第3章 紫衣(表)
“ファントムIV”とは地下連邦軍が誇る最新鋭の戦闘機だ。雲を撫でながら飛ぶファントム3機。
彼らに課せられた任務は...
“人型のマシーンの破壊または回収”
先日人型マシーンの仮称"ドミナンス"
が第3風力発電所の防犯カメラに薄く映りこんでいた。
地下連邦の事務総長はこの人型兵器の捜査を命じ、録られた映像を元に
発電所周辺から人型マシーンが移動した北北東へ向け飛ばしていた。
「しかし...こんな変わった兵器があったとは...」
通話を介して新人くんことダカルが装着したヘルメットを曇らせる。
「俺はどこかのオタクのDIYと思うがね」
隊長のベンジャミンが愚痴る。
オタクのDIY...それはそうだろう。
一般的に人型とは兵器としては不合理で、無駄な駆動が多すぎる。
特に今回の調査対象は20メートル弱の大きさだ。
7階建てのビルが立ったまま歩いてくるのは
戦闘機にとってただの狙いやすい的だ。
カラッと晴れた空と砂に覆われた地面を
男二人が虚ろに見ているなか、
彼女は違った。
「アル肩の力を抜け、大した仕事じゃあない」
「私にとっては大した仕事なの」
彼女の名はアル・イネス。
彼女は第8次世界大戦を終戦させたと言われており
連邦から"英雄"と称される存在だ。
分厚いヘルメットで目元しか見えないが
彼女の赤い瞳が遠い目で今の景色を見渡している。
俺は隊長として英雄アルに諭す。
「イーグル長官のお話はあまり気にするなアル」
「人型ロボ1体を見つけて回収するだけで
私の願いが叶う...逃すわけにはいかないのよベンジャミン」
毅然とした態度で彼女は言った。
ベンジャミンは彼女の説得を諦めたが、
彼はその願いを思い出してハンドルを強く握り直した。
彼女の願いそれは...
軍を辞めることだ。
10歳の時から軍に所属。
これまでの20年彼女は英雄として祭り上げられ続けてきた。
今が彼女を解放するべき時なのだ。
ベンジャミンは隊長としてアルの理解者として決心しうつろな目に生気を宿らせた。
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「隊長!副隊長!」
ダカルが気まずい空気を抜けて報告した。
「どうした?」
「発見しました!あの人形です!」
彼の戦闘機から送られた映像を二人は凝視した。
マーキングされた先
大きな雲の切れ目に小さく人の形をした物体があるのが見える。
対象がこちらに気付く様子はない。
「割と大きいっすね....これは絶好の的だなぁ」
ダカルがそのマシーンを冷やかす。
早く捕えたい一心の目でアルは獲物をじっくりと観察する。
「もう少し近くぞ。」
アルとダカルの“了解”と共に3機の高度は下がり、ドミナンスとの距離が詰まる。
橙色の日光を背負い、自身の陰が伸びた方向へ
間抜けに歩いている人形。
その背中が少しくっきり見えるようになった。
腰の後ろの分厚い装甲から紐のようなものが地面を掴んだり、
蹴ったりして体のバランスを整えて歩いている。
人間でいう早歩きだ。
紐のようなデバイスがうねって、
生物のようにうごめいているのが気味が悪い。
人の形をした機械が荒野を歩いているのは別世界から来たかのような異物感だ。
「やはり、あれが今回の目標だな」
この場に人型の兵器など目の前のそれしかないが、
それとなく同意を求める発言をした。
「どうします?」
...どうするか。
とりあえず生体反応を読み取ってみよう。
俺がサーモカメラを切り替えて人形を投影する。
白い丸い胴に人の姿が見えた。
なんと、有人式のようだ!
「急接近し中に乗っている奴に投降を要求する」
二人にサーモ映像を共有したあと
三機は降下を始める。
地面へ近づいていく度、砂がほのかに七色に輝くようすが見えていった。
ファントムIVをホバリングモードに変える。
一定高度の維持とこの後想定される追いかけっこ用のモードだ。
ふとアルが
"私に任せてほしい"
という目線をわざわざビデオ通話にして訴えてきた...
本来であれば別動隊と連携して叩きたいが、どうせすぐは合流できない。
それでもってアルは急かしてくる。
俺はしょうがなくマイクの権限を譲渡した。
「こちらは地下連邦軍シャーク隊!それに乗っている者は投降しろ!」
同じ内容を数回繰り返したが、
まるで聞こえていないようにロボは歩くことは止めなかった。
風は鳴りを潜めている。
聞こえている筈だ。しかし人形は振り向く動作すらしない。
それどころか段々と歩幅を広げ、大地を走りはじめていた。
「あっ!こら!おい!」
アルの間抜けなボイスが荒野に響く。
こちらも速度を上げていく。太い脚と細い脚が交互に交差しており、
ぱっと見は人型だが歩き方はまるでケンタウロスのようだ。
アルは我先に突貫していく。
ダカルのファントムがついて行くか、行かないべきか迷う速度になる。
「アル!一人で先行するな!」
俺の静止の声は聞こえていないようだ。
SFチックな3機が大きな背中を捉えて飛ぶ。
人形の頭部ユニットのカメラがこちらを凝視している。
人形がゆっくり左側へ身体を傾けた時、
それは渓谷の隙間に吸い込まれていった。
「降りた!」
「に、人形が渓谷に!?」
一旦高度を上げ、渓谷の隙間に目をこらす。
全身に散りばめられた四角いノズルから青い炎を噴射しつつ
腰の紐を渓谷のゴツゴツした壁へ押し当て滑り落ちてゆき、
器用に渓谷の谷底へ降りたっていく。
渓谷は白い体が完全に見えなくなるまでの深さがあった。
アルは戸惑いつつ渓谷へ降りてゆく。
俺はふと左側を見た。
その先にとてつもなく大きい砂嵐が彼の目に映った。
この晴れ間は一時的なものになりそうだ...
「アル!巨大な砂嵐だ!一旦退こう」
彼女の目にはドミナンスがもう我が物なっているのか、
ベンジャミンの静止に効果がない。
「副隊長!......隊長!どうします?」
「我々も高度を下げ、奴の足を止めるいいな?」
と指示を与えて、その勇ましい後ろ姿を追うように彼らの機体も高度を落とした。
地球上初となるであろう戦闘機と人型兵器との奇妙なチェイスが始まってしまった。
数分もすればさっきの嵐が渓谷にやって来るが、
来る前に人形を止めてしまえば3機にとっては好都合。
...と何とか心中で結論付けた。
渓谷の中は往来できるような広さはない。
奴を的にするには持ってこい状況だ。
「機銃とミサイル使用許可を出す」
武装のセーフティが解除される。
一番前を先行するアルは意外にも冷静なのか、解除と同時には撃たない。
新人が機銃を乱射し、見事に全て外していく様が展開それていた。
「足を狙え!」
と言いながらアル、続いてベンジャミンも発砲しようとした...その時だった。
前方に機体の反応があった。
「何だこれは?!」
人形とは別もの。横幅の広い羽つきの何かが。
「まさか...ファントム!?」
アルはいち早くカメラに映ったその正体を言い当てた。
渓谷の向こう側から友軍のファントムIVが3機接近してきているのだ。
別動隊...?そんなはずはない。
”挟み撃ちをしろ”などという指示は出していないうえ、
前提としてドミナンスに接触したあと別動隊に連絡は不可能だ。
今の地球環境では濃い放射能と頻発する砂嵐のせいで
200メートル以内の相手としか無線通信が不可能だからだ。
レーダーとカメラに間違いはない。
だが、確かにファントムIVの機影だ。
180メートル先で霞んでいるが、形状にも我々と同型なのは明らかだ。
...別動隊がここに?
「通信が可能な距離ですがこちらからコールしても応答しません!」
応答しないとはどういうことなのだろう。
渓谷が暗くなっていく。
降りる前に確認された嵐が渓谷を塞ぐように広がっているせいだ。
この砂嵐で恐らく渓谷の外へ上昇はできない。
友軍と仮定される機体は上下左右に向かう様子もない。
向こう側は止まる気配がない....
こちら側の三人に課せられた選択は一つだけだ。
「アル!ダカル!着陸態勢!」
各自接触しないように急降下していく3機。
降下と辺りを漂う砂で走っていくドミナンスを見失ってしまった。
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急降下しながら底の蓋から”タコ足”のランディングギアを展開させて緊急着陸させる。
タコ足は新機構のケーブル関節を用いた”着陸用の装備”。
平地のない場所に降りる必要がある今にはぴったりと言える。
ホバリング用のジェットを活用しながらできる範囲で減速し谷底に落ちていく。
足を壁に張り、引っかけてることで普段の緊急着陸より多少はマシだ。
クッションにすらならない大きい岩の集積所を突っ切り
コックピットは大きく揺れる。
顎と食いしばった歯に振動が伝わってくる。
地面とファントムの腹下がギリギリ接地する前に機体を静止させることができた。
俺は安堵する暇もなく前方の空を凝視した。
...遭遇するはずの戦闘機群が現れない。
ふと揺れるコックピットの中でアルは気づいた。
「来ない...?どういうことでしょうか」
ダカルがぼそりと言った。
渓谷には3機三人とも無事に佇み、風の音だけがそこにあった。
巨大砂嵐のせいで渓谷内はまるで夜のようだ。
俺たちはタコ足をしまいながらタイヤのランディングギアを展開。
静かにその場の平地にタイヤを乗せた。
「谷底はさっきまで
あんなにゴツゴツした感じだったのにこの辺りは綺麗な平地...」
岩だらけだった道中と違い、
着陸箇所は砂地のようになっている。
さきほどの進行方向から缶のようなものが転がってくる。
アルはとっさに地面に降り立つと、ころがってきたものをさっと拾い上げた。
「ECMポッド...」
「ECMか...あの人形そんなものを積んでいたのか」
電子対抗手段。ECM。
敵を欺くための装置であることに気が付くのはアルと俺にとって
容易なことだった。
「えーっと」
ダカルがそーっと聞き出す。
「つまりどうゆうことですか?」
「まず先ほど捉えていた機影はECMによる偽物だったんだ」
ベンジャミンが説明しだす。
「でも目視で...」
「ダカル、ファントムIVのキャノピー内側はモニターだ
直接的な目視ではなくカメラが取集した映像で構成されているものだぞ?」
アルが苦言を呈した。
ダカルは地下都市内のVR訓練生。
地下都市では今も拡張が続けられているが、
軍事演習場を作る余裕も人民の支持もない。
VRになってから今回のダカルように
地上へ実際に出た実戦等々はかなりレアケースだ。
まぁ...だとしても現行のキャノピーの仕様を把握していないのは問題だ。
「あ、れ、そうでしたっけ」
ダカルは軽快な苦笑いで答えた。
俺たちは彼に”買ったハンバーガーに混入した虫を見つけた時”の視線を向ける。
「つまり、あの人形はこちら側に偽の機体情報を流して俺たちを撒いた」
「渓谷へ入ったのも向こう側の作戦だったんだろう」
「あの人形は地下連邦で製造された可能性がある」
「ECMポッドの規格がファントムと同じだからね」
アルと意見が一致した。
人形が残した通信用/デコイ用のポッド。
これが地下連邦の軍用航空機に採用されているものと同一なのだ。
その場で顔を見合うが、三者とも似た面持ち。
誰もそんな人型兵器開発プロジェクトがあるなど知らない。
タコ足ランディングギアと人形の後ろのワイヤー脚...今にして思うとこれも同一規格のような外観と稼働だと思ったベンジャミンは映像を見直す。
アルは外に出たまま、ただ渓谷の闇を見つめていた。
ここより先に目を凝らすと、
渓谷を作っている石の壁の上側が崩れていることに気が付く。
何か巨大なものが堕ちた跡か。壁続きのはずが、渓谷の一か所を囲うように空間が開けている。
その一か所に鈍く光るものがこちらに存在感を示していた。
「ベンジャミン、この先に何があるか分かる?調べて」
「おい、いちよう隊長は俺だぞ」
アルが指さす先を見ると隊長・俺はしぶしぶ周辺索敵を行う。
アルは何かに惹かれるように物体に近づく。
「カプセル?」
表面には”Eacape Pod 00”との記載がある。
それは脱出ポッドだったのだ。
表面の翅色のフィルムはほとんどは焼け落ちている。
焼けた跡と落ちた衝撃から
察するにかなり高い高度の位置から射出されているようだ。
カプセルの外側にあるランプが光っており、
近づく前に見た光はこのランプの光のようで遠い間隔で点灯している。
「微量に生体反応がある...中に何かいるぞ!」
解析結果を伝えてくれたところで
彼女はホルスターからP320を素早く取り出し、チャンバーを確認する。
「もしかして開ける気ですか?副隊長」
左手で扉のハンドルらしき持ち手を左へ回すと、思いのほかあっさり開いて
彼女は驚いた。
「もし中に火星人がいたら...私ごと吹き飛ばせ」
「調べるのはいいが、記録用のカメラはつけてくれ」
「はいはい」
心配するダカル、もう何も言うまいと佇む俺。
カメラ映像を中継して彼女の目線をモニタリングする。
一瞬を待ってからアルは左へ扉を投げ、中を見た。
シートベルト付きの座席がただ一つ。
シートを一つだけ残して他はすべて取り外したようだ。
食料の黄色い空箱が丁寧に収められたビニール袋が扉の前に転がっていた。
大きい外観にしては殺風景すぎる。
電源が切れているのか、空調の音もなくただ暗い。
ともかく人がいたことは明らかであった。
「火星人いました?」
「いたら今頃叫んでるところ」
ダカルを軽くあしらうとアルは半身を入れ、見渡す。
脱出ポッドのベース自体はかなり旧式のようだ。
今日の混乱期には広く普及などしていない古さ。
そもそも地下に引きこもっている現人類には不要の産物である。
どこからここへ渡ってきたのか...
左から右へ首を回した目先に、生体反応の正体がうずくまっていた。
そこには防護服を身に付けた一人の少女がいた。
防護服も古い設計なのか頭を覆う部分がドーム状の大きいヘルメットのため、
顔や首もとがよく見える。
彼女が身につけていたものもそうだった。
身長140~150センチ程度、年は9か10くらい。
襟まわりしか見えないが、丁寧に仕立て上げられた服には
白地に青紫色のアクセントがあり印象的。
生地の一部はレースに似た素材が使われていて、喉元は赤紫の細いリボンが結んである。
何故こんな子供が一人でここに居るのか。
青い目、鼻、口など各々の顔のパーツはとても子供らしい。
しかし折衝さえ出来そうな大人びた顔つきに見える。
一捻りありそうな少女。...このポッドに一人で乗っている時点で訳アリなのは明白なのだが、今ここで彼女のしまい込んだ過去の記憶を掻き回すが見つからない。
ともかく顔を見合わせたまま咄嗟に言った。
「大丈夫?怪我はない?」
縦に振られる細い首。首も心もすわっているようだ。
続けて問う。
「あなた...名前は?」
普段とは違った優しい声をなんとか絞り出した。
青い目つきはパラヤの焦げた麦色の顔を見たままだったが、
パラヤの第一声で目の力が緩むのがよく分かった。
数秒後少女が口を開く。
「ジーン...ジーンです。」
ジーン?
見た目と声に反して、だいぶ男っぽい名前ではあったが、
特に気に留めず彼女の指は無線機の電源を入れ直す。
「少女を発見これより保護する」