自由気ままなギルド生活
思いついたお話です。
あらすじ
ある日成り行きで水の都ヴェネーヒで、ギルドの設立と運営を頼まれたシュカは、のんびりギルド経営をして生活してた。生活も安定して過ごせると思った矢先にモンスター退治を依頼されて…
特殊な細工が施されているらしいホールクロックが、低く響く音を放った。この時計が鳴る時は、決まって厄介ごとがやってくる合図だ。できることなら、今日も鳴らずに一日が過ぎてほしかったなと、上質な椅子に深く体を預け、欠伸を噛み殺しながら、来訪者を待つ。
音が鳴り終わると同時に、扉がコンコンと軽く叩かれた。視線を向けつつ、気のない声で応じた。
「どうぞ」
扉が開くと、目に飛び込んできたのはスラリとした金色の髪と、鋭い翡翠色の瞳。きっちりと着崩すことなく、ギルドの制服を着ている彼女…ミーシャは、まるで非難するようにこちらを見ている。居心地の悪い視線を感じた俺は仕方なく、だらりと崩していた姿勢を正し、背筋を伸ばして座り直した。
「失礼いたします」
最近になってこのギルドに配属された彼女は、ここの空気が肌に合わないのか、よくそんな表情を見せていた。けれど、それはどうしようもないことだ。恨むなら、ここに送り込んだ領主様を恨むしかないだろう。
ここはもともと根無し草たちが集まる場所だし、俺は一応このギルドのトップということにはなっているが、所詮はお飾りだ。だから、彼女のためにしてやれることなんて何もない。
苦笑いを浮かべてその場をやり過ごそうとしていると、彼女は咳払いをひとつして、口を開いた。
「最近話題になっているクラーケンの事についてです」
「クラーケン?」
海に囲まれ、土地と土地をつなぐ移動手段として、ゴンドラを利用する方が早いと歌う、この水の都であるヴェネーヒでは、海のモンスターによる被害は常に最優先で処理すべき脅威ではある。とはいえ、今のヴェネーヒでは大型のモンスターを倒せる人手が十分に整っており、クラーケンはもはや脅威となる存在ではないはずだ。
「ヴォルフは?」
こういった問題が起きた時、いつも率先して動いてくれる『料理人』は、一体どこにいるのだろうか。燃えるような紅髪に黄色の瞳をした、身長2メートルを超える大柄な体躯に、鍛え抜かれた筋肉を持ち、近接戦闘も遠距離戦闘もこなせる万能型の戦士…ではなく料理人の彼ならば、クラーケンの2匹や3匹程度、1人で仕留めてさっさと料理して、皆に振る舞っているはずなのに。
「本土のドラゴン退治に参加しています」
「あ〜…食べたがってたもんね」
彼は確か、『世界中の料理を全部食べたい』なんて楽しそうに話してたなあと思い出しながら頷く。その夢を実現するためには、まず自分の身体を鍛えなければと、食材の調達から始める姿には正直、正気を疑ったけれど、本人が楽しそうにやっているなら問題ないだろう。
とはいえ、こちらの問題はまだ何も解決していない。正義感の強いアーサーも、研究熱心なマリーも、さらにはあの人やその人までもが出払っている状況では、このギルドの曖昧さが浮き彫りになる。大して規律を定めていない体制の欠点が、こういう時に露わになるものだ。まあ、決まりを作っちゃダメなんだけどね。
なら、正規軍に頼ろうかとも考えたが、どうやら本国からの許可がまだ下りていないらしい。それでは、一体何のための戦力なのか。他国の防衛に力を割く前に、この領地そのものが使えなくなったら困るのでは?いや、困るから、それを防ぐために領主たちが法の抜け道を利用して、あちこちにギルドを立ち上げているのだろうけど。
今頃、領主様は渋い顔をして仕事に追われているのだろうか。いつも大変そうだな、この人は。
「俺しかいないのかあ」
「そうです。なので、早く行きましょう」
「え〜…あ、いや。はい」
面倒だし、「明日にしよう」という案は、どうやら聞き入れてもらえなかったらしい。
こうなりたくないから人集め頑張ったのに、まだ足りないのか。今度はどこに探しに行ったらいいのか考えつつ、細身の体のどこにそんな力があるのか分からないが、半ば引きずられるようにして移動していると、あっという間に問題の港までたどり着いてしまった。
「やっときたか。おせえぞ!」
顔馴染みの漁師で、この辺りをまとめている親っさんことバーボンさんは、少しイラついている様子だった。できれば彼の機嫌がいい時に来たかったな、と思っていた矢先、「シャキッとしろ!」と背中を思いっきり叩かれた。
思わずよろついた所に弟子である、クロウが心配そうな顔で近づいてきてくれた。こんな小さい子に心配されるなんて、ちょっと情けないけど仕方ない。なんでもないように立って笑顔を向けた。
「だ、大丈夫ですか?」
「いや、うん。ありがとうね」
「いえ!シュカさんも早く乗ってください」
「あ、はい」
なんか前よりも容赦無くなっているように感じるけど、気のせいだよね。誰の影響なんだろう。やっぱりバーボンさんなのか、ジャックさんなのか。今度聞いてみた方がいいのか。聞かないで知らないまま過ごした方がいいのか悩むな。
「お気をつけて」
「うん。なんかあったら、後はよろしく」
大して心配している様子もなく、軽く手を振るミーシャに見送られながら、いつもの決まり文句を口にして船に乗り込む。
さっと出航した船に揺られながら、「このままクラーケンに出くわすことなく、穏やかに船旅を満喫できるのでは?」などと淡い期待を抱いていたのも束の間、あっさりと現れたクラーケンに思わず息を呑んだ。
「本当にいるんだ」
「はよ、いけ!」
やれやれせっかちだな。と甲板に出ると、容赦のない手?足?の攻撃が飛んできそうになる。
プツンと何かがキレる音がした。
相手の攻撃が俺に届く前に、クラーケンはゆっくりと横に倒れていく。
「ああ、これ、絶対濡れるやつだな」と思った瞬間、予想通り、土砂降りの雨のように海水が降り注いできた。勢いは凄まじかったが、俺の影が傘代わりになって庇ってくれたおかげで、頭からびしょ濡れになるのはなんとか避けられたらしい。
そう、この影。とにかく便利なのだ。原理はさっぱり分からないし、いつから一緒なのかも覚えていない。それでも、何もない俺が今まで生き延びてこられたのは、この謎の影のおかげに他ならない。
まるで生きているように勝手に動く影だが、俺の意のままに操れないのは不便に感じる時もある。それでも、こういう問題の時にはきっちり解決してくれるから、悪いものではないのだろう。
ああ、やっと終わった。もう寝てても誰も怒らないよな。港に着くまでの時間を休もうと、船内で待機している2人のもとへ足を進めた。
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