魔法と白湯とポロリーノ
商人の屋台で買った白湯入りの陶器カップを大事そうに抱えながら、ゆのは城下町を歩いていた。
「まさか、白湯が通じるとはねぇ……異世界、奥深いわ……」
カップから立ち昇る湯気を見つめ、ふぅっとひと息。
そのとき――。
「おい、そこのお前!」
後ろから怒鳴るような声が飛んできた。振り向くと、複数の兵士に囲まれた青年が一人、こちらを指差している。
「そいつだ!俺のカバンを盗んだのは、あの黒髪の女だ!」
「は!?白湯しか持ってないんだけど!?」
突然の濡れ衣に、ゆのの眉がぴくっと跳ね上がった。
「この世界、やばい。理不尽すぎる。ブラック企業より理不尽かも!」
騒ぎに気づいた群衆がざわざわと集まり始めたそのとき――
「その者に手を出すな!」
高らかに響く声。振り返ると、銀髪の青年が白馬に乗って現れた。美形。王子然とした風格。
そう、クルトと別れてから、ゆのがまだ知らなかったもう一人の重要人物――王子レオンハルトだった。
「この者は我が客人だ。無礼は許さん」
その声に、兵士たちはバッとひざまずく。
「……王子ぃ!?お客って、えっ、私!?いつのまに!?」
パニックの中、レオンハルトが白馬から降り、ゆのの前に立つ。
「君、大丈夫だったか?」
「う、うん、白湯も無事……ていうか、なんで私のこと知ってるの?」
レオンハルトは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、微笑んだ。
「……なんとなく、君のことを知らなきゃいけない気がした。初めて会った気がしないんだ」
その言葉に、ゆのの胸がチリリと疼いた。なにか、大事なことを思い出しそうな気がする――でも思い出せない。
「じゃあ、君のことをもっと知りたい。名前は?」
「白野ゆの。職業、OL……って言っても、もう異世界人だけど」
「……ゆの、か。いい名前だ」
王子の口元がふっとゆるむ。その笑顔に、ゆのはちょっとだけ頬を赤くした。
そのとき――。
「ぶひっ!!!ゆのー!!!!!置いてかないでー!!」
豚。
ポロリーノが全速力で駆け寄ってくる。
「……王子、紹介します。これ、ポロリーノ。喋れる豚です」
「……異世界、想像以上にファンタジーだな」
笑い合う三人(※一匹含む)の姿に、王都の空は今日も青く澄んでいた。