ソラウ ③
ケイネスは意表を突かれたようにすぐさま後ろを振り返った。目の前には彼の耳に届いた美しい声に相応しい凛として清涼な雰囲気をまとう若い女性が立っていた。ルビーを溶かして作りだしたような赤くしなやかな頭髪を肩まで下ろし、それが白く透き通った肌に映えてより一層美しさを際立たせていた。眼前に突然現れた麗しい女性の姿にケイネスは心を奪われて茫然となったが、すぐさま我に返り口を開いた。
「ソラウ、なぜ君がここにいるんだ。」
まるで苦し紛れのような言葉であることに彼は口にしてから気がついた。我ながら情けない反応をしたものだと後悔したが、すでに放たれた言葉は取り返すことができない。
「あら、ここは時計塔の隣にある庭園よ。私がいても不思議ではないわ。」
ソラウはケイネスの内心の狼狽など一蹴するように冷淡に言い放った。彼女の主張は至極当たり前で一寸の誤謬もなかったので、ケイネスはもはや口をつむぐしかない。
「それよりも・・・。」
とソラウは言った後、視線をエルンストの手元へとゆっくりと落とした。狙いをじっくりと定めるように睨みつけた後、右手を人差し指だけ伸ばしながら前へ差し出した。そして、彼女の瑞々しい口元から短い呪文が静かに放たれると、エルンストが左手に抱えていた手帳はふわりと宙に浮き、その美しい術者のもとへと移動したのだった。
ケイネスは思わずエルンストのほうへ顔を向けたが、彼は両手の手のひらを上に掲げながら首を横に振るだけであった。それは、悪事がばれたことに観念した者が見せる降参の仕草に相違なかった。しかし、この男はソラウが物体移動の魔術を行使したとき、一切の抵抗をしなかったのではないか。付き合いはだいぶ長くなるが、いまだにこの友人の行動原理には理解しかねるところが多い。いや、それよりも、いまはそんな悠長なことを考えている場合ではないことにケイネスは気がついた。
「私が今年の内に何人の男性から求婚されるか予想するクイズ大会。・・・あなたたち、随分と楽しげな企画を催しているのね。」
あなたたち、と彼女は言った。つまり、ソラウはこの馬鹿げた企画にケイネスも一枚嚙んでいると思い込んでいることを意味していた。彼女にとっての非難の対象として完全に巻き込まれた形になったわけだが、この誤解はすぐに解かなければならない。
「それにしても、随分とたくさんの参加者がいらっしゃるのね。あなたの交友関係の広さには脱帽するわ、エルンスト。」
皮肉たっぷりに言い放つと、ソラウは手にしていた手帳を乱暴にエルンストへ投げ返した。ケイネスが彼女のほうへ顔を向けると、見下すような冷え切った視線が返ってきた。ケイネスは長椅子に座っている反面、ソラウは立上がって上から見下ろす位置関係であったので、彼女の相手を卑下するような表情が一層際立っていた。しかし、ここで怖気づいて弁明のひとつでもできなければ、この冤罪のようなすれ違いは開く一方だ。
「勘違いされては困るが、私はこのクイズ大会とやらに何も関わっていないぞ。あくまで私は彼からこの話をつい今しがた持ち掛けられただけだ。なので当然、参加などしていないし、そもそも前もって聞き及んでいたとしてもだ、このような下世話な催しに参加することなど微塵も考えなかっただろう。聡明な君ならそれぐらい理解できるだろう。エルンスト、君からも真実を伝えたまえ。」
我ながら冗長な言い訳であった。なぜ自分がこのような申し開きをせねばならないのか理不尽に感じていたが、まずはこの誤解を解くことが先決だ。そのためにこの事件の真犯人に釈明させようと横を向いたが、隣に座るはずの悪友はすでに忽然と姿を消していたのだった。




