【SS】第8話 一生に一度のお願い
閲覧ありがとうございます。
起承転結の短さと、伏線回収までの短さに悪戦苦闘しながらも、読みやすさの魅力に魅かれて執筆しています。
「ここはこうした方がいい」等、次作の参考にさせていただきますので、コメントいただけると嬉しいです。
参考にさせていただく場合、肉付けし、派生の小説として投稿することにしました。
※注意※
以下苦手な方は、閲覧をご遠慮ください。
・ブラックジョークを含みます
・ホラー的な表現を含みます
「今日もひとっ走りいきますか。」厚手の革ジャンに、色褪せたジーパンを履いているこの男は、幼馴染の拓郎だ。
長年連れ添ってきたフィルターが掛かっているのか、年相応の雰囲気を醸し出し、俺の目にはイケオジとして映っている。
そんなイケオジの拓郎だが、話すと面白いやつなんだ。ボケ担当、といったところだろうか。
かく言う俺も、いつの間にか黒髪オールバックに白みが混じり、シワも増え、老いてきたことを実感している。
「いっちょ、かましてやりますかね。」と、いつものように相槌を打った俺は、ヘルメットを装着し、インカムの調整を始めた。
俺らは、自由な走りを楽しむため、今日もツーリングに出かけていた。幼馴染であり、良きツーリング仲間の俺たちは、バイクに跨ってから数十年経つ、ベテランの一般道ライダーである。
拓郎「そういえば最近どうよ?調子は。」
俺「まぁぼちぼちかな…。そっちは?」
拓郎「そりゃもう、体中が痛いよ。前傾姿勢で長時間だなんて。若いヤツの乗り物なんだな、これ。」
俺「そうだな。この愛車とも、そう長い時間は過ごせそうにないなぁ。」
拓郎「整体の回数券ならまだ余ってるぞ。欲しいか?」
俺「そんな老けちゃいねぇよ。」
なんて、いつもの冗談を掛け合いながら、インカム越しの会話と共にバイクを走らせる。
とはいえ、体中が痛いのは拓郎だけではなく俺もそうで。
本当に回数券をもらってやろうかと、絶賛お悩み中だ。
俺「でもなぁ。愛車から降りちまったら、足がなくなるんだよな…。スクーターにするか。」
拓郎「スクーターでどこまで行こうってんだよ。俺たちは愛車と共に人生を歩んできたんだろ?
なんならいっそのこと、バイクは先に墓で眠ってもらって、セグウェイにしようぜ、セグウェイに。
Second Way的な?」
俺「わんこの散歩が楽になるなぁ。愛車を売ったら何個買えるかな。ひ、ふ、み…。」
拓郎「おうおう、よくも渾身のボケをスルーしてくれたな。それと、セグウェイは1個でいいだろ。」
俺「いいや、いくつも必要だぞ。俺用と、わんこ用と。」
拓郎「散歩の意味あるのか、それ。その場で立ち止まっているのと一緒だぞ。」
俺も俺で、ボケを担当できるらしい。長年連れ添っているとこんなもんだ。
ひとしきりボケた後は、「もう歳かな…」とか「あと何回乗れるかな」なんて言いながらも、
俺たちはまだまだ元気だと気合を入れなおすように、スピードを上げて風を切った。
ただやはり気がかりなのは、体の衰えだ。
ここのところ、長時間のツーリングも一苦労になっており、本気で引退を考えていた。
俺「でも本当に、足がなくなるのは困るよなぁ。」
拓郎「そりゃ困るけどよ、このままバイクに乗っていた方が、返って足が無くなるってもんだ。」
俺「ひどいブラックジョークだけど否定はできないな。なんせ、事故ったら一貫の終わりだもんな。
この歳で足が無くなったりしたら、回数券も使えやしない。」
拓郎「そうだな…。回数券を使いきったら引退しようか…。」
そう提案してきた拓郎の声色には、哀愁が漂っていた気がする。
そんなことを考えている間に目的地に着いたようだ。メットを外す瞬間の解放感がたまらない。
ヘルメット越しでは感じることのできない景色の広がりや、目的地によって変化する風のにおいを感じるのが快感だ。
目を一度閉じ、深呼吸をしてからまた目を開いた。
「やっぱり外は気持ちが良いなぁ」心から思ったこの感情が、風に吹かれて消えていく。
拓郎「なぁ、やっぱりまだ気づいていないのか。」
俺「なんのことだ…?」唐突な拓郎の問いかけに、ワンテンポ遅れて返答した。
拓郎「いいや、やっぱいい。それより、あの子見てみろよ。お前の好みじゃないか?」
俺「茶化すなって。俺たち何歳だと思ってんだよ。」と言いつつも、ちゃっかり視線を向けてしまった。正直めちゃくちゃタイプだった。
拓郎「うんうん、分かる。分かるぞ。かわいすぎるよな。」
俺「あぁ、めちゃくちゃタイプだった…。って、声に出してしまった…!一本取られたな。」
どうやら、俺の心の中は見透かされているようだ。
「なぁ、やっぱり気付いていないんだな。」と、ぼやくような口調で拓郎が話しかけてきた。
へんてこりんな拓郎の問いかけに、俺が不思議そうに聞き返すと拓郎は黙り込んでしまった。
問いかけても答えようとしない。
頑なにだんまりを決め込んでいるが、口にしなくても悲壮感が伝わってくるのは、長年連れ添っているからだろう。
「今日もたくさん走ったなぁ」なんて、伸びをして深呼吸していると、拓郎がポツリとこう言った。
「なぁ、俺は何年も頑張ってきたんだけどよ…。そろそろ足元を見てくれないか。
お前、足あるか? 」
その言葉を聞いたとき、「何言ってんだよ、あるに決まってるだろ」なんて、笑い飛ばしてやりたかった。
だけどそうすることができなかったのは、視線を下に落としたときに、気が付いてしまったからだ。
俺も拓郎も、足がない。言われるまで認識できなかった。だって、たった数分前まで、シフトダウン後の加速感を、体中で感じていたつもりだったのだ。
思考が停止するなか、心臓の鼓動だけが頭の中でだんだんと大きくなっていく。
「俺もお前も、見ての通り足がない。この意味が分かるか?」拓郎の言葉で、ふと我に返る。
俺「あぁ、そんなまさか。俺たち死んでるのか...?」
拓郎「あぁ、交通事故でな。安心しろ、愛車も一緒だった。」
俺「そうか、愛車も一緒だったのなら不幸中の幸いだな。でもお前さっき、”何年も”って言ってたよな。まさか、気付かない俺に気遣っていたのか?」
拓郎「冗談を言える余裕はあるみたいだな…。俺はな、楽しそうにしているお前を見て言えなかったんだ。」
ようやく思い出してきた。そういえばいつも同じ道を走ってたな、俺たち。
「今までごめんな」と、続けようとしたけれど、言葉にできなかった。
代わりに出てきたのは目の前が見えなくなる程の涙で。鼻水と混ざり合って、めちゃくちゃしょっぱかった。
情けない姿を晒したくはなかったが、それよりも拓郎に伝えないといけないことがある。
俺「今まで付き合ってくれてありがとうな。ただただ、楽しかったんだ。足を無くしても構わないほどに。」
拓郎「そうか…。なら良かった…。」
俺「最後に一つだけお願いを聞いてくれ。」
拓郎「なんだ?なんでも聞いてやるよ。一生に一度のお願いになるだろうからな。」
俺「帰るまでは気づかなかったことにしてくれないか?」
拓郎「そうだな……。じゃあ、最後のツーリングに行こうか。ただし、条件がある。」
俺「条件…?」
拓郎「涙と鼻水を拭ってくれ。帰るまでがツーリングだ。事故ったら帰りの足がなくなるかもしれないからな。」
最後まで冗談を言ってくれるのも、俺と拓郎の仲があってこそだ。
俺たちは、本当の意味で最後となるツーリングを楽しんだ。
6/18 挿絵追加しました。