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17.いざリベンジ、喰緑花王マングローディス

「じゃあこれで、今回の定例会は終わりね」


 リーズさんが手元のメモ端末をぱたんと閉じる。その音を合図に、場の空気が少しだけ緩んだ。


「今回はお互い進捗がよくないみたいだな」


 玄が椅子の背にもたれ、低くぼやく。


「そりゃそうでしょ、大型大会が控えているってのに、自分の研究を優先する余裕なんてないよ」


 ラナさんが肩をすくめて笑う。


「皆大変そうだね…」


 クロさんが遠慮がちに呟く。


「あれ、クロは違うの?」


「僕はそんなに忙しくないよ。まぁ浮いた時間で別のゲームやってたんだけどね」


 クロさんが軽く笑うと、リーズさんが少し眉を顰める。


「そんなこと言っても依頼がゼロってわけじゃないんでしょ?ほら、あなた達今日はもう自分の仕事場に戻る。謎に私達って集団として見られてるんだから、仕事サボって他の人の評判まで下げないように」


 言葉と同時に、リーズさんが手を叩いて皆を追い立てる。少し騒がしいが、それがこの定例会の締めくくりであった。


「じゃあ今日はもう帰ろうかな、あそうだ、ロラフ君通信機の件だけど在庫品になるが、とりあえず一組渡しておくね。それでリーズと連絡を取るといい。そしたらリーズが仲介役となって僕らの納品の報せが届くだろう」


 クロさんがインベントリを開いていた。光の粒が散り、そこから彼が取り出したのは、古めかしい機械。


 クロさんがインベントリから取り出した二対の機械を俺に渡す。それは、一昔前のガラケーのようなものだった。ディスプレイと入力ボタンの二段構造にアンテナがついている。


「あらかじめ、接続しておいた通信機を識別して文字のやり取りができるよ。操作自体は矢印ボタンと中央の決定/キャンセルで、文字の入力はパソコンのキーボードを簡略化した構造だからすぐになれると思うよ」


 説明に伴った実演、その指先は慣れたもので、機械を扱う姿には職人の静かな精度があった。


「ありがとうございます」


「あと、余燼の鏡で分かたれた世界間では電波が届かないからその点は気を付けてね」


「それじゃ、バイバイ~ロラフ君」


 ラナさんがひらひらと手を振る。三人が俺とリーズさんを一瞥して工房を去っていく。去り際の足音が遠ざかると、工房は急に静かになった。


「ロラフ君、玄のことあまり悪く思わないで上げてね?あいつは無口で無愛想だけど、悪い人ではないから。玄は主に武器、防具を取り扱ってるから今の時期は凄く忙しいの。それなのに君の依頼を受けてくれたからね」


 リーズさんは柔らかく微笑みながら、クロたちが去った扉の方を見た。


「ええ、感謝していると伝えておいてください」


 俺は笑顔で返す。


「なら、良かった。さて、二人きりなったことだしその体のこと教えてくれる?」


 途端に空気が変わる。彼女の声音は優しかったが、そこに探るような真剣さも混ざっていた。


 最初に俺の変化に反応を示していたのに、第三者がいる場ではそのことを追及してこなかったのは俺の事情を察してか、ありがたい話だ。しかしどこまで説明したものか、俺の周期的なリ・セ・ッ・ト・のことまで話してよいものだろうか。とりあえず疑問に思われるまでは最低限の開示で済ますか。


「端的に言うとですね、俺本当はネカマだったみたいです」


「だったみたい?」


 リーズさんが小首をかしげる。


「これが本来の姿であって、以前見せていた俺の姿の方が偽装したものなんです。三か月前の俺がこのふくらみを隠すような細工を施してたみたいで。だいぶ前のことでしたから俺も忘れてしまっていて…」


「なるほどね、心配して損した…でもそんなアバターの見た目を大きく変えられるようなアイテムってあったかな?サラシを巻いたってヒットボックスが変わるから見た目は変えれないはずだけど…」


 リーズが腕を組みながら考え込む。


「その…手段はこう、偶発的なもので自分でも説明がむずかしいです…」


「何も詮索しようってわけじゃないよ。その体のことを聞いたのも性別のことを問いただすってわけじゃなくて、アバターが大きく変化するなんて、何かよからぬことロラフ君の身に起こったんじゃないかって思っただけだから」


 優しい言葉が胸に刺さる。とてもじゃないが、今ログアウトできないんですとは言えないな…


「あとリーズさん、この通信機を持っていない相手とどうにか連絡する方法ないですか?」


「プレイヤー検索機能を使えば、面識のないフレンドじゃない相手にも一方的にメッセージを送れるよ。ただフレンド機能が使えないてってことはそれも使えないよね?」


「…はい」


 短い沈黙。リーズが軽く息を吐いてから、言葉紡ぐ。


「じゃあ、伝言って形で私からその連絡を取りたいプレイヤー相手にメッセージを送ろうか?」


「お願いしてもいいですか?」


「遠慮なくお姉さんを頼りなさい!」


 彼女の冗談めいた言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。


「ではお言葉に甘えて、メタトロンという名前のプレイヤーに『明日の17時にまた、例のカフェで会おう』と送って欲しいです」


「メタトロンね。あ~前言ってたメタって友達、このプレイヤーか」


「メタのことを知っているんですか?」


「一方的にだけどね、この人PVP界隈で名が通ってるんだよね。名の通り対戦相手や環境で流行りの構築を尽くカモにする。一流のメタ戦法の達人て感じで、まぁ、讃えられるというよりは面白がられるか、嫌われてるイメージだけど。あ、ごめんね?私はお友達のことを別に嫌ってないよ」


「いや、あいつは好き好んで相手の嫌がることする人種なので、嫌われて当然ですよ。なのでリーズさんは真実を口にしているだけですから気にしないでください」


 リーズが笑い、俺もつられて笑った。工房の明かりが二人の笑顔を照らす。少しだけ、温かい時間だった。


◇◇◇


 リーズさんの工房を後にした俺は今、再び草原世界に来ている。鏡をくぐった瞬間、柔らかな風と土の匂いが肌を撫でた。遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。


 生産職の面々からの納品を待つ間、インベントリが使えないから素材の採取はできないし、当然錬金術も諸々の材料が足りないため出来ない。そんな俺が唯一できることはPVEくらいである。


 そして今の俺はスタミナという枷から解き放たれのだ。前回はスタミナが足りず、あと一歩というところで敗北したここの第一のボス、《喰緑花王マングローディス》へのリベンジと行こう。


「まずは、プルームプラントの果実を手に入れないとな」


 今の俺の手には短剣が握られている。柄に伝わるひんやりとした金属の感触が、奇妙に心を落ち着かせた。適正だとかのしがらみからも解放された俺はついぞ刃物を扱うに至ったのだ。まぁこれは訓練場で買った安物だけどな。


 目についたプルームプラントを発見したロジックに当てはめて切り刻んでいく。狙いを定めて、スッと短剣が風を裂いた。


 結果としては予想外にも一体目で果実が手に入った。一度成功しているとはいえこうも上手くいくとは、それなりに繊細というか気を配る点が多いから何体かは失敗すると思ってたんだがな。


 だが、妙な違和感が頭を掠める。


 しかし、これは偶々上手くいったというわけではないようだった。そもそもこの作業が難航する原因は分割したプルームプラントの体が消滅してしまうからだ。だから、一撃で果実のみを摘出することはできないし、即死判定にならにように地道かつ最低限の攻撃回数を意識しなければならない。


 だが、今回のプルームプラントとの戦いでは、その本体から切り離された身体の一部が消えるという現象が確認できなかった。いくらプルームプラントの体を切り裂いても、地面に奴の亡骸が積もっていくだけで、見慣れたゲームでおなじみの死体の消滅は起こらない。


「もしや、これなら…?」


 試しにと、二体目のプルームプラントへと相対する。今度は果実を手に入れるために、わざわざ分割を重ねるのではなく普通に倒してみる。


 奴の生命活動が停止し、比較的綺麗な亡骸が地に倒れこむ。


「やっぱり死体は消えないし、果実も残ったままだ…」


 思わず呟いた声が、風に流れて消える。


 これはとんでもないことだ。変わったのはプルームプラントではなく俺だろう。脱眷属の影響はUIが消失し、それに伴ったシステムの変化だと思っていた。だが、実際にはモンスター側の要素である死体の消滅という、ゲーム特有のご都合主義的なシステムすらも俺には適応されないというのか。


 悪く言えばモンスターを倒してもドロップアイテムが手に入らない。少なくとも、モンスターの亡骸に含まれていなようなものは手に入らないだろう。

 

だが、よく言えばそのモンスターの全身が手に入るということである。これがちゃんとアイテムや素材として機能するかは定かではないので、まだ有用かどうかはわからないが。ただ、もしこれが通常のアイテム・素材と同様に機能するのであれば俺にしか入手できない特別なものとなるはずだ。


 脱眷属という逆張り、その真の強さの片鱗を見た気がした。


「だが、結局一つしか持てないなこれ。片手は短剣で埋まってるし、鞘と剣帯も用意しないと。さて、準備もできたし本番戦と行きますか」


 先日、メタと共に進んだ道。マップを確認できなくともわかる。その道を、この世界の深みを目指して歩んでいく。足音が乾いた草を踏む音とともに、胸の鼓動と重なった。そして目的の場所へとたどり着いた。


 大地が揺れる。地面が割れ、そこから土煙を纏って喰緑花王マングローディスが自らの手足である触手と共に勢いよく飛び出す。

 

 地鳴りが腹の底まで響き、思わず歯を食いしばる。


「GYAAARAAARRAAAA!!」


「帰ってきたぜ!マングローディス!」


 咆哮が空気を震わせ、戦闘が始まる。

 

 攻略法はもう確立している。奴の真正面から奴へ接近する、奴の攻撃範囲に入るために。行くは左右の触手の中間。左右からの振り下ろしを回避し、二つの触手の先端、その連結部に身を乗せる。


 今から行うのは触手の跳ね返りを利用した大跳躍!


 躰が宙に放たれる。風が肌を切り裂くように冷たい。眼前に広がるのは奴の花弁、大地を捕食するためのでっかいでっかいその口。その中を目掛けて、片手に握るプルームプラントの果実を投げ込む。


「今回はこれで終わりじゃないぜ!」


 浮遊時間が終わり、落下が始まる。重力に引かれ、視界が一気に傾く。


「おら!!」


 落下のエネルギーを利用して、奴の体に一本の縦筋を入れるように刃を突き立て、落下を続ける。茎と金属の刃が摩擦し、奴の体を裂いていく軽快な音が鳴り響く。


 奴の体で落下速度を緩和したおかげでこっちはノーダメ(HPの実数値は見えないので、体感上の話だが)で着地。土を踏みしめ、呼吸を整える。


「GyAaara…」


 プルームプラントの果実による麻痺が始まった。奴と触手がぐでんと萎び、地面へと倒れこむ。

 

 前回なら素手だから時間がかかってしまったが、今は短剣。つまり斬撃で攻撃ができる。


「ほら、スルスルと切れてくな~?」


 一本、二本と次々に無抵抗な奴の触手を撃破していく。刃を引くたびに、抵抗がなくなる感覚が心地よい。しかし、結局は安物で刃渡りも短い短剣なので撃破した触手、その断面は荒々しく、内部の組織はぐずぐずにかき混ぜられていた。


「三本目!これでラスト!…ハァハァ……」


 しかし息が上がる。喉が焼けるように熱い。

 

 システム的なスタミナからは解放されたはずだが、精神的な疲労かなんかか?触手を撃破したタイミングでどっと体が重くなる。あの、スタミナ切れのような極度の脱力というわけではない。だが確実に思考が、身体制御が拙くなっていく。


 だが、残すは本体のみ。前回と違ってまだ麻痺の拘束時間は残っている。重い体に鞭を打って攻勢を続けようとする。だが、体は長距離を走った後に一度足を止めてしまったかのように、再度満足に動き出すことはなかった。


 さながら、現実そっくりの緩やかな疲労の蓄積と回復の遅さ。ないはずの鼓動が鳴り止まない。前のスタミナシステムからは解放されたが、その先にあるのは無限のスタミナというわけではなかった。


 それでも、無意識に膝についてしまいそうな手を、顔をあげて。切っ先を振りあげ、弛緩した奴の本体へと突き立てる。


 浅い、でも引き抜くこともできない。満足に力が籠められない。半ば寄りかかる形で行った攻撃で俺の攻勢は終わってしまった。自然と顔を伏せて、呼吸を整えようとしてしまう。


「ダメだ…奴が回復しだしちまう…」


 奴の茎に触れている掌に振動を感じる。奴が動き出そうとしている。


「もう回復したのかよ……【限界突破】!!」


 本当に発動したのかはわからない。本来の一瞬にして倦怠感が全快し、全身に力がみなぎるような感覚はなかった。ただ、自らを鼓舞しただけかもしれない。


 だが、俺は動き出した。錯覚かもしれない、足を引きずるような苦しみは確かにある。だというのに意識だけはきりはなせたように冴えわたっていた。その叫びがトリガーとなって、起こったのだろうか。


 まるで、反応の鈍いロボットを操作してるかのような感覚だった。


 今の俺には思考の迷いなんて無く、短剣を引き抜き、再度つき刺し、その勢いを殺さぬように横方向へと奴の体を裂く。ただ冷静にその作業を繰り返していく。


 その間も奴は地面を喰らい、回復をしようとしていた。だが、おれの攻撃動作は酷く地味であるものの、あまりも効率的で機械のような完璧で迅速な反復動作であったため、奴が大地を喰らい終わる前に決着がついた。


 勝利を知らせるファンファーレも賞賛の言葉もない、ただただ静寂な空間だった。


「…はッ!終わったのか?」


 勝利したと認識したころには既に、喰緑花王マングローディスは亡骸となっていた。残ったのは、風にそよぐ花弁と、湿った土の匂い。


「なんか解せない形だけど勝利は勝利か…リベンジ成功!」


 そう口にした瞬間、力が抜けた。


 しかし、あの過集中的な現象は何だったんだ?俺の知っている【限界突破】の効果ではないし。そもそも脱眷属した今の状況でも称号がつかるのだろうか。


「まぁ、考えてもわからんか。で、これどうしよう…」


 眼前に広がる巨大な植物の亡骸、これ放置したら次の《喰緑花王マングローディス》が湧かないとかあるか?ていうか、他のプレイヤーにも同期してこれが見えてるのか?


「持ち帰れはしないが、一応邪魔にならないようにばらすだけばらすか」


 既にだいぶ引き裂かれ体であったが、今度は魚をさばくように丁寧に刃を入れていく。まぁ、魚さばいたことないけど。


 さすがに根っこの部分を掘り返すのは無理なので、地表に出ている分だけばらしておく。触手は先端部部分を切り落として、あとは縦に割る。本体のぶっとい茎は切り開いた空間に入り込み時間をかけてこの小さな刃で細かくしていく。


 大体2時間くらいかけて解体作業は終わった。終わるころには全身が奴の体液まみれだった。戦闘時間より長いのはキツイ。これは解体用の道具も用意しないとダメだわ。


 そんで、ここまでして持ち帰れるのは僅かな量なのがまた、心に来る…。

 

 しかし俺もそこまで馬鹿ではない。そこら辺の木のそれなりに太い枝をいくつか折って、奴の触手の一部をロープ代わりにして即席の背負子を作り、できるだけ奴の遺した素材を詰め込む。とりあえず花弁とか触手の先端とか大事そうな部位を優先して持ち帰ろう。


 重い体に重い荷物を抱えて、帰路に就く。


 何度か往復すればすべて持ち帰れたかもしれないが、そんな気力はもうなかったし、使い道のわからないものを大量に抱え込みたくはなかった。


 現世に帰った俺は奇怪なものを見るように多数の視線にさらされながら訓練場の個室へとたどり着く。


 もう今日はログアウトしようと思ったが、できないことを思い出す。とにかく疲れを癒したいのでその日は身を清めたら、そのまま個室の床で雑魚寝してしまった。


 ゲームの中で眠るのなんて久しぶりだなと思いながら、俺は意識を手放した。

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