宣誓の日
大好きだった祖父は、ケイネスが10歳のころに天寿を全うした。彼が聖杯戦争への憧憬を描くようになってから2年が経過していた。祖父はアーチボルト家6代目当主として華美ではないものの着実な成果を生み出し続け、自分の家系が誇示する魔術刻印の完成度を一層高めたうえで7代目当主となったケイネスの父へと継承させたのだった。それは、格式と伝統ある魔術師の家柄に生まれたものに求められた使命であり、彼はそれをそつなくこなして人生の幕を引いたのであった。
実績は比較的に地味であった祖父だが、その地に足の着いた経歴のなかで聖杯戦争への参加は特異的なものであった。魔術師協会の本部が存在するイギリスにとって、極東の地である日本の一地域で行われる聖杯戦争は強い興味を惹きつける出来事ではなかった。もっとも、この聖杯戦争から生み出される聖杯の潜在的な影響力は無視できないため、必要な対策は講じていたが。祖父は多くの魔術師達の衆目を集める実績を派手さはないものの確実に重ね続けてアーチボルト家の発展に寄与したわけだが、この聖杯戦争への参加、そして敗北というのはほかの並び立つ輝かしい実績の中で悪い意味で目立っていた。もっとも、この魔術戦争に勝利を収めていれば評価は多少は異なったのだろうが。
祖父の葬儀は慎ましく開かれたが、そこには多くの人々が参列した。棺に納められた祖父の体に白い百合の花をケイネスは差し出したとき、かれは祖父に向かって秘密の誓いを告げた。
「おじい様の果たせなかった夢は、僕が必ず果たしてみせます。」
それは、決して周囲の人々の耳には届くことのない、ケイネスと亡き祖父の間にだけで交わされた宣誓であった。
少年はかつて生前の祖父になぜ聖杯戦争に参加したのか問いを投げかけた場面があった。その時の祖父のばつの悪そうな苦笑いをした顔をケイネスはまだ鮮明に覚えていた。
「周りに望まれるように生きていくことに少し飽きたのさ。だから、なにか皆が反対するような風変りなことがしたかった。」
ケイネスは理解したようなできないような複雑そうな表情を顔に浮かべたが、それを見て祖父はにこりと笑顔を向け、少し時間を空けたのち、
「大人になれば、お前にもいずれわかる日がくるかもしれない。」
と穏やかに告げるのであった。
ケイネスには祖父の言葉の意味するところを完全に納得したわけではなかったが、少なくとも将来の聖杯戦争への参加意欲を表明することは控えるようになっていった。はじめの頃はケイネスの子供ながらの情熱を微笑ましい気持ちで眺めていた周囲の大人たちであったが、その意欲が衰えを見せない状態を見るにつれ、それを疎ましく思うようになっていった。
「聖杯戦争などではなく、お前にはもっとやるべきことがあるはずだ。」
アーチボルト家7代目当主である父に、とうとうそんな諫言を呈されるほどであった。
機知にすぐれたケイネスも次第に周囲の大人たちの対応が冷ややかなものへ変化していることを察知し、聖杯戦争について口に出すことはすぐになくなった。しかし、それは彼の熱意が冷めきったことを意味するのではなく、彼の胸中のなかだけに燃え上がる憧れの炎に変化しただけだった。そして、祖父の遺体を前にして口に出した言葉は、彼の中だけで行われた決意表明の儀式だったのだ。