでも枚挙できるのだ。
「・・・さん、兄さん、聞こえてる?」
そんな思索にふけっていたケイネスは、はっと我に返った。まるで、仄暗い心の深淵へ向けて進んでいくさなか、空からまばゆい光が降り注ぐと同時に自分が引っ張り上げられるような感覚であった。
「ああ、すまない、ヨハン。すこし考え事をしていた。」
意識を現実世界に取り戻したケイネスは、目の前にいる弟へ素直に謝罪した。もっとも、自分が先ほどまで何を考えていたのかは決して口外できないが。
「それで、なんの話だったか。」
ケイネスは改めて弟にそう問いただすと、ヨハンはほんの少しだけ小さなため息をついた後、部屋の一角を指さした。その先には木製の古びた机があり、その上にはガラス製の試験管やアルコールランプなどの器具が置かれ、その隣には薬品の入った多くの小瓶が整然と並んでいた。
「今度はなにを作っているの?」
ヨハンは興味深々といった仕草で兄に尋ねた。
「なに、今回は水銀をベースにしてなにか面白い礼装が作れないかと試しているところだ」
彼は弟からの質問に端的に答えたのだった。