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水銀の友 ⑪

ケイネスの顔は明白に不愉快を表明していたが、それを意にも介さない物腰で、ヴォルは平然と言葉を続けた。


「ケイネスはんと意思疎通が取れる神経回路を探し当てるまで、ワイは脳内の様々な部分を1年がかりで探索したんや。だから、その過程でケイネスはんの記憶の神経回路にも接続する機会も多くあったんです。殊更に覗き見するつもりはなかったんやけど、結果的にケイネスはんの人となりを知ることになりましたわ。」


この水銀の魔道具の倫理観はどうなっているのだろうか。少なくとも、人とは異なる規範で動いているのかもしれない。そう思えるほど、ヴォルはさも当然かのように彼の不興を買う事実を嬉々として述べるのだった。


唖然として思考停止に陥ったケイネスを尻目に、ヴォルは滑らかな球体の一部から長い突起を1本作り出し、それを人間の右手のような形状へ変形した。そして、ケイネスにとっては理不尽としか思えない行動の数々を差し置いて、泰然とした様子で言葉を連ねる。


「さ、ケイネスはん。友情の握手をしましょ。これからもよろしゅうお願いします。」


差し出された手を握るべきか、ケイネスは判断に迷った。自分の身体を人質同然に取られた挙句、記憶まで土足で踏み込んで探られた相手に対して、敵意を向けない理由はない。しかし、それに対抗する手段を持たぬ以上、今は雌伏して反撃の機会をうかがうしかない。この忌々しい傍若無人な魔道具を消し去り、身体と精神の自由を奪還するまでは。


「よろしく、・・・ヴォル。」


精一杯の平静を装って、ケイネスは自身の右手を水銀が作り出す右手へと差し出した。その手に触れると、液体金属とは思えない、まるで生物のような柔らかい硬度と温度が伝わり、その魔道具が操る緻密な形成技術には予想外に驚かされた。


「ところでケイネスはん、ソラウさんにはもっと素直になった方がいいでっせ。」


その時、ヴォルは意外な人物の名前を口にした。なぜ、この水銀の魔道具は唐突にソラウの話を持ち出したのか。冷静さを取り戻しつつあったケイネスの心は、再び猜疑の炎で燃え上がり始めた。


「君はなぜ、ここでソラウの名前を口にするのかね?」


抑揚を抑えて言ったつもりであったが、他者が見れば図星を突かれて戸惑う彼の声の震えに気付いただろう。


「いや、ケイネスはんのソラウはんに対する態度を見ていると、なんちゅうか、もどかしくてイカンのですわ。もっと、こう、秘めた恋心を素直に表現すればええのになって。」


「なっ・・・!」


ケイネスは思わず顔面を紅潮させた。この魔道具はなんと不躾なのだろうか。人の心の繊細な領域まで無遠慮に踏み込んでくる。


「き、き、君はなにを言っているのかね!」


思わず狼狽えた大声を出してしまったことは、ケイネスにとって痛恨の思いであった。それを聞いたヴォルのほうは怯むどころか、間違いなくこの状況を楽しんでいる。なんと神経の図太い奴だ、とケイネスは呆れるしかない。


「ワイはケイネスはんのこと、全部知ってまっせ。言わば、なんでも語り合える大親友みたいなものや。今後ともよろしゅう。」


そう言って、ヴォルはケイネスの手をその水銀の体でしっかりと握った。


「いつか、必ず、絶対に、この邪悪な魔道具を完膚なきまでに滅ぼしてやる。」


水銀の手を握り返す手に力を込めながら、ケイネスは自分の心に新たな誓いを立てた。表面上は笑顔で、しかしその内心は復讐の炎を燃え滾らせながら。この主人と魔道具の奇妙な友人関係は、こうして始まったのである。


水銀の友編は終了です。

次回は魔術戦大会編を掲載予定です。

構想と著述のため、しばらくお休みをいただきます(10月頃に再開かも?)

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