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不服なパートナー ①

 ケイネスが時計塔に通いはじめて1年近くが過ぎ、季節は春が終わりを告げ緑輝く初夏を迎えようとしていた。高等学校の頃と変わらず彼は同年代たちを圧倒的に凌駕する実績を修め、幼少時から彼と常に寄り添ってきた『神童』という名に疑惑が入り込む隙は一片たりとも与えなかった。自身の家柄の代名詞ともいえる鉱石学は当然のこと、その他にも降霊術や召喚術、錬金術の面でも早くから非凡な才能の片鱗をまざまざと見せつけていた。

 特に降霊術に関してはケイネスは降霊科の君主であるユリフィス卿に師事するようになり、彼の教室に出入りしては直接指導を受ける機会を享受し、その実力を目を見張る速さで着実に身に着けていった。時計塔の基礎学科1年目にして、すでに降霊科に専属する並の魔術師たちと比肩するまでに成長していた。そんな彼の順風な姿をやっかむ者も多かったが、魔術師としての彼の腕前を目の当たりにすると黙認する以外の選択肢は与えられなかった。もっとも、ケイネス自身は自分の比類ない実力は当然の結末であり、他人の嫉妬など一瞥をくれる価値もないと考えていたようだが。



 そんな万事が憂いなく進んでいるように見えるケイネスであったが、彼を悩ませる些細な問題がひとつだけ存在した。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:」


また始まった、とケイネスは思った。これこそが、最近の彼が頭を抱える問題そのものであった。


「あzsxdcfvgbhんjmk、l。;・:」


理解不可能な言葉が流れ込んでくるのだ。いや、これが本当に意味のある言葉なのかすら怪しいのだが、不可解な声が時折聞こえてくるのだった。聞こえてくるという表現も正しくない。外からの空気の振動が鼓膜を揺らして伝わるのではなく、直接頭の中に響いてくるのだ。

 この現象はケイネスが時計塔に登院するようになってから始まった。はじめは稀に聞こえる空耳のようなもので気にも留めなかったが、日が過ぎるにつれてその頻度は高まっていった。かすかな囁き程度であった声は、今でははた迷惑な騒音のように煩わしく聞こえる。以前、エルンストにこの現象について相談してみたことがあった。しかし彼は、


「そうか、君のような人間でも精神を病むことがあるんだな。お大事に・・・。」


などと、わざとらしく神妙な顔をして返答されたので、それ以来この奇怪な事象について誰にも話さないことに決めていた。

 悪霊の類が知らぬ間に自分に憑依した可能性も考えたが、自分の身体を隅々まで調べてもそのような気配は毛ほども感知されない。歴史を鑑みると精神を蝕まれた天才というのは枚挙に暇がないわけだが、自分もとうとうその病魔に冒されたのかと一時は真剣に悩んだものだった。



ケイネスは時計塔にある広報掲示板を眺めていたが、そこで活気のある太く力強い声に呼び止められた。


「ケイネス殿。こんなところで奇遇ですな!」


声の主のほうへ向き直ると、そこには背丈も横幅も並外れた大柄の男が仁王立ちで待ち構えていた。


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