白湯と王国と記憶の泉
「で、これが“記憶の泉”?」
ゆのは静かにその泉を見つめた。
湖のように大きなその泉は、風ひとつないのに波紋がゆらゆらと広がっていた。
「ここに立つと、心の奥底に眠っている記憶が呼び起こされるらしい。試してみようか」
「怖くない?私、前世でとんでもない失敗とかしてたらどうしよう。コンビニで割り箸取り忘れてたとかさ」
「それは現世の話じゃない?」
「いや…リアルすぎて逆に深いんだよね」
そんなやり取りをしながら、ゆのとレオンハルトは泉の前に立った。
すると、風もないのに、ふわりと白い湯気のようなものが泉の表面から立ち上る。
「……白湯?」
「いや、ただの記憶の気配らしい」
だが、それはたしかに懐かしい匂いがした。
湯船に浸かったときの安心感、冬の朝に口にする白湯のぬくもり。
(……あの日、私は)
ゆのの瞳に、幼き日の景色が映る。
小さな手、小さな肩、そして──
「ゆの、こっちだよ!」
無邪気に笑う少年の声が、心の中に響いた。
レオンハルトの表情にも、穏やかな変化が訪れていた。
「……やっぱり、君だったんだね」
彼の目も、幼い頃の景色を映していた。
「でも、どうしてまた私たち、ここで再会したの?」
「わからない。ただ一つ言えるのは……きっと、偶然じゃない」
そのときだった。
「やばいやばいやばい!!白湯があふれる!!」
「違う!ポロリーノ、それ泉だから!飲まないで!!」
相変わらず空気を読まずに泉にダイブしようとするポロリーノを制止しながら、
ゆのはぽつりと呟いた。
「この世界ってさ、温泉あると思う?」
「……あるとしたら、最高の世界だな」
ふたりの視線の先にある未来には、まだ多くの謎と、温かい湯気と、白湯のような出会いが待っている。