水銀の友 ⑧
粛然とした静けさが部屋を支配する。芝居がかったように大袈裟な言い訳を並べた後、水銀は黙念として言葉の続きを止めてしまった。一方のケイネスは、体中に張り巡らされた水銀を取り除く方法を模索していたが、決定的な閃きは一向に訪れる気配はなかった。二者の思惑はお互いに手詰まりとなり、沈黙の天使が不器用に両者の間を往来するようであった。そんな膠着状態を先に破ったのは水銀のほうであった。
「なあ、ケイネスはん。ワイは別にケイネスはんを苦しめたいとは思うとらんのです。むしろ、仲良しこよしで協力したいんですわ。ワイはケイネスはんが造った礼装やさかい、その能力も当然ながら一級品や。絶対に役に立ってみせまっせ。」
今度は恭しい口調で、ゆっくりと噛み締めるように告げた。短い逡巡の後、ケイネスはこれ以上の抵抗は無意味であることを悟った。体内に潜伏した水銀は、不愉快きわまるが易々と引き剥がせる代物ではなさそうだった。ならば、ここは不本意ながら面従腹背の意を示し、隙を見て滅殺する機会をうかがうしかない。今は雌伏の時と割り切るしかない、と結論づけたのだった。
「役に立つというならば、存分な働きを見せてもらおう。貴様への処遇は、今しばらくは不問とする。」
あくまで魔道具の主人としての矜持は示しつつ、表面上は恭順の態度を表明した。もちろん、心中に鬱積した密かな殺意は一粒も漏れ出さないように包み隠した。
「そうですか!そう言っていただけるとワイも嬉しいですわ。ちなみに、ワイのことはヴォルって呼んでくださいな!」
大輪の花を咲かせたように嬉しそうな口調であった。水銀の魔道具に宿った自己意識は、どうやら自分自身の名付けまで既に完了しているようだった。
「ヴォールメン=ハイドラグラムなんて名前は、可愛げがなくてアカンですわ。ヴォルちゃんってほうが親しみがあっていいでっしゃろ?」
そんな生意気な言葉まで付け加えてくる。月霊髄液(ヴォールメン=ハイドラグラム)はケイネスがこの水銀の礼装が完成した際に付けた名前であり、彼自身は最高に粋な名前を考えついたものと合点していたのだが。
「・・・、それで、貴様はどのように私に貢献するつもりだ?」
ヴォルと名乗った水銀の礼装の提案など黙殺するように、ケイネスは尋ねた。
「ケイネスはん、ワイの名前はヴォルちゃんでっせ。」
念押しするようにやや強い口調で水銀は言った。しかしケイネスは、そんな言葉を一笑に付すようにして、聞き入れる姿勢は見せない。たかが魔道具の一つにそこまで妥協してやるつもりはない、そんな彼の信念が露骨に表情に現れていた。二者の間に再び短い沈黙が訪れたが、しばらくしてケイネスの胸に再び絞り上げられるような感触が蘇った。それは数秒の後に消失したが、彼を脅かすには十分な効果があった。
「ヴ・ォ・ル・ち・ゃ・ん。」
笑顔で和やかに脅迫してくるような口調で、水銀の魔道具は再び告げるのであった。




