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16.生産職達との茶会

 今俺の目の前に聳え立つのはリーズさんの工房の扉である。ここには既に二回訪れており、今更この扉を叩くことに特段緊張感を持つこともないだろう。だが、今の俺の胸中は扉に触れようとする自らの手の後ろ髪を引くものであった。


 なぜなら、今回の訪問はアポなしだからである。UIの消失によって、フレンド機能も使えなくなりメールのやり取りができなくなってしまったのだ。


 逡巡の末、俺は胸の奥にこもったもやを振り払うように息を吐いた。


「えーい!男は度胸だ!」


 この世界じゃ女だけど……。


 自嘲を心の中で唱えながら、意を決して扉を叩く。数秒の間をおいて、扉の奥から「はーい」と声が響き、取っ手が回る音がした。


「あれ、ロラフ君……って、どうしたのその体!?」


 彼女の視線が俺の胸元に釘付けになる。心配と驚きが入り混じった目だった。


「ちょっと、自分でも色々とこんがらがっていて……」


 どう説明したものか、ネカマの件なんて、どう切り出せばいいんだ。言葉が喉につかえる。


「あれ、見ない顔だね。てかカワイ!!」


 唐突に割り込んできた甲高い声。リーズさんの後ろから、ひょこりと顔を覗かせたのは知らない人物だった。


「ちょっと、ラナ。初対面でそれは驚かせちゃうでしょ。ごめんねロラフ君、この娘は私の友人なの」


「どうも、ご紹介いただきましたラナでーす。見ての通りハーフリングだよ」


 リーズさんの背から横にずれて姿を現した彼女は、背丈こそ小さいが、その分、身振りと笑顔がやたら大きい。小人(ハーフリング)のその体から快活さがにじみ出ていた。


「あ、どうも。俺はオーロラフォージのロラフです」


「俺っ娘なんだ、個性強いね~。てか何々?リーズ、ついに念願のオーロラフォージ、それもロン毛の子を見つけたの?」


「そんなものみたいに人のことを言わないの」


「あ、ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど、気を悪くしないでね?」


「それで、ロラフ君どんな用かしら?来るなら一報入れてくれればいいのに」


「その……一報入れられなかったのが用件というか……」


「……?よくわかんないけど玄関で済むような話じゃなさそうね。どうぞ入って。中に他の友人もいるけど仲良くしてね?」


 リーズさんが手を広げて工房の奥を指し示す。誘われるままに、ラナさんと横並びで中に踏み入った。その先に用意されていたのは円卓。そこには既に二人の人物が腰かけていた。片方は毛むくじゃらの小柄な男、もう片方は全身を機械で構成された長身の人物だった。


「紹介するね。奥に座っている小さなおじさんがドワーフの(ゲン)で、右の機械種(ノーム)がクロだよ」


「だれがおじさんだ!俺はまだ三十三だ。して、新たな客人か。俺らとの会合に被せるとは、リーズ、それはちと杜撰じゃないか?」


 低く響く声とともに、玄が眉をひそめる。

 ドワーフらしい威圧感に少し身がすくんだ。


「予定外のことだったの。それにロラフ君を委縮させるようなこと言わないでくれる?」


「まぁまぁ二人とも落ち着いて。ここはこの紅茶でも飲んで……」


「ああ!クロが飲み物こぼしてショートしてる!」


「あばばばば……」


「ちょっと何してるのよクロ!ノームは飲み食いできないでしょ!ほら、玄も拭くの手伝って!」


「仕方ねえな」


 なんだ、このコント空間……。


「てか何でクロにお茶出してるのよ」


「あ、ごめん。ミズキが【紅茶が湧き出る鹿威し】くれたからつい……」


「なにその面白アイテム?てか、クロもクロよ、なんで飲むわけ?断りなさいよ」


「いや~ごめん。僕、よく自分がノームであること忘れちゃうんだよね、最近他ゲーやりすぎてたかも」


 ため息をつくリーズさんの姿が、母親のように見えた。


「ロラフ君ごめんね。こんな情けない光景見せちゃって」


「いえ、大丈夫です……」


 どこか落ち着くこの混沌な様。不思議と悪い気はしなかった。


「遅れたけど、二人にも紹介するよ。この子はロラフ君、見ての通りオーロラフォージだよ、髪の毛は長いけど装備の通り初心者だから優しく接するように」


 リーズさんが少し誇らしげに紹介すると、二人の視線がこちらに集まった。


「俺は玄、鍛冶を嗜んでいる生産スタイルとだけ言っておく」


「僕はクロ、回路系の生産スタイルだよ。よろしくね!」


 それぞれの自己紹介が終わる。玄の声は低く響き、鍛えられた金属のように硬い。対してクロはどこか軽快で、機械の身体なのに表情が柔らかく感じられた。


「皆さん生産職の方なんですね。ということは」


「そう、私も生産職だよー。私の分野は裁縫だね」


「今日は生産職同士での定例会だったんだ。いつもならミズキっていう木工を得意とするニンフのプレイヤーもいるんだけど、今日は来れなかったみたい。機会があればその娘も今度紹介するね。ささ、椅子も余ってることだしロラフ君も座って。それで何の用かな?」


 差し出された椅子に腰を下ろす。周囲には作りかけの道具や素材が所狭しと並べられ、金属と革、薬品と布の匂いが入り混じっている。職人たちの集う空間らしい熱があった。


「錬金術を進めていくうえで欲しいアイテム、というか道具ありまして。ポーションを入れる容器なんですけど」


 自分の声が少し硬くなっているのを自覚する。初対面の場で頼み事をするというのは、やはり気が引ける。


「それって、ガラス瓶だけが欲しいってことだよね?」


「いえ、ガラスじゃなくても水筒的な液体の保存容器であればいいです。でも、中身が見えた方がいいのでガラスの方がありがたいですね」


「玄、ちょっとガラス細工かじってたよね?作ってあげなよ」


「はぁ?何故俺がしてやらねばならんのだ。リーズは懇意にしているようだが俺とそのオーロラフォージは別に何の関係性もないだろ」


 腕を組んで鼻を鳴らす玄。まるで金槌の音のように冷たい響き。


「ガラスを生成できるほどの高火力の炉を持ってるのあんただけなんだから仕方ないじゃない」


「そうだな、何に使うのかは知らんが、そんな品はそいつにしか需要がないであろうからな。オーダーメイド分の料金を払うなら作ってやってもいいだろう」


「それ本気で言ってるの?そんな金額初心者に払えるわけないじゃない」


「でも私は玄に賛成だな。いくらリーズがロラフ君に懇意にしていて、ロラフ君が初心者だからって無条件に施すようなことはよくないと思う」


「それは…」


 リーズさんが困ったように眉を寄せる。仲間思いの彼女らしい反応だ。だが、理屈としてはラナさんの言い分にも一理ある。


「もちろんお金は払います。というかあくまで見積もり程度に話が聞ければよかったので」


「そっか、ごめんね、私一人でつき走ってたみたい…」


「そんな、俺のことを思ってのことみたいでしたから。そのお気持ちはすごくありがたいし、嬉しいですよ」


「ありがとう。でもオーダーメイド料金なんて作るものによってまちまちではあるけど基本的に高いよ?玄となれば値下げなんて絶対してくれないし」


「ちなみにどれくらいの値段になりそうですか?」


「まぁ、サイズにもよるが一つ当たり1万ミルくらいはするであろうな」


 一つで万だと!?思わず目を見開く。高すぎる、たかがポーション一つのためにそこまでの金額はかけられないな…


「しかし、ガラスでもなくていいのであろう?なら、ミズキに竹の水筒でも作ってもらえばよいのではないか?それなら一つ、千ミル程で済むであろう」


 なるほど、木工の職人に頼むか…しかし、ポーションの容器としてガラス製のものでなくとも機能するのかは定かでないし、ガラス製のものも最低一つは欲しいな。


「ロラフ君とやらそれって、革製の水袋じゃダメなのかな?」


「そうですね。何ならそれも追加で欲しいってとこですね」


「なら私が作ってあげるよ。それなら一応量産品だからね、お金もそこまでかからないよ、千ミルもあれば十分だね」


 そう口にするラナさんの表情は、どこか楽しげだった。


「ありがとうございます。ラナさん」


「いいってことよ、ただ私ちょっとその髪の毛に興味あるな~」


「髪の毛ですか?これって錬金術にしか使えないんじゃ?」


「そのままじゃ確かにそうだけど。錬金術で一度中間素材にしたら他の分野でも使えるんだよ」


 なるほど、錬金素材の転用だったか。


「いいでしょう俺の髪の毛を一部譲渡してもいいです。いいですよねリーズさん?」


「髪の毛所有者はロラフ君だし、私に確認しなくてもいいのよ?」


「いえ、一応リーズさんに「一人で使う分には自由に切り取っていい」と言っていたので、確認をと。そして問題ないということですね。なら、代わりに追加で製作を依頼したいものがあります」


「ほう、その依頼品とは何だい?」


「バックパックです」


「鞄ってこと?」


「そうですね。色々な荷物を運ぶことができる背中に背負う形の鞄が欲しいです。理想を言うならできるだけ大容量で、背負ったまま戦闘ができるとなおよいです」


「それ、面白いね!インベントリがあるからわざわざ鞄なんて作ったことなかったよ。君のアバターの体格に合わせる形になるから、オーダーメイドになるけどそれと水袋を含めても報酬は髪の毛だけでいいよ」


 ラナさんが瞳を輝かせて笑う。その反応に、俺もつられて口元が緩んだ。


「ありがとうございます。そして、クロさんでしたか」


「うん?僕にも何か用かい?」


「あなたにも依頼したいものがあります。通信機を作ってほしいんです」


「確かにそれは回路系で僕の分野だ。だがね、君が期待しているようなものは作れないと思うよ?」


「というと?」


「通信機自体は過去に作ったことがあるんだ。だけどそれの有効範囲は結構狭くてね、生声が届かない状況でも通話ができるという代物ではないんだ。一応通話じゃなくて文字でのやり取りなら有効範囲に縛られることは無いんだけどね。ただそれならフレンド機能のチャットを使えばいい話だし」


「いえ、それこそ私が求めているものです。実は今の俺はチャット機能が使えない状態でして、これは直るようなものでなさそうなんです。いま突然訪問してしまったのもこれが原因です」


 静かなざわめきが場を走った。皆、言葉を選ぶように黙り込む。


「それは大変だね…。もちろん協力しよう。そうだね僕も君の髪の毛を一部分けてくれるかい?お金は求めないよ」


「ありがとうございます」


「しょうがないな…俺だけ協力しないというのはなんだか気分が悪い。いくつかガラス瓶を作ってやろう。俺も同様に報酬は貴様の髪の毛でいい」


「ほんと玄は素直じゃないんだから」


「なんだと?」


「あー、何でもない」


「フン」


 玄さんの不器用な優しさに、思わず苦笑が漏れる。


「これで話は落ちついたみたいね。ミズキには私から依頼を出しておくから安心してね。しっかし、私だけ見事に仲間外れか…」


「いえ、リーズさんにも頼みたいことがあります」


「え!何々?」


「俺が皆さんに渡す髪の毛を、皆さんの要望に沿って中間素材にしてあげてください」


「そういうことね。オッケー任せなさい」


 リーズさんが微笑む。その笑顔に、胸の中の緊張がようやくほどけていくのを感じる。


 こうして生産職の面々とのやり取りは終了した。机の上には、依頼の約束と新たな縁が静かに積み重なっていた。

種族図鑑:ドワーフ:ヒューマンより筋繊維の密度が高く、その分体の体積が小さい種族。男性の場合強制的に髭ダルマになる。エルフが森林への適応ならドワーフは地下への適応を望まれた種族である。ちなみに体毛が濃いという特徴もエルフの尖耳同様に、誕生の際にヒューマンたちのステレオタイプなドワーフ像によってできたものであるため、何か生態上の役割は無い。

ステータス成長値

HP :7  

MP :1  

ATK:7  

INT:1 

VIT:7   

MIN:3  

AGL:2 

DEX:12  

LUC:5


ハーフリング:所謂小人、第一世代のハーフリングはもっと小さく小動物程度のサイズであった。彼らに求められたのは食物連鎖における頂点としての存在以外の死生観・倫理観であったが、当然思想や考え方が異なり、弱者として生み出された彼らはヒューマンたちに滅ぼされた。今のハーフリングはある程度の多様性を残しつつ、ヒューマンに迎合する形で新たに生み出された種族である。

ステータス成長値

HP :3

MP :5

ATK:3

INT:4

VIT:2

MIN:4

AGL:10

DEX:8

LUC:6


ノーム:ロボットに自己意識が芽生えたのではなく、機械の体に精霊と呼称される意識的存在が宿った存在である。そのため最初から人型のロボットというわけではなくその体は機械の集合体である。これは偶発的に生まれた種族でヒューマンが意図的に生み出した種族ではない。機械部品というカテゴリーのアイテムをその身に取り込むことで様々な機能の追加や形の変化が起きる。

ステータス成長値

HP :7  

MP :3

ATK:7  

INT:3 

VIT:7   

MIN:3  

AGL:5

DEX:5 

LUC:5


ちなみにかつての遮断機はクロとリーズの合作です。

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