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水銀の友 ⑤

短い沈黙の後、水銀の魔道具は再び語り始めた。


「そう、はじめは取るに足らない誤差だったんや。だけど、その時にワイの自意識の種は生み出された。そして、時間をかけてゆっくりと回路図を組み替えていったんや。勿論、ケイネスはんには露見しないように用心深くな。」


それを聞いたケイネスは水銀の入った小瓶を慌てた様子で手で掴み、そこへ刻み込まれた魔術の回路図を確認するように眺めた。


「なんだ・・・、これは・・・。」


思わず声が漏れた。自律機能を司る部分、そこには彼の身覚えのない回路が延々と広がっていた。しかし、なんと奇妙で複雑な回路であろうか。ケイネスの魔術に対する豊富な知識を総動員しても、目の前に屹立する回路は未知数であり、ある種の禍々しささえ感じさせるのだった。


「驚かせてすみませんな。でも、ここまでの回路を構築するのは一苦労でしたで。よければ労いの言葉の一つでも掛けてくださいな。」


ケイネスは茫然自失となり、水銀からの言葉は入ってこなかった。動揺から未だ立ち直らないまま、彼は眼前に存在する正体不明の回路の分析を始めた。網の目のように回路は複雑に入り乱れ、それは互いに絡みついた毛糸を想起させた。ケイネスが製作した回路の部分は理路整然としており、その姿はひどく対照的であった。


「この回路は分解して調べる必要があるな。」


入り組んだ回路は外側から観察するだけで実態を把握するのは困難であり、調査するためには回路を一本ずつ切り離して内部を見る必要がありそうだった。ケイネスは注ぎ込んだ魔力を概念的なナイフのような形態へ作り変え、それで回路の外側を切断しようとした。


「ケイネスはん、そんな乱暴にワイの繊細な部分に触らんといてください。ワイにも恥じらいってものがありますわ。」


気色の悪い声音を伴いながら、水銀は抗議の意を表明する。しかし、そんなことはお構いなしに、ケイネスは容赦なく回路の解体へと取り掛かる。


「勘弁してくださいな、ケイネスはん。自意識をもつ魔道具なんて珍しいもの、むざむざ壊すことあらへんがな。仲睦まじくやってきましょ?」


「うるさい!いくら貴様が希少な存在だとしても、設計図とは違う代物ができた時点で出来損ないだ。じっくり分解して究明してから作り直してやるから、覚悟しろ。」


水銀からの命乞いを強い語調で拒絶した。ケイネスは容認する余地を一切見せず、この奇怪きわまる回路図に魔力の刃を加えようとしていた。


「ケイネスはん、ワイはあんたさんのために言ってるんやで。仲良くしましょうや。」


言葉を継いだ水銀であったが、相手の決意は固い。ケイネスにもはや譲歩の余地はなさそうだった。

 彼が回路のひとつを切断しようとしていたその時だった。突然、全身の力が抜けたように体が床へと崩れ落ちた。激しい動悸とともに、胸に迫る強い圧迫感に襲われた。右手で胸の真ん中を握りしめるように押さえ、自分の体に起きた異変に悶え苦しんでいた。唐突な出来事に頭の中は混乱していた。


「だから言うたんですわ、ケイネスはん。仲良くやっていきましょって。」


錯綜する思考の中、水銀の呆れたような声がケイネスの頭の中で冷徹に反響するのだった。


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