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ソラウ ⑦

「あら、ケイネス様。お久しぶりでございます。」


父と一緒にいるケイネスの姿が目に入ると、ソラウは無表情のまま彼に軽く頭を下げながら挨拶した。それは親しみも嫌悪感も感じさせない、空疎で形式的なものであった。父親と同じく何を考えているのか理解し難い女性であったが、華のある美しい姿は陰鬱な雰囲気を漂わせる彼女の父親とはまるで正反対だとケイネスは思った。


「ああ、お久しぶりです。ソラウ様。」


ケイネスもあくまで形式的な応答に終始したが、そこで一区切りがついてしまい二人は黙り込むことになった。ソラウのほうを見やったが、彼女は相変わらずの無表情を貫いていてその感情を読み取ることはできない。彼女の澄ました顔を見て綺麗だとは思ったが、それ以上に自分にとって苦手な人物だという印象のほうが強くなったのだった。そんな状況を打ち破ったのは、彼女の父親の一言であった。


「・・・ところでケイネス君。うちの娘を貰ってくれんかね。」


あまりに唐突な発言で、ケイネスは自身の耳に入ったはずの言葉の意味を疑った。いや、このユリフィス卿の提案は客観的に見れば極めて理にかなったものなのだ。ユリフィス家とアーチボルト家はともに長い歴史をもつ魔術師の名家であり、またそれぞれが時計塔の主要学科でロードの地位に君臨している。時計塔内で繰り広げられる派閥争いにおいても両者は貴族主義で一致しており、そんな両家が政略結婚の末に結束を強めようと図るのは当然である。しかし、その提案は本来ならば相応しい時期に然るべき経路で申し込まれるのが普通であろう。


「ははは・・・。それはまた思い切った提案ですね。」


この突拍子もない事態のせいで狼狽した内心を隠しつつ、ケイネスは苦笑いしながら無難な回答をなんとかひねり出したのだった。場を和ませるための戯言かとも考えたが、目の前に立つ男の顔の表情は相変わらず陰険としていて、とても冗談を言うような軽妙な雰囲気は微塵も感じさせなかった。むしろ、相手の反応を隅々まで観察しようとする鋭い眼光が、丸眼鏡を通して彼に突き刺さるようであった。



ケイネスはソラウのほうへ慎重に目線をずらし、彼女の様子をうかがった。しかし、ケイネスの心中とは対照的に彼女は端正な横顔を澄ましたまま微動だにしないようだった。


「自分の結婚相手がいまこの場で決まるかもしれないのに、この女は眉一つ動かさないのか。」


相手のほうがあまりに冷静なので、自分の慌てようが異常なのかと勘繰りたくなる気持ちであった。自分の将来に関わる重要な決定が今なされようとしているが、それを否定するどころか驚く仕草すら見せようとしない。まるで、自分の願望など無意味な産物であり、すべての事柄を無抵抗に受け入れるしかないと最初から決めているような。


「いや、待てよ。」


そのとき、ケイネスの頭の中には余りにも楽観的すぎる発想が舞い込んでいた。


「この女は、本当は自分との結婚を望んでいるのではないか?だから、このような事態になっても動じる様子を見せないのだ。もしかしたら、ユリフィス卿がこの結婚話を持ち込んだのも、綿密に組み立てられた彼女の計画の一部なのかもしれない。・・・ふふ、思っていたより可愛いところがあるじゃないか。」


ケイネスは再びソラウのほうへ目を向けた。均整のとれた横顔を今度は心に少しゆとりをもちながら眺めてみたが、やがて彼女のほうがケイネスへ顔を向けてお互いの目線が交差したので、彼は余裕を帯びた笑みを返した。


「さあ、恥じらいながら顔を下に俯けたまえ。その小癪な顔を赤く染めるといい。」


ケイネスが胸中でそのように考えていた瞬間であった。彼女の澄み切った顔にわずかな淀みが生まれたように、眉間に小さな皺が寄っていた。


「お父様、結婚相手はユリフィス家の繁栄に適切な人々を広く募るべきですわ。このケイネス様以外にも相応しいかたは沢山いらっしゃるでしょう。」


毅然とした彼女の口調であった。こうして、ケイネスの尊大すぎる期待は脆くも崩れ去ったのだった。


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