18.約束の智果庭園で
ゲーム内就寝から一夜明けた今。俺は『智果庭園』の中でメタを待っていた。
窓際の席に座り、店の各所に広がる小さな人工庭園を眺める。葉の縁に朝露のような光が点々と浮かび、静謐なBGMが心を落ち着かせる。
集合場所にここを選んだ理由は既に一度ここで集合したから、というのもある。他に自由に出入りできる店を知らないという事情もあったが、一番の理由は他に客が全くいないからだ。
俺もメタもそのプレイスタイルの性質上、他人に話を聞かれるのは良くない。さすがに他のプレイヤー全員が自分たちに興味があるなど、自意識過剰なことは思っていない。それでも、他人の目がある中で、おいそれとお互いの情報を口に出し合う気にはなれなかった。
椅子の背にもたれながら、俺は薄く息を吐く。
この静寂が続くのは悪くない、昨日の血みどろの作業風景に比べたら断然いい。そう思った矢先、ドアベルの音が鳴る。
そんなことを考えているうちに、メタがやってきた。足取りは軽いが、どこか探るような視線を周囲に走らせてから俺の前に腰を下ろす。
「よ、二日ぶりだな」
「そうだな。で、なんでトップ生産職であるリーズロッテからお前の伝言が届いてきたんだ?」
メタの口調は軽いが、疑念が強く籠った声だった。
「なんだ、リーズさんってそんなに有名人なのか。偶然仲良くなっただけだったから知らなかったわ」
「お前このゲーム始めてまだ三日だよな?どんな偶然だよ」
「まぁまぁ。人のプライベートはあんま詮索するもんじゃないぞ」
さすがに「追い回されて出待ちされた結果、仲良くなった」とは言えない。あの混乱を思い出すと、今でも背筋が少し冷える。
「そんで、こっちから誘っといて悪いんだけど、ここの注文奢ってくれね?
待ち合わせに利用しといて何も注文しないわけにはいかないじゃん。でも金ないんだよ」
金が無いというのは本当で、昨日買った武器に追加で剣帯を買ったせいで今はすっからかんの文無しなのだ。直近での髪の売買も生産職の面々への報酬という形でお金にはなっていない。
あと、このゲームには満腹度という仕様がある。時間経過やスタミナを消費するような行動をとることで満腹度が減少していき、満腹度が一定以下になるとスタミナの回復速度の減少や一部ステータスの減少が起こる。そして満腹度が0のまましばらくいると死んでしまう。
満腹度を回復するためには食事を摂ればいい。といっても、余程戦闘に打ち込みでもしない限り、満腹度の減少は緩やかなもので高頻度、それこそ現実のような一日三食とまで食べる必要はない。
現にここ三日の俺も、二回ぐらいしか食事してない。ただ、脱眷属を成した現状、当然満腹度の具体的な数値なんて見えない。脱眷属による変化は基本的にリアル寄りなことを考えると、食事を摂らなければ死んでしまうと思うので、飯は食べられるとき食べておきたいのだ。
「初心者の内は仕方ないか、ここは奢ってやるよ」
「あざっす!」
よし、できるだけ量の多そうなメニューを頼もう。
「だが、これからは自分の食い扶持は自分で稼げよ」
「それなんだけどさ、金ってどう稼ぐんだ?」
「基本はドロップ品の売却だな。生産職なら加工して価格を買い取り価格を上げることもできる。後はクエストクリアの報酬だな。レゼリアの中心には大量の掲示板があって、そこにプレイヤーからの依頼が集まってるぞ。素材の買取から、護衛、検証の付き添いとか。村の方の掲示板にはNPCからの恒常的なクエストとかが有志達の手によって集められている」
さすがに長くプレイしているだけあって、言葉に迷いがない。
「なるほどね、後でその掲示板とやら見に行ってみるわ」
「で、わざわざ人伝に呼び出した用件は?」
質問が返ってきた瞬間、空気が少しだけ引き締まる。
「まず、あらかじめ言っとくが今の俺はこのゲームのフレンドチャットも、リアルでのSNSを介した連絡もできない状況にある」
「は?なんでだよ?」
メタの眉がぴくりと動いた。彼が驚くのも無理はない。俺自身、まだ整理しきれていないのだから。
「一言で言うとプレイヤーを辞めた」
「待て、全然話が掴めん。プレイヤーを辞める?引退ってわけじゃないよな…現に今ここにいるし」
「正確に言えば、眷属ではなくなった」
「眷属?どの神の加護を受けるかってことか?それなら元から無いんじゃ?」
「眷属という言葉自体は知っているか?」
「そりゃ常用語としては知ってるけど、このゲームの言葉としてって意味なら知らないな」
メタは首をひねりながら答える。俺は軽く息を吐き、どう切り出すか一瞬迷った。信じてもらえないかもしれないが、話すしかない。
「そうか…眷属っていうのはプレイヤーのことを指しているらしい。そんでその眷属には特有の権能があって、リスポーンだとかインベントリとか、メニュー全般の機能とかがそれにあたるらしい」
「らしい?」
「伝聞調なのはあるNPCから聞いた話だからだ。ベネットって名前のNPCなんだが知ってるか?」
「いや、それも初耳だな」
「で、俺はひょんなことからその眷属から脱してすべての権能を失った。メニューは開けないし、視界に映っていたあらゆるUIが消失した。それに、情報が見えなくなっただけじゃない、適性の無い武器を扱ってもスタミナが極端に減少することは無いし、俺がモンスターを倒した場合モンスターの死体が消えずにその場に残るようになった」
「待て待て、詰め込みすぎだ。そんな一気に言われても呑み込めないぞ」
メタは両手を上げて制止する。俺もそれに気づき、肩を竦めて口を閉じた。確かに、いきなり話しすぎたかもしれない。
「とりあえず、今の俺は既存のゲームシステムから逸脱しているとだけ理解してくれればいい。そしてログアウトできなくなった」
「は!?ログアウト不可って大丈夫なのかよ?」
その声には明確な焦りがあった。メタは椅子から半分立ち上がるようにして身を乗り出す。
「メタも知っての通り、現実の俺にあんなんだからな。命の心配はない。それにログアウトできないってのもメニューが開けなくなった弊害であって、別の手段が用意されているかもしれないし、外部から強制的にログアウトさせることはできると思う」
「そうなのか…いやでも能動的にログアウトできないのはやっぱりまずいだろ」
メタは腕を組んで唸る。その表情には、どうにか打開策を探そうという意志が見て取れた。
「ああ、だからメニューから以外でログアウトする方法がないか聞きたくて呼び出したんだ」
「つっても、そんなもの…あるわ」
「マジか!?」
「余燼の鏡で行ける世界一つにSF的な世界観の場所があるんだが、確かそこのある機械をいじるとゲームが強制終了させられる小ネタがある!」
「じゃあそこにいけばログアウトできる?」
「その可能性が高いな。だが、そこは高レベルの場所で正直今のお前じゃ歯が立たないだろうな」
「マジかよ…ちなみに、ベネットというNPC曰く今の俺は一度死んだら本当に死ぬらしい。リスポーンできないんだとよ」
言葉にした途端、自分でも背筋が冷たくなる。メタは唇を噛み、しばらく黙り込んだ。
「つまり、ノーデスで踏破しなければならないのか…俺が一緒に行っても、パーティーは組めないし、安全とは言い切れないな…他のプレイヤーを呼ぶのも情報が洩れるし、得策ではないか…となるとお前自身を強くするしかないか」
「いったいどうするってんだ?もはや確認するまでもなくレベルは1というかレベルという概念すらないやもしれないんだぞ?」
「テムパルだな。言ってたよな?適性の無い武器も扱えるようになったって」
「確かにそうだけど」
「金ならいくらでも出してやる。それで最高の装備を整えて向かうぞ」
「いいのか?」
「友の危機に比べたら、ゲーム内通貨なんて天秤にかけるまでもないね」
真顔で言い切るメタに、胸の奥が熱くなる。冗談でもおべっかでもなく、心底そう思っている顔だった。
「ありがとうな、KEN」
「おうよ、まかしとけ」
短いやり取りの中に、確かな信頼があった。
「てか今更だけど、その胸ってツッコんでいいやつか?」
「ああ、これな。例のNPCとの問答で発覚したことなんだけど、俺のアバター実は女性だったみたいだわ。まぁ変わらず接してくれよ」
「なんだ、それは眷属を辞めたせいじゃないのか。…眷属を辞めたって、どう変わったんだ?」
メタが興味半分、心配半分の声音で尋ねる。
「現時点で分かってるのは、あらゆるUIが表示されなくなり、それに伴って俺に適応されるシステムそのものも変わってるということ。あとはモンスターの死体が残るのと、通常のアイテム生産ができないということかな。脱眷属以外のことでも多分新出の単語をいくつか知ってるんだが、それは大分曖昧な情報だから、また今度証拠とともに知らせるよ」
「やっぱお前スゲーな。初めて3日で、攻略組すらつかめていないような情報にお前という実物持ってくるんだもん。お前をこのゲームに誘って正解…ではないか。俺が誘ってなければそもそもこんなことにならんかったもんな」
メタの声が小さくなる。奴なりに責任を感じているのが伝わってきた。
「おいおい、お前の自虐なんて誰得だよ。お前が気に病むいわれはないだろ。それでも申し訳なくて、罪悪感があるというならその機械とやらまで俺を安全に送り届けろ。それでログアウトできようが、できまいが、それでチャラだ」
最後の一言を口にしたとき、俺は笑っていた。メタも少し間を置いてから、苦笑交じりに頷いた。
主人公はメタに対して情報を開示することに一ミリの迷いもないようですね。そしてTS要素が意味を持つのはだいぶ後になりそうです。
あと、メニュー開けないのに買い物してるのは所持金を現金として持っているという認識で構いません。本来なら電子決済みたくウィンドウ上の操作で完結するところですが、一応現金も使えるということで。




