水銀の友 ⑦
「そう、これがワイのかけた保険ですわ。」
残酷と愉悦がまだらに入り混じったような声で水銀は答えた。
ケイネスはようやく自分の置かれた状況を理解できる場所まで到達した。この水銀の魔道具は、自身の体の一部を秘密裏に、彼の心臓へ纏わりつかせるように忍び込ませていた。そして、必要な時には思いのままにそれを絞り上げることができる。それは、相手の生命を人質にして自分に従属させようという、悪辣としか形容できない行為だとケイネスは思った。
「姑息な手段を使いおって。許されると思うな!」
ケイネスは心の中で呟いたが、それを口にする前に既に行動を開始していた。心臓に巣食う悪魔のような水銀を取り除くため、速やかに自身の胸に魔力を集中させ始めたのだ。苛烈な魔力を水銀に浴びせかけることで、心臓から無理矢理にでも引き剝がそうとした。この施術は一歩間違えれば自身の心臓も傷つける結果を生みかねないが、その繊細な作業を自分ならば実行可能だと確信していた。
胸の内に膨大な魔力が一瞬のうちに蓄積し、それを心臓にへばりつく水銀へ打ち付けようとした時だった。目の前が唐突に暗闇に包まれ、意識を失って全身の力を失った。数秒の後にケイネスは目を覚まし、自分の視線が床と同じ高さになっていることに気が付いた。なにが起きたのか不透明なまま、体を起こして水銀の小瓶を再び睨みつけた。
「そんな怖い目で見ないでくださいな。べつにワイは、ケイネスはんの体に潜ませたのは心臓だけだなんて言ってまへんがな。」
それを聞いて、ケイネスは不吉な悪寒を感じた。水銀が次に放つであろう言葉が、自分の想像以上の事実を突き付けるだろうと予期したからだ。
「そう、お察しの通りや。ワイの体は今、ケイネスはんの体のあらゆる場所に居座っとるんや。もちろん、頭の中にもな。」
予想していたとはいえ、それを断言されると、さすがのケイネスも戦慄を禁じえない。先ほどの意識が消失した発作も、脳へ入り込んだ水銀の悪事なのだろう。もはや、体内の隅々まで分布した水銀を除去することは容易でないと認めざるを得ない。
「もう一度言いますけど、仕方がなかったんや。ケイネスはんは飛び切り優秀な魔術師や。ワイみたいなものを見つけたら、冷徹無比に消去にかかることは知ってましたわ。だけど、易々と抹消されるのはワイも癪やと思ったし、こんな手荒な対抗措置をとるしかなかったんですわ。」
今度は如何にも申し訳ないと言いたげな大仰な口調で、水銀は申し開きの言葉を連ねるのだった。




