1.逆張りとは即ち初見殺し
少し離れた樹林の中で銃声が響きわたっている。連鎖するように二つの銃声は飛び交い、やがて薬莢の爆発の共鳴は終わりを迎えた。そして巨大な静寂がこの島を包み込み、同時に『残り人数:2』という文字が眼前に現れる。
「お、終わったか、ちょうどいいや」
腰を上げ、左手を大きく振りまわして付着している汚れを落とす。
「しっかし、物資の数にも限りがあるし余裕ないなーこれ、さっさと行くか」
俺は景気づけにとグレネードを一つ左手で拾い上げて不格好な投球フォームで宙へと放り投げ、樹林へと駆け出した。
◇◇◇
「さぁこれで残り人数二人。今大会もいよいよ大詰めだ!」
生存者の二人を背から追う映像が映し出されるモニターを前にした実況席で言葉が紡がれる。
「ラスト1v1シチュエーションの展開ですが状況としてはどうでしょうか?」
出来合いの言葉がモニターを前に設置された実況席のもう一人の人物へと投げかけられる。
「そうですね。”マグネティック”と”ディストーション”の対面ですが言うまでもなく”マグネティック”有利です。マグネティックは攻撃も防御も移動もこなせるOPキャラですからね、そもそもディストーションはタイマンでは無能力に等しいですし」
「なるほど、では順当に行けば勝利は”マグネティック”のものと?」
「いや、そうとも言い難いところですね。よく考えてみてください、この状況は異常なんですよ」
「異常というのは物資量の差ですか?確かに試合開始時点から敵撃破を重ねてる”マグネティック”に対して”ディストーション”はいまだ0キル、そのリソースは見たことないほど差が開いてますね、ここまでくると相性とか関係なしに物量で押し切れそうなものだし異常とも言えますかね?」
「20点です」
「辛口ですね…残り80点は何なんですか?」
「能力のピックですよ」
「つまり”ディストーション”が選ばれているのがおかしいと?好みの問題ではないんですか?」
「まぁ、好みの問題もありますが”ディストーション”に限っては明らかに別の意図がありそうなんですよね」
「というと?」
「ディストーションは隠密に長けた能力であって敵を倒すのではなく生き残るのが得意な能力です。通常のオンラインマッチなら生存率を高めて少しでも高い順位を稼ぐっていう目的でピックするのもわかりますがここは大会です。最初から優勝を捨てて二位三位に収まるってのは考えにくいです」
「つまり?」
「ソロモードの今大会においてOPたる”マグネティック”で溢れかえるのは予想できることです。そのうえ今のマグネティックのメタはマグネティックだけといわれるぐらいですから。そんな中ディストーションを選んだ、つまりディストーションはマグネティックに対してミラー以上の有利択が取れると踏んで選ばれたであろうということですよ」
「確かに今大会の”ディストーション”以外の選手は皆総じてマグネティックでの出場でしたね。しかしそれだけのOPキャラに対して本当にそのような有利択はあるのでしょうか?信じがたいのですが」
「正直私も予想がつきません、ですから今一度おさらいしましょう。ディストーションの能力は自分を中心に、正確には右腕ですね。そこから音を遮断するバリアを展開することです。バリアの内側で発生した音は外には届かず、外で発生した音もバリアの内側には届かない。その効果が故にバリアの内と外どちらにいようがどちらかが一方的に有利になることはほぼありません。唯一他の能力より優れているのはCTがなく、いつでも能力のON/OFができてエネルギーを消費することも無い。燃費だけはいいところですね。音にしか作用しない性質上視認されれば意味をなさず、戦闘に生かすことも難しい最弱の烙印を押されてる悲しい能力です。対してマグネティックは攻守一体の能力、その能力は強力な引力と斥力です。効果範囲は小さく、金属カテゴリーのものにしか効果がないという制限はありますができることは実に多彩です。自分を対象物に引き寄せるブリンクや逆に斥力で対象物からの緊急離脱、金属判定のオブジェクトなら操作して遮蔽物にしたり逆に相手の遮蔽物を取り上げたり、そのまま相手にぶつけたりできます。なにより至近距離でなら相手の銃器を奪うことも可能です」
「え…!?それ完全にディストーションに勝ち目無くないですか?加えて物資量の差もあるんですよ?」
「一応CTがあるにはあるんですがこれも効果に見合った長さとは言えないものです、まさかこの大会前の調整が類を見ないOPキャラを生み出すものとは想像していませんでした」
「まさかラスト1V1が一番見どころなくして終わるなんてことにならないですよね!?」
「それは”ディストーション”に期待するしかないでしょう。あるかも定かではないですが私達の知らないディストーションに!」
「な、なるほど…では皆様も”ディストーション”の一挙一動に注視しながらご視聴ください!。おっと、ここでついにファーストコンタクトが起こったようだ!これ以上のつなぎのトークには困っていたもので助かります!」
◇◇◇
”マグネティック”と”ディストーション”二人の邂逅の契機は爆発音だった。
『誘われている』それが空中で発生した爆発に対する”マグネティック”の回答だった。まるで自分の位置を叫ぶようにまたはその偽装か、何かしらの作為のもと発せられたであろう爆発。その発生地へと歩みを進めるのはミリタリージャケットに身を包み、ナイフと拳銃一丁のみを携えた軽装の男であり映像を通した向こう側で”マグネティック”と呼ばれていた人物であった。この”マグネティック”という呼称はこの男の名前ではなくこの男の右手に埋め込まれたデバイスの名称である。
プレイヤーは異能ととんでも技術を秘めた近未来的デバイスを右手に埋め込み、多様な姿を持つ巨大島で優勝を賭けて最後の一人になるまで戦う。それがこの世界の全容である。そして、その結末が見えてきていた。
草木が生い茂り足場も視界も悪い、金属製で人工物の類のものほとんどない。ここで戦いが起きれば絡め手の無い純粋な撃ち合いがでことが決するだろう。しかし、あの爆発はこの樹林の外地図で言えば廃ビルが群生している砂漠地帯で起こっていた。あれが陽動だとして相手は樹林で戦いたくはないということか?ということは相手は俺と同じくマグネティックなのだろうか、もしミラー戦ならこれが手に入った今なら絶対に勝てる。
警戒すべきは相手の得物が長物で開けた砂漠地帯へと誘導している場合だ。もうすでに樹林と砂漠の境界は監視されていて俺の姿が見えた瞬間に狙撃の猛攻にさらされるかもしれない。長距離での戦いは今の俺の装備では厳しい、反面距離さえ詰められれば勝てる策はある。
ザッ…
そんな思考を断ち切るように前方から草木をかき分ける音が聞こえてきた。足を止めて腰のホルスターのハンドガンを抜いて顔の前で構える。直後、俺は銃口の先で音の主を捉えた。相手と目が合うのと同時に俺は引き金を引いた。僅かばかりの硝煙に狙いを妨げられないよう、相手の反撃を躱そうとサイドステップを挟み再度銃を固定して射撃体勢をとる。
「なっ…!」
しかしそこにはもうさっきの顔はなく、代わりにあるのは急激に膨張して眼前を覆う大量の白煙だけだった。周囲の警戒を数秒程するも続く向こうからのアクションは何もはなく、足跡の類ももう聞こえない。
「逃げたのか…?」
相手がディストーションならまだ近くに潜伏している可能性はあるがそれならば向こうも俺のことを見失っているはずだ、特別警戒する必要はない。しかし確かにあの初撃はヘッドショットとはいかなくともヒットした感覚があった。何故ここで遭遇したのかはわからない。だが、血痕を見れば追跡は容易なのだ。予想できない策を奴が講じていたとしてもそれが花咲く前に勝負をつければいい。このまま決め切ってやる。
腰をかがめ血痕を探す、しかしそれらしものはなかった。おかしい…いくらスモークで見にくくてもこの至近距離で発生した血痕を見つけられないのは不自然だ、余程遠くに血痕が生成されたのか?そう思い少し離れたとこまで捜索したところあるものが目にはいった。
「これは…スモークグレネード、さっきの残骸か?」
拾い上げてよく見てみると俺はおかしな点に気づいた。スモークグレネードのピンは抜かれておらず代わりにその外郭にはちいさな穴が開いていたのだ。そうか…今思えばあのスモークの挙動はおかしかった、まず接敵してからコンマ数秒で捕捉を振り切れるほどの範囲に十分な濃度のスモークを広げるのは本来のスモークグレネードの仕様としては無理だ。あの僅かな時間ではできて精々ピンを抜くくらいが限界のはず、なのにあの様だ。
「やられた…!」
この銃弾サイズの小さな穴と命中したはずなのにない血痕。実際に俺が打ったのは奴ではなくこのスモークグレネードだったのか…単発撃ちで数メートルの近距離にブレの少ないハンドガンで撃ったんだ、俺の狙いが外れて偶々奴の携帯していたスモークグレネードを撃ち抜いたわけじゃない。
奴はとっさに俺の銃撃をこれで防いだのだろう。だからピンを抜くまでもなくスモークは穴から漏れだし、その気圧によって弾は奴にまでは届かなかった。もしこれが偶然ではなくやつが狙ってやったのだとしたらとんでもない超反応だな……しかし疑問が残る、何故奴は逃げたんだ?待ち構えるわけでもなく自ら俺がいる樹林へと足を踏み入れてまるで俺を探していたみたいだが、逃げたこととつながらない。
「いいようにされるのは癪だな、こっちから仕掛けるしかないか…!」
◇◇◇
「”ディストーション”はどんどんと樹林から離れていきます!この方角は砂漠方面だ、どうやら”マグネティック”と邂逅して踵を返したようです。この一連の動きは何が目的なんでしょうか?」
「”ディストーション”は”マグネティック”とすれ違いで逃げようとしたのだと思います。砂漠で陽動に爆発を起こして”マグネティック”が寄ってきたところを自分は樹林でやり過ごして接敵するまでの時間を最大限稼ごうとしたのではないかなと。この最終局面で安全エリアは砂漠と樹林の一部にまで狭まっていますからね。砂漠は開けています、一応巨大ビルが乱立していて遮蔽としては使えますが隠れるのには適さないですから。対して樹林は視界が悪く移動もしにくい、何よりマグネティックの能力とは相性の悪い地形ですからね」
「なるほど、でもなぜ砂漠方面に逃げているのでしょうか?」
「それは、樹林の中で不意にも”マグネティック”と接敵したことで”ディストーション”は自分の考えが”マグネティック”に露呈したと考えたのでしょう。もし”マグネティック”が自分の考えに気づいているならこのスモークが切れたと後”マグネティック”は樹林に居座って自分を探すと考えたのだと思います」
「ふむふむ、というかそもそも何故”ディストーション”は逃げているのでしょうか?これ以上戦闘を回避したって順位はかわらないのに」
「それは時間稼ぎですね。この二人の物資、装備の差は激しく、”マグネティック”がその差を生かして遠くから安全に戦う作戦をとった場合移動能力を持たない”ディストーション”は一方的にやられるだけでなにもできません。なのでその戦いができないほどまでに安全エリアが縮むのを待っているのだと思います」
「なるほど、だから貴重なグレネード類を使ってまで逃走に奔走しているのですね。なんというかすごい弱腰ですね…しかし、”マグネティック”の武器はハンドガン一つにナイフと速度重視の近距離特化装備ですよ?何故遠距離型の装備にしなかったんですかね?」
「いまのマグネティックは潤沢な物資によって能力の出力にCTの短さ、HPなど強化可能なパラメーターが軒並みカンストしています。この状態のマグネティックは能力の斥力によって自分を含む周囲のプレイヤーの武装を強制解除することができます。そして自分だけは専用装備の磁力の影響を受けないセラミックナイフで素手の相手に一方的に有利な殴り合いができるという必殺パターンがあるのですが、それをしようとしているのでしょう。そしてこれにあるアイテムが加わると完全に相手を嬲り殺すことができるんですよ。まぁそのアイテムはかなりレアで狙って手に入るものではないのでこのコンボは机上の空論なんですけどね」
「そんな必殺技みたいなものがあったんですか…おっとここで”ディストーション”が再びグレネードを空中で爆発させた!!これも陽動ということでしょうか?」
「いや、どうでしょうか。空中で爆発させている時点で”マグネティック”に対する何らかのアピールではあるのでしょうが、今回の爆発は樹林の上空で発生しています。砂漠地帯に”マグネティック”を誘導しようというわけでは無そうです。このゲームの爆発物は時限式とか遠隔で起爆できるものはないので爆発が起きたらその周囲にプレイヤーがいることが確定します。ひとつ前の爆発と違って今回は二人の距離もそこまで離れていないですし、なによりディストーションは爆発の音を封じ込められるはずなのに能力を使っていません。これは完全に自分の位置を大声で叫んでいるだけですね。まぁもしかたらここまで連続で爆音を発しているので自分はディストーションではないと”マグネティック”に暗に伝えているのかもしれません」
◇◇◇
奴が逃げ出してすぐに爆発が上空で起こった。この距離ならすぐに駆け付ければ容易に奴を捕捉できる、しかし奴を討つほどまでに接近することはできないだろう。そこでやっと俺は奴の思惑に気づいた。
つまり奴は俺に付かづ離れずの距離で追ってきてほしいのだろう、最終決戦の場に誘導するために。ここは奴の策に乗ってやろう、奴はこれの存在には気づいていないはずだ。たとえ都合よく奴の庭に誘導されたところでこれがあれば奴がどんな搦手を用意していようとその策は瓦解するのだから。
◇◇◇
「ほらよこれで最後だ!」
ピンを口で咥え引き抜き、左手で力任せに上と放つ。俺はその作業を十秒周期で繰り返しながら砂漠の一際巨大な中央のビルを目指して走りつづける。さすがにスタミナの概念がないこのゲームでもこうも忙しいと息が上がるな、だが目的の場所にはたどり着いた。
ここまであからさまに追いかけてくださいとアピールしてしまうと不審に思って追いかけてこない可能性も危惧していたが多分大丈夫だろう。一瞬の邂逅ではあったがあいつの装備が近距離特化だったのは確認できた。あいつはマグネティックの必殺パターンで俺を殺すつもりのはずだ、ここまでは作戦通り。あとはうまく調整するだけだ。
耳元を裂いて、弾頭が風と共に通り抜けた。
「お出ましか」
追撃に備えて頭をかがめ、砂上を駆け出して建物の陰に飛び込む。
「やべ、回復!!」
大音量で警鐘を鳴らす赤色の視界の中で俺は急いで腰に携えているケミカルな液体を口に運ぶ。すると赤色だったHPバーはそれまでの緩やかな減少を打ち破り尽きる寸前だったHPバーは全体の半分ほどまで回復して再びゼロに向かって緩やかに変動していく。続けてリジェネ効果のある丸薬を口に放り込む。
ここまでの所要時間はたかが数秒、だが数秒もあればマグネティックには十分なのだ。俺が身を隠していた壁の角から小さな鉄球が宙を通り抜けていく、一寸後にその小さな鉄球に引っ張られるようにあいつが眼前に現れた。あいつはこの不安定な砂の上で片足でブレーキをかけ、後ろの足で地を蹴り上げて勢いを殺すように側転をして着地をする。そのまま流れるように片手に握っていた銃を俺へとむけて引き金を引く。放たれた銃弾は俺の頬を掠めた。
樹林の時もそうだがこの射撃精度、そしてこの能力の練度はやばい…!だが幸いなことにあいつとの距離自体は幾分かある。隣の遮蔽までは近い、転がり込めば入れる!
瞬時に逃げる判断をした俺は寄りかかっていた壁を蹴りあげる。剥がれ落ちたビルの外壁へと前転の要領で逃げ込む。当然その間もあいつは撃ってきたが体勢のおかげか被弾は足だけで済んだ。あいつの能力はまだCT中ですぐに接近はできないだろう。だが依然状況はまずい!ただでさえ出血状態なんだこれ以上被弾したら終わる。だが回復できるほどの時間に余裕はない。
俺は急いでスモークグレネードのピンを咥えて引き抜きそのまま顎の力で放り投げると同時に空いた左手で銃を抜いて壁越しに乱射する。どうせ利き手でもない上に満足に固定することもできないんだ、はなからあてられるとは思っていない、少しでもあいつの接近を遅らせられればそれでいい。
だが俺はマガジンが空になるまで弾幕を張ることはできなかった。リロードのために射撃をやめたわけでも反動に負けて銃を落としたわけでもない。弾き飛ばされたのだ、銃だけではない今まさに煙幕は放ち始めたスモークグレネードも俺が背にしていたビルの外壁すらも弾き飛ばされてしまった。
俺も突如として宙を舞った外壁にはねられ吹き飛ばされる。再び視界が赤色に染まる。僅かな赤色しか残されていないHPバーに警鐘音が頭の中に鳴り響く。何とか即死は免れたが今は出血状態のドットダメージとリジェネが拮抗して何とか生きているだけだ。あと一発でも攻撃を喰らったら死ぬしリジェネが切れても死ぬ。
何とか立ち上がり見上げた先にいたのはひどく殺風景な砂地に立つあいつの姿だった。その手には銃はすでになかった。代わりに右手にはナイフそして左手には青白く発行する黒い筒、プレイヤーの右手を無力化し能力を使うこともインベントリにアクセスすることも不可能にしてしまう最強の鎮圧兵器。EMPが握られていた。
俺はその光景に思わず笑顔が浮かんだ。
青白い閃光が一帯を染め上げる。閃光から視界が復帰した時にはあいつはこの場で唯一磁力の影響を受けないセラミック製のナイフを手に俺へと肉薄していた。
振り上げられるナイフに俺は右腕を差し出す。俺の肘から先は宙を回り彼方へとんでいき、俺も攻撃の勢いを受けて後ろへ大きく弾かれる。
しかし俺とあいつの間に血しぶきの赤色が浮かび上がることはなかった。代わりこの場を染めあげた色は黒色であり、瞬く間に濃く大きくなっていく黒色があいつと俺との間に線を引く。黒色の正体は視界を埋めつくす程の巨大ビルの上半分、質量の暴力が地面へと自由落下することによって膨張していく影だった。あいつもやっと真上のブツの存在に気づいたみたいだがもう遅い。
こちとら何度も何度も気が遠くなるほどグレネードを敷き詰めて、ビルの折れ方を検証したんだ。どこかからが安全地帯なのかはわかっている。だが初見のおまえにこれが避けられるかな?
◇◇◇
「まさか!まさかの”マグネティック”が崩落したビルに潰されてのゲームセット!”ディストーション”の方はギリギリのところで圧死を回避しました!これは偶然なのでしょうか!疑問は残りますが優勝発表と行きましょう!優勝者はエントリー名「ディストーション」!!」
オンラインの大会が故に観客はいないが、それまでのラストシーンの緊張で動きを止めていた配信のコメント欄がとてつもない速度で上へと流れていく。
「コメントの盛り上がり方凄!けど、これじゃコメント拾えないですね…えっと解説さん、このビルの倒壊って”ディストーション”が起こしたことですよね?多分」
「えぇそうでしょうね」
「でもこのゲームって時限式、遠隔起爆できる爆発物はないって言ってたじゃないですか。それに”ディストーション”は”マグネティック”呼びはもういいか…えっとちゃわんめし選手との戦闘の最中になにか爆発を起こすような素振りはしていませんでしたよ?」
「そうですねリプレイ映像を見ながら何があったのか確認していきましょう。まずは1V1になるまえに”ディストーション”がなにをしていたのかから」
モニターの画面がデカデカと表示されたVICTORYの文字から切り替わり数刻前の”ディストーション”の姿を映し出す。
「これはあのビルが崩落する目の姿とその中腹にいる”ディストーション”ですね、そしてディストーションはグレネードをこの階層の片側に敷き詰めています。今度はグレネードを等間隔に並べ始めましたね。階段を下っていき、ついにはビルの外にでて壁にグレネードをテープで固定しました、あっでもこれで終わりみたいですね」
「いや、よく見てくださいまだ仕込みは終わっていません。最後尾のグレネードのピンにワイヤーを括り付けています。そのワイヤーを先ほど”ディストーション”が遮蔽にしていたビルの外壁の残骸に括り付けましたね。そしてワイヤーが見えないように砂の下に埋めると。なるほど、つまりこれはビルそのものを一つの爆弾にしたようです。ワイヤーを括り付けた遮蔽がマグネティックによって吹き飛ばされることで最後尾のグレネードのピンが抜けて最初の爆発が起こる。そして等間隔に並べられたグレネードの誘爆の連鎖が導線の役割を果たすことで時間差で本命の部屋で大爆発が起こる」
「あれ?でもちゃわんめし選手があの遮蔽物を吹き飛ばしても爆発は起きてなかったですよ?」
「いえ、この巨大爆弾はきちんと起爆していました。ただその音がディストーションの能力によって聞こえなかっただけです。だからこそちゃわんめし選手は潰される寸前までビルの倒壊に気づけなかったんです」
「それでもおかしいですよ、だってちゃわんめし選手はEMPを使っていました。あれの効果範囲に”ディストーション”は確実にいて能力は使えない状態になっていたはずです」
「えぇ、確かに”ディストーション”自体にはEMPは命中していました、けれど能力の発生源である右手はEMPの範囲外にあったんですよ。ほら映像を見てくださいディストーションは自らの右手を切り落としてビルの中に置いています。まさかこの状態でも能力が維持できているのはディストーションの特殊な仕様による恩恵でしょうね。いくら痛覚の無いゲームとはいえ自分で自分の腕を切り落とすなんてぶっ飛んだ発想…そりゃあずっと何をしているのかわからなかった訳です。だが当然こんなことをしたら無事では済まない、添え木のように棒を括り付けてそれをグローブと袖で覆うことで偽装はしていますが、両手を使う動作はできないし、ずっと部位欠損による出血ダメージを受けつづけます。このままではちゃわんめし選手が手を下すまでもなく死んでしまう。だからこそ何度も陽動の爆発を起こし、自ら赴いてまであのビルの下までちゃわんめし選手を誘導した。そしてちゃわんめし選手が必殺パターンをあの場で行うことを前提に作戦を遂行した。自分で解説していてあれですけど無理ですよそんなの、まねっこできやしない。最弱のディストーションだからこそできる方法で優勝をつかみ取ってみせた。アマチュアの小規模な大会の枠に収まるプレイではない、もはやプロ以上といっても過言ではないでしょう」
「皆さんまだまだ気になることもあることでしょう。優勝インタビューといきましょう!”ディストーション”さん聞こえてますか?あれ、応答がない?あの”ディストーション”さーん?えっと皆さん少々お待ちくださいね。お、”ディストーション”さん音声機器の不調なのかな?チャットが届きました[インタビューは辞退します、ドタキャンしてごめんね^-^]って…!?は?ってもうサーバーから退出しやがった!えっと…さきにちゃわんめし選手にインタビューしましょうか」
◇◇◇
「はーやり切った、やり切った」
所々の外壁と塗装が剥がれ落ちたボロボロの建物の一室。乾いた風が頻りに吹く中、全身を機械で装う人物がパソコンとモニターの前で背を伸ばす。その正体は先ほどのFPSゲームの大会で勝利を収めた”ディストーション”が世界を切り替えた姿である。
「でもちょっと燃え尽きたな、次にやることが特に思いつかない」
俺がちゃわんめしのインタビュー映像を前にこれからどうしようものかと思考を巡らしていると一通の通知が届く。
「あれ、大会との連絡先はもう消したはずだけど…あぁ、KENか」
[おまえがインタビューをドタキャンしたから配信荒れてるぞ、いい加減その優勝を搔っ攫ってはインタビューを受けないお家芸自重したらどうだ?]
[そんな気はさらさらない、俺の人格が出てきたら脚光を浴びるのがディストーションじゃなくて俺になるだろ]
[でも、序盤から戦闘をガン拒否してせっせとグレを探し回り、必要数揃えたのはディストーションの能力の恩恵じゃなくておまえの地力だろ。配信でもあの一連の芸当はディストーションだからというよりお前の実力によるものだって話に落ち着いてるぞ。今回は60点だな、体力調整がお粗末。最後のシーンで相手にダミーの右手を切らせたとき相手が切り上げじゃなくて、横振りで切りかかってきてたら死んでたろあれ。全体的に動きが荒いわ君、精進したまえ――
マジかよ?あの解説席余計なことを言いよって。
KENは俺の唯一といっていいゲーム友達であり、俺が匿名のアマチュア大会で逆張りするたびにこうやってレスポンスを送ってくる。その内容のほとんどが審査員気取りの辛口審査、うっせーお前の本分は逆張りじゃないだろ。
まぁでも正直KENの言う通り今回のプレイは再現性に乏しい初見殺しに過ぎない。初見殺しにわからん殺し。逆張りといわれる弱い・不人気なものを好んで使うプレイスタイルのメリットはこの言葉に集約される。さらにはPVPじゃなきゃその価値すら発揮できない非効率の烙印を押されることがほとんどだ。
俺はその逆張りを愛してゲームに臨んできたわけだが正直ここ最近はその逆張りにも限界を感じている。一度大衆の面前にさらされた知名度のある手段では初見殺し・わからん殺しをするのは難しい。
もしたとえ対戦相手がそのことを知っていても対処できないよう強力な再現性持っていたとして、もはやそれは逆張りではなくただの順張りになってしまう。それに今回のように勝利だとかの華々しい成果は逆張りというプレイスタイルの恩恵によるものではなく、当人の実力によって得られると結論付けられことがほとんどだ。
「あーあ、再現性があって有用、それでもマイナーであり続ける理想の逆張りはないものか…」
――あと今回は別件の話もあるんだ。例のゲーム逆張りのしがいあるぐらいまで熟成したんだよ。そろそろやろうぜ”リタイトルズ”]
「リタイトルズね~?」
KENは逆張りプレイヤーではないが一つのプレイスタイルを極めんとする俺と同タイプのゲーマーだ。そのKENが[逆張りのしがいがある]というのだからやってみるか”リタイトルズ”。
「”ディストーション”」が人物を指していて「ディストーション」が能力名のことを指しています。