8.ようやくのデフォルトスタート
「ほんとにいいのか?先に神殿に寄らなくて」
「遠慮しとく、加護なしは不可逆っぽいし、とりあえず完全に詰まるまではこのまま色々試してみるよ」
智果庭園を後にした俺とメタは余燼の鏡までやってきた。メタの言う一番最初の狩場とやらで、デュオでレベリングしようって流れになったわけだ。ちなみに、ちゃんと智果庭園にはお金を落としてきた。もちろん、メタの金だけど。
今俺たちがいる村の中心はいつ見てもプレイヤーで溢れている。近場の掲示板では野良でのパーティ募集の勧誘が絶えず行われているぐらいだ。中央に鎮座する《余燼の鏡》は、石造りの土台が盛り上がった構造で、その床に巨大な円形の鏡が埋め込まれている。その上に立つプレイヤーが次々と姿を消していく、つまり各々異なるエリアに転移しているのだろう。
レゼリアに比べて寂れたこの村になぜこうも多くのプレイヤーが往来しているのか疑問だったが、皆余燼の鏡目的だったのな。
「鏡に入る前にパーティ組んどくぞ」
「なぁ、パーティ組むと何が変わるんだ?」
「相手のステータスと位置情報がリアルタイムで見られる。あと、味方対象のスキルや魔法は自動で補足されるし、経験値は分配される」
「げ、お前とパーティ組んでレベリングしたらパワーレベリングになるじゃん。嫌だよ」
「そうか?じゃパーティ組まないでもう行くぞ」
メタが俺の手を握って余燼の鏡の上へと俺を連れ出す。
「おい、何してんだ!?」
不意に手を握られ、周囲の視線が一斉に刺さった気がして、顔が熱くなる。男同士でこれは勘弁してほしい。
「何を気にしてんだ?お前がパーティ組みたくないっていうからだろ。複数のプレイヤーがパーティ組んでない状態で同じ地点に転移するには接触したまま鏡を通るか同じギルドかクランに属してないとダメなんだよ」
メタが不思議そうな顔で説明する。一人で気にしてる俺が馬鹿みたいじゃん。
「な、なんだそういうことか…」
「ほら行くぞ」
メタがそう口にした次の瞬間、すべてが変わった。全身を包む確かな風の流れと草の匂い。湿った土の香り、花の甘やかな香気、陽の光を浴びた葉のかすかな苦み。鼻腔の奥まで緑の風が流れ込む。
視界一面に広がる緑。背丈ほどもある草が風に揺れ、そのたびにざわざわと囁くような音を奏でる。澄み切った空には雲がゆっくりと流れ、まるで時間さえ緩やかになったかのようだった。
足元を見ると、ブーツ越しに絡む草の感触にとどまらず温度や湿り気までもが伝わってくる。少し歩けば、小さな虫が飛び立ち、羽音が耳元をかすめた。
どこかで鳥が鳴いている。軽やかで、けれどどこか空しい旋律。音は遠く、だがどこまでも広がっていく掴みようのない不思議な響きだった。
風がまた吹いた。髪が揺れ、服がなびき、頬にひやりと触れる感触に俺は悟るように考えが浮かぶ。ここはれっきとしたもう一つの世界だと。
ずっと忘れていた現実を彷彿させる体験に俺は呆然と立ち尽くしていた。
「すごいよなこれ、現実みたいに五感に訴えてくるファンタジー。現世の方もかなりのもんだが鏡のこっち側は段違いだよ」
「あ…すごいな、ほんと…」
「さぁ、行こうぜ」
メタが握ったままの俺の手を引いてこの世界を駆け出す。
「おい、離せって。一人で歩けるから!」
「へいへい。ほら、パワーレベリングは嫌なんだろ?一人で戦って見せてくれよ」
ようやくメタから解放されるもそこにはモンスターが佇んでいた。名前はプルームプラント、俺の背丈の半分程のサイズの蔓束が蠢いていて、その頭に茶色い果実が一つついている。
頭の果実は手を出していいものか…メタのことだから初見殺しに俺を嵌めようとしてそうなんだよな。そんで最初の狩場なんだ指輪はなしで行ってみるか。
右手に竹刀を握りこんで先手を取りに行く。プルームプラントの真正面から奴の懐に竹刀を突き立てる構えで飛び込む。
「硬い!?」
けれど、竹刀を蔓の束の表面で受け止められて突進の勢いも奴を動かすには至らない。反撃として左右から空気を裂くようにしなる蔓の鞭が、合掌するように打ち付けられる。咄嗟に身をかがめて回避し一度奴と距離をとる。
「おーい、ダメージ通ってないぞ~」
「うるせぇ、黙ってみてろ!」
メタの野次に文句を返しつつ攻略法を考える。今奴の本体から二本の蔓が腕みたいに伸びていて合掌している状態だ。あの轟音を伴った攻撃を見るに大きくしならせて鞭みたくしなきゃ大した攻撃にはならないようだ。そしてその予備動作と後隙はかなり大きいが…結局こっちの攻撃が通らないんじゃな…それにまだわからない事もある。攻撃に使われる蔓は何本までが上限だ?伸びだす位置は?
「まずは検証だな」
今度は奴の右側へと駆けていく。俺を迎撃しようと後方へと、しなりの予備動作をしている蔓に対して、竹刀を振り下げて蔓ごと地面へと打ち付ける。捕らえた蔓を足で踏みつけ、本体から引きちぎろうとする。一本の蔓は太いわりに脆く、容易に裂けた。
しかしプルームプラントはすぐさま新しい蔓をはやす。現状奴の側面についていれば相手にする蔓は一つで済む。だが何度も生えなおす以上こちらも攻撃に転じることができない。再び距離をとり作戦考案へと移る。
俺に攻撃できる蔓が位置的に一つ、それでも新たに蔓がはえることはなかった。ということは、蔓の上限は二つ。蔓の生えている位置も移動させられないとみていいだろう。となれば攻略の道筋は見えた。
竹刀を手放してもう一度真正面から奴の懐へと飛び込む。当然再び合掌攻撃が来るが、一度見ている以上回避は余裕。ここからは俺のターンだ。頭上で合掌している二本の蔓を両手で掴み取り、結ぶ。簡単に拘束が解けないように結び目をきつく縛り上げる。そしてがら空きになった奴の本体に貫手を差し込み蔓の束をこじ開ける。
「おらああ!」
力任せにプルームプラントの体を引き裂いていく。蔓が一本一本内側から裂けていき、やがて自重すら支えられなくなったプルームプラントは倒れ、その体は霧散した。
「どうよおれの戦いぶりは?」
「及第点ってとこだな。蔓を結んで無力化なんて誰でも思いつく。ただ、あの果実に手を出さなかったのは高評価だ」
「そうかよ。で、あの果実ってなんだったんだ?」
「刺激を与えると綿毛を一気に実らして、まき散らす。その綿毛に触れると麻痺をくらう」
「やっぱ、初見殺しじゃねえか!俺があの果実に手を出したら絶対あざ笑うつもりだったろ」
「まぁな」
「まぁな」って…ちょっとは悪びれろよ。
「次は俺の番だな」
メタはインベントリから剣を取り出して近場のプルームプラント目掛けて剣を一振り。すると炎の斬撃がメタの剣から放たれてそのプルームプラントを一太刀で切り裂き、倒してみせる。
「御覧の通り、俺なら一撃だ。そもそもこいつらは果実の仕様さえ知っていれば動きは鈍いし、かなり弱い。Lvが低くとも斬撃なり炎なりで弱点を突けば攻撃される前に簡単に倒せる相手なんだ。だが今のロラフには弱点を突く手段もその相性不利を覆すだけのステータスも無い。このままじゃ大会出場なんて夢の話だぞ」
初心者相手に何言ってんだとは思いつつも一理ある気もする。今の俺はステの配分が弱いとされているオーロラフォージでこれ以上の成長の目途もない。このままじゃ優勝するどころではない。
「きつく言うようで悪いがプライドは捨てて攻略サイトを見て称号の取得に着手した方がいいと思うぞ」
俺が攻略サイトを見たがらないのは単なるプライドではなく逆張りスタイルを検証していく中で先入観を排除するためだ。何ができて何ができないのか実際に触れる前に知ってしまうと本来見えていたはずのものが見えなくなってしまう。逆張りにおいて純粋なファーストインプレッションの重要性はかなり大きい。
「ああ、その時はおとなしく加護も手に入れるよ」
だが、いつまでも攻略サイトに触れない訳にはいかない。時間が限られている以上効率のいいレベリングや装備収集は必須だ。PVPとなれば自分が取得しない加護や称号についても理解しておかなければならない。
でも加護のためにこのキャラデータ消すことになるのは嫌だな…こうも極端に弱いのは逆張りストとしてはかなり魅力的ではある。長い髪も邪魔ではあるが金になるし、手放したくはない。
「今はこれ以上は言わないでおくがな。さぁ先に進もうぜ」
「その前に試したいことがあるんだ。短剣貸してくれないか?できるだけ軽いやつ」
「いいけど、ロラフじゃ扱えないだろ、何するんだ?」
「一振りしかしないから大丈夫、あと見てればわかるよ。あ、俺がミスったら後は頼むわ」
「パワーレベリングじゃなくても介護プレイはいいのかよ…ほらよ」
竹刀はインベントリにしまって、メタから受け取った一本の短剣を手にプルームプラントへと再び戦いを挑む。さっきと同じ要領で無力化してから頭の果実、その根元へと短剣を差し込む。上手く切り離せれば綿毛を発現させることなく果実をアイテム化できないかと思い、挑戦してみたのだ。
だが期待通りの結果とはいかなかった。果実をプルームプラントから切り離すことはできたがその瞬間果実の表面は茶色から白色へと変貌する。その白色が宙へと解き放たれて視界を埋め尽くすとともに俺は地面に伏していた。
直後俺の頭上を炎が飛来していき、俺が相対していたプルームプラントが消し飛ぶ。
「何やってんだよ?」
「いやアイテム化できないかなって」
「あれは本体から切り離したら即座に破裂するから、アイテム化なんて無理だぞ」
「そうか…だが俺はあきらめない!」
既に先人たちがあの果実はアイテム化できないと結論付けたとしても実際に自分の目で確かめないと納得できないたちなもんで。じゃなきゃ逆張りなんかやってないし。
麻痺の拘束時間は短いようで俺はすぐさま立ち上がり、スタミナが回復次第、次のプルームプラントへと戦いを挑む。
「こうなったらお前意地でもやり通すもんな…もう好きにしろ。ただあんま遠くに行くなよ、援護できる距離にも限界があるからな」
二回目の挑戦:とりあえずもう一度短剣で切り離してみる。麻痺りました。
三回目の挑戦:刃物がだめなら素手で引っこ抜く!触った瞬間麻痺りました。
五回目の挑戦:逆に果実以外を削り取ってしまえばいいのでは?プルームプラントのHPがもたず、果実もプルームプラントと共に霧散していきました。
十回目の挑戦:指輪でATKを上げてプルームプラントにスープレックスをかけた。果実が潰れたよ。
挑戦を繰り返すこと三十七回ついに転機が訪れる。プルームプラントから切り離した果実が、プルームプラント本体が消えるよりわずかに遅れて消滅したのだ。
「なあ、今の見たか!?」
「何が…?それよりもいい加減諦めたらどうだ?ここまでやればあの果実はアイテム化できないって納得しただろ」
メニューウインドウでの作業の片手間に援護をするようになったメタは気づいていないようだが、確かに消滅までの時間差が発生していた。今回の挑戦の何が契機になったんだ?今回は五回目同様にもう一度果実以外の部分を削っていこうと戦っていたのだが五回目と何が違ったんだ?。
面白くなってきた。
「こ、これは…ついに…!」
そうして何度も果実以外の部分を攻撃していき六十三回目の挑戦でついに果実をアイテム化することに成功したのだ。震える手の中に残ったのは、紛れもなくプルームプラントの果実だった。長い執念がやっと報われた。
どうやって成功したかというと、予測だがこいつらプルームプラントは体が二つ以上に分割されたとき一番大きい部分が本体となりそれ以外の部分は消滅する。ならば果実が本体となるように分割を繰り返せば果実だけ残すことができる。
しかしそのためには果実以外の部分を何度も分割していかなければならない。それに大きく分割しすぎると即死判定になるっぽい、かといって細かく分割数を重ねると果実だけになる前にHPが無くなり消滅してしまう。そのため、うまく調節する必要がある。
そこで俺がとった方法はまず攻撃力が最低の状態にするため、またスタミナ上昇のために指輪をHPに割り当てる。そのうえで攻撃回数ができるだけ少なくなるように果実側が本体になるよう、かつ即死にならないギリギリのラインでプルームプラントを分割していく。そうしてついぞプルームプラントのHPが残ったまま果実だけを本体とすることに成功したのだ。
一度果実と蔓の部分で消滅までの時間差があったのはHP切れによる消滅と本体との分離による消滅の判定の違いが原因だろう。
何度も分割サイズの境界を見誤り、攻撃力の調整に失敗して一撃で分割しきれなかったり、短剣での攻撃のために一撃ごとにスタミナを回復する必要があるから、一体試すだけでめっちゃ時間かかるし…だがそれでも俺は成し遂げたのだ。
俺は成果物を手に、もはや俺の方を見ていないメタへと報告に行く。
「なぁ」
「お、やっと飽きたか?かなり待ったぞ…ってそれ!?」
驚愕で威厳が皆無な声を出すメタを見て、思わずニヤリとする。たまにはこいつを黙らせてやらないとな。
「これはなんでしょうか~?」
「まさか本当に成功したのか…?」
メタは目を丸くし、その視線が俺の手に握られたプルームプラントの果実に吸い付いて離れない。こいつを少しでも手玉にとれて満足だわ。これだけであの長い検証にお釣りがくる。
「そのまさかよ!いや~長い道のりだったわ」
「どうやってアイテム化したんだ?」
「教えてほしい~?どうしようかな~?」
「その、ウザい仕草をやめろ。そのアバターでやられると余計気持ち悪い」
「おい、なんだと?とまぁ冗談ここまでにして、検証に付き合ってくれたしもちろん教えるよ。メタがいなきゃできなかったことだしな」
俺はプルームプラントに関する考察をメタに伝えた。
「確かに筋は通ってるな…」
「な?案外攻略サイトに載ってる先人の出した結論なんてあてにならないんだよ」
「いやこれはレアケースだろ。だがお前が隠されていた真実を見つけ出したのは確かだ。それは十分に誇れることだしなんなら金にもなるかもな」
「そうか?からくり自体は簡単だし案外偶然ながらに他の誰かが発見しそう、もしくは既にしてると思うけど」
「いや、それはないな」
「何故そう言い切れる?」
「ロラフ今のレベルは?」
「…1だけど。なんだ馬鹿にするつもりかよ」
「違うわ。いいか?これはLv1、もっと言えばオーロラフォージの”ATK4”というあまりにも低い数値だからできたことだ。加えて加護がないからこそ攻撃に何一つとして補正が乗らず最低値のダメージでプルームプラントを攻撃できた。つまり、お前が弱すぎるからこそ、プルームプラントのHPを削り切らずに分割回数を稼げた。例え情報が洩れてもお前にしかできない芸当なんだ。
「そんな…”弱すぎる”なんて褒めなくてもいいのに」
「皮肉だわ!」
残念ながら「弱い」なんて逆張りストには誉め言葉なんだよ。だけどなんかこう面と向かって褒められるのって苦手なんだよな。逆張りスタイルは卑下にされるのが常だからだろうか。
「しっかし全然空の色変わらないな。結構時間たったろ?」
話題を変えようとメタに話を振る。
「ああ、鏡のこっち側は現世とは時間の流れが違うんだよ。常に昼、夜の世界もあれば空すら拝めない世界もある」
「なるほどね。そんじゃ、やっとこさ前に進むか」
作中に出てくる「現世」とは村とかレゼリアがある世界のことです。また今後は余燼の鏡の向こう側を「世界」と描写していきます。
主人公とメタのやり取りは悪友程度のつもりなんですがBLなんですかね?あと、主人公の言っていた「卑下される」とは逆張りそのものを否定されたりなど、逆張りストとしても褒めと受け取れないようなことのことです。




