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第6章 秘密の箱

 高度は1000。氷の粒が空を割るなか、

両者は火花を散らし己の得物を交差させる。

ケーブル関節の柔軟性を用いた鞭と白い二の腕が牽制し合う。

ECMでの撹乱は空しく、

正確無比な拳の弾道を何とか防いでいるような状態である。


右ストレート、間隔を空けずに白い人形の左ストレートが襲いかかってくる。

強い湾曲を描くケーブルで左を防ぐ。

左腕は退けた。もう一本の黒い線の行く先は...

「右は!?」

吹雪に紛れた右腕がドミナンスの真上から

握られた拳で登頂をすりつぶす。

レドームが渦のように凹み、計器の反応が鈍る。

視界の悪化に拍車がかかっていく。


『敵の電撃により、計器の一部がショートを起こしています!』

敵の手に握られた格闘武器は電気を発しているのか

群れる子供たちのような青い稲妻を風に置いていきながら、

主のもとへ戻っていく。入れ違いに落とした左腕が起き上がる。

ドミナンスは氷原へ下がる。

血肉を求める狼のようにひたすらに

一直線にドミナンスの元へ急降下してくる白い人形。

鋭い爪が生えた足先が氷を圧壊させる。

まともな着地態勢なしに白い狼は左足で回し蹴りを行う。


足先から振り上げた鞭が飛ぶ二の腕にしがみつく。

握られたナックルダスターを捉えた。

01はすかさず鞭先端のクローで敵の唯一の攻撃手段を破壊する。


敵は動揺もなく、腕を砕かれた武器の破片の中を抜け縄を掴んでくる。

もう片方の手でまた縄を掴み手繰り寄せてくる。

鞭の先端は澄んだ地面に突き刺さり、動かない。

01は急いで鞭から手を放し、パンツァーファウストを構え狙う。


胴体を狙いたいところだが、狼の腹はドミナンスと違い

脊髄のようなケーブル関節一本のみ。

上半身を狙う他ないが...

弾頭が撃たれたのを確認しながら、グリップを展開。

もう一つのパンツァーファウストを左脇の下へ納める。

狼は膝を突き出して跳躍する。

膝蹴りをこちらにお見舞いするつもりだ。


構えた火器でじっくり狙うドミナンス。

敵は止まる気配はなく、突っ切る様子を乱さない。


「かかった!」

パンツァーではなく、胸部のレーザー砲を放つ。

いくつにも分かれる閃光が狙った先は...


一発目のパンツァーファウストの弾頭だ。

光線の一つが弾薬を撃ち抜き、その季候に似合わない爆炎を発生させる。

狼の背中が燃え上がる。

爆発で姿勢を崩し、膝をつく。


滑り落ちたナックルダスターを拾い上げ、煙色の額に当てる。

初めて見せた狼の背中はさきほどの衝撃で粉々になったようだ。

狼は微動だにしない。

「アイン!生体反応は?」

『ありません』

俺は両手の武器を突きつける体制でパンツァーを放つ。

火が噴いた弾が敵の目前へ迫る。


が...


着弾するかしないかのところの刹那。

...奴の右手が弾頭を掴んだ。

俺の安堵は地に落ちた。

緑青の鋭い眼光がドミナンスの瞳を見つめている。

制御をなくした弾頭がドミナンスの上半身に叩きつけられる。

黒と赤の爆炎が頭部に立ち込め、衝撃でのけぞってしまう。

胸部のレーザー砲のユニットが剥がれ落ちる。

同時に氷上に雷が走った。


狼の膝から飛び出した新しいナックルダスターが光を放ったのだ。

ドミナンスが落とした拳鍔と新品の拳鍔を掴み直すと、

ジェットを吹かして急接近してくる。


保った意識で動きをつくづく。

突き出た拳を手の甲のバリアを使い、翻す。

風の流れのように背後をあっけなく取った。

白い姿は油断を許さず、攻める。

その拳を右手で受け止めるが

バチッと高圧電流を流され、抵抗を打ち消された。

アインが補助脚2本を正面へ。

補助脚のクローが狼の脚を破砕する前に、白い人形は華麗に後退する。


お互い距離はある。

両者の間はまた静まり返ってしまった。

振り出しに戻ったにしてはドミナンス01側の損傷は激しい。

右手は弱った手つき、左手は筒しかない。

レバーを軸に上下反転して持ち直す。苦し紛れのトンファーだ。

01も構える。親指を中へいれ、開いた手にしっかり拳を握る。

にらみ合う。


スラスターが着火され、駆け出す両者。

嵐をかき消す勢いで攻撃の一手が触れようとした。



レーダーに信号がつく。

『南西から機影を確認!』

「なんだって!?」

人形のプラスチック装甲ははじけ飛んだ。

お互いに攻撃を掠め、通り過ぎた。

フンセンはさっと白い狼を確認する。先ほどの敵意が消えていた。

まるで敵意が虚栄だったかのように。


膨大な量の拡散レーザーがこちらに向かってやってくる。

周囲に光が落ちて、氷が解ける。

ドミナンス01は地上を這うようにスラスターを再点火し、

氷上を足の裏で撫で、鞭を取り直す。

『敵機来ます』

新たな敵の正体がはっきりするまで時間はかからなかった。


5体。

ラベンダー色と白色の装甲に包まれた人形たち。

頭は古いゲーム機のような角ばった形をしており、

腕はなくミサイルのランチャーが肩にそのまま付随している。

まさに異形といった雰囲気で人型が大幅にずれていいる。

ただ一つ確かなことは...

『照合の結果は60%1号機と同じ形状です』


頭と腕以外は完全にこのドミナンス01であった。

「こいつらが量産型!?...じゃあこの白いのは!?」

『不明です』

驚く俺を後ろ目に白い狼は蹲った場所からいなくなっていた。


白い影が量産型と思しき機体に跳びかかり

豪快に1体を地にねじ込ませた。

四角い頭部でぎょろめく目を真っ先に潰し、目玉を引く抜く。

回路のケーブルを引き裂き、節穴に電流を流す。

1体はしびれた震えを最後に暴れなくなった。


幾戦も戦ったような手さばきだ。

他の機体がミサイルの雨を注ぐ。

ドミナンスの計器が激しい警告音を鳴らしていることで

俺なりに敵味方の区別をつけた。


足元に次々と着弾する爆発を小さい幅跳びで避け、

踏み込んだ大ジャンプで空舞う敵に近づく。

振るった鞭でミサイルのコンテナを打つ。

錯乱の漏れ出るレーザーをバリアで跳ね返し、量産機の胴体に与える。

この人形たちはアインほどの知性はないようだ。

破裂したバッテリーが体を歪ませ、機能停止する。

その様子を見た3体はフォーメーションで01へ仕掛ける。


2機がレーザーとミサイルを織り交ぜた射撃。

それと共に1機が混合玉石のなか混ざり合いながら近接戦闘を仕掛けてくる。

放物線を描くミサイルたちを鞭で振り払いながら、1体の蹴りに注意する。


白い狼は他の2体に噛みつく様子が燃焼した黒い煙の隙間から見えた。

目前の敵に集中したが、

俺”懐に入れば勝てる”という想定を壊すように四角い頭部が展開された。

装甲のつぎはぎ部分が離れ、中から触手のようなケーブル関節がうごめく。

人為的にちりじりになった装甲の縁は鋭く尖っていた。


その研がれたばかりの刃物の集団に青ざめながら、武器を手放し

その触手の根本を手で抑える。

暴れた刃がドミナンスの装甲の表面を削っていく。

俺はモニターに飛び交う有象無象に対し、思考停止してしまっていた。



白い狼がドミナンスを見かねてか、展開された頭部に上から被さって

絶えず拳を振りかざし、電気ショックを流し続ける。

数十秒後白い底板が黒ずんでケーブルの生え際を焼き付くした。

アインは俺の代わりにドミナンスの手を放し、力尽きた異形の存在が地表へ落ちてゆく。

氷に打ち付けられた機体が爆散し、周囲の氷をなぞるように溶かす。

俺はそれが爆発する様子をただ見つめた。



狼がこちらを向き、拡声器でこちらに呼びかける。

「「貴方は我々の敵ではないようですね」」

「「紫色の人形の仲間だと思い込んでしまい、攻撃を加えてしまいました」」

「「このような仕打ちをしてしまって申し訳ありません」」

十代後半の若い少年の声だった。

誠実な声色から先ほど荒々しい攻撃を繰り出す様子は微塵もなく

ただ俺たち二人は困惑した。

ともかくアインは通信回線を開く。


「こちらも君が何者か分かってないが、ともかく誤解が解けてよかった」

まず第一に思ったことを口にした。

疲れと困惑の方が多そうな多重のしわから汗を吹き出す。

『...フンセン?大丈夫ですか』

「疲れすぎたようだ...少しばかり休憩すればだいじょ...」

「「お詫びの印にお茶でも!ついてきて下さいこちらです!」」

ゆっくりと飛んでいく狼を追っていくフンセンにアインが苦言を呈す。


『...信用していいのでしょうか?』

「きっと大丈夫さ」

狼が振り返り、再びこちらに呼びかけた。

「「自己紹介をさせて下さい僕はルカス・ホワイトファング...貴方は?」」

「...チュイ・フンセンだ」

激しい人形劇を終えた彼らは嵐にさらされた謎のノアの箱へ足を踏み入れた


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 俺は丁重に仕上げられた革のやわらかい椅子へ深く腰かけた。

整備員なのか執事なのか...

衣装が混ざった若い男からミルクが溶けたアイスティーが出される。

戦闘後の報酬にしては安すぎるが、

ほてった身体が芯まで冷えた紅茶を欲しがっている。

ゆっくりと息を吸って口へ茶を運ぶ。

冷たくほんのり甘い紅茶が疲れをほぐしてくれる。


『...フンセン?そこにいるんですか?』

隣のモニターに走査線が流れる画面が出現し、アインが話していた。

「大丈夫か?」

『ドミナンス01はここの整備員総出で修理されています』

『OS及びAIユニットにも問題はありません』

彼はふと自身が置かれている状況ではなく、場所を見渡した。

壁一面のモニター以外は黒塗りの木と赤いカーテンで囲まれている。

夕暮れ時のような淡い光のライトが壁沿いに埋め込まれ、楕円の大きな机が

ここに威厳をもって佇む。

ここは古めかしさ溢れる会議室のようだ。


道中から見たこの場所の外観は他のノアの箱と瓜二つ。

ここも一時避難施設であることは変わりないようだが、

外壁も通常よりも3枚多く放射能遮断も他よりも厳重になっている

施設全体の規模感は同じだが、

煙突のような施設が追加で箱の周りに建造されている。なにもかも仕様が豪華すぎるのがフンセンの鼻についた。


コンコン

奥の両開きの戸にノックが鳴る。

若い男が駆け寄り、丁重に開ける。

身長160センチ弱の少年が会議室ここへ入った。

彼が”ルカス・ホワイトファング”だろう。

白髪に白いYシャツと色あせた半ズボン。

首に狼の顔が描かれたペンダントが下げられている。


高貴なオーラだが、両脇にSPなどはおらず

単身フンセンの左となりに腰掛ける。

「君がさっきの白いやつのパイロットか?」

「実際は少し違うのですが...えぇ僕があのホワイトウルフのパイロットです」

双方再び名乗った。

やはりこの少年がルカスだ。

そしてあの白い人形は”ホワイト”


「攻撃を加えてしまい、申し訳ありませんでした」

「こちらも反撃した側だから、あまり気にしないでくれ」

ルカスにティーセットが運ばれてカップに液体が注がれる。

液体が水であることに気が付く。

俺は水面越しに彼の性格を鑑みた。

自分だけ紅茶ということに気が引けたが、彼なりのもてなしと捉え、頂く。

コップに手をつけたあと、ルカスはぼっそり呟く。

「さて...何からお話すればいいのでしょうか...」


並々と入った水が一口に消えるのを待って俺は質問した。

「数多くのノアの箱を見てきた筈だったが、

 この箱は初めてだ...ここの識別番号は?」

「ここはエリア0《ゼロ》という特別な”箱”なのです」


「ゼロだと?...知らなかった」

エリア...ゼロ...その響きに違和が膨らんでいった。

ノアの箱にはそれぞれ番号が名づけられており、俺が以前入手した地図では

エリア1~エリア25まで存在するということだった。

シェルターの幾つかは地下都市の出入り口に改修されているが

地下都市は今なお建造中であり、

残りの10のエリアにはまだ人々が取り残されている現状がある。

ティーカップを静かに置き、顎をさする様子から一呼吸しルカスは説明する。


それからルカスによると

エリア0は各国首脳や、軍の高官専用のシェルターであることを説明された。

現在は地下都市の出入り口の一つに化しているエリア1から一番近く、

他の箱に比べると設備がかなり異なるようだった。

その話を聞いているうちに俺は眉間が疲れてきてしまっていた。

耳鳴りがする内容を聞くに飽きた俺は質問してみることにした。

「なるほど...ところで君たちは何故まだここに?」


「ここには上層階級の人もいたんですが、

 多くの人が地下都市への移住を拒んでここに残ったと聞いています」


ノアの箱はいずれ朽ち果てる。

俺が見てきた事実だ。

人工物は必ず劣化していくものだ。

特にこのエリアゼロは極寒の大地に門を構えている。

電力を維持できなくなれば当然凍死する。季候、電力、食料....

どれを問っても地下のほうが安泰だ。

だがしかし、ゼロの人々は残り続けている。

仮に地下の先住者に何か思うところがあるのだろうか?

今の地球上では人種だろうが、土地問題など余計な障壁は無用である筈。

「何故彼らは移住を拒んだんだ?」


ルカスは申し訳なさそうな困惑の顔だ。

「亡くなった父から聞いた話なのでよくわかりません

 今エリアゼロに住んでいる人の9割がその理由を知らないのです...」

残った紅茶を一気に飲み干し、これまでをふっと振り返った。

お互いのカップに注がれていく一刻の静かさが過ぎた。

不思議と紅茶の波立つその様子に日常の砂漠を重ねた。


「フンセンさんは何故箱を回っているのですか?」

「この身一つなりに食糧を配ったり、箱の人々に農業を教えているんだ」

隠すこともないので素直に言った。

「どこのシェルターでその活動を?」

「知り得るすべての箱を回っているよ

 そのせいでホバートラック何十台分の維持費がね...」

がははと笑ってみせたが、

ルカスの目線は完全にテーブルクロスを見つめてしまっていた。

「そうですか...貴方が噂の...」

震わす声に俺はただただ困惑した。


「こんな潤沢な箱でも死人が後を絶ちません

 箱単体で生活の維持と人々の生命を守るのは難しい」

「...そう考えるようになったのは随分と前です」

ルカスは一瞬天井を見たあと

再びこちらに目を合わせた。


「僕がここの統治者になってから、

 他のシェルターを支援することはずっと僕のやりたかった事なんです」

「そうなのか?」

「ええ...4か月前ようやく近くのエリアに有線ケーブルを繋ぎ、

 エリア間のコミュニケーションと食料、設備の支援を開始しました」

エリア0近くの箱といえば4や3...あと6と言ったところか。

エリア0が支援し始めてるのを知らずに食料を運んでいたのか...


ルカスがこちらを向く。

その目に映るものを探すようにフ俺もその青い瞳を見つめた。

「他のエリアの方から貴方のお話は聞きました

 たった一人であらゆるノアの箱に食料支援をしている人がいると...」

「エリア0の皆さんは噂程度の話と捉え、信じてなかったようですが

 僕はその人のようになりたいと思っていました...僕の憧れでした」


「どんなことでもお助けします」

彼はきっと偉大な統治者になるな...と思った。

「そうか、ありがとう」

その一言を皮切りに今回のことを話し始めたのだった...

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