第2章 紫衣(裏)
「悪いなまた世話をかけて貰うことになった」
大戦以前の古いノブ式の扉を開け、小さめの髪の塊を無人の研究室で確認すると
俺はまず謝罪を述べた。それに対し
「別にいいのさ暇が紛れる」
と揺れたアフロヘアが気さくに返事をした。
この男は自称ジャン・デュポン。
名に意味はない...とのこと。
彼は元“地下連邦”所属の技術者だと名乗っており、
この破棄されたノアの箱の一つ"エリア19"に居る。
エリア19は今やジャンの独占状態だ。
俺とジャンが会ったのは1年前と言ったところだ。
居住区よりも工業施設の方が多いエリア19には
もう人はいないと思っていたが、
風よけで立ち寄った際、箱のスピーカーが俺たち
に向かって呼びかけた時はもうそりゃ驚いた。
元技術者と自負するのは決して嘘ではない。
ドミナンス01の解析とホバートラックなどの
修理を俺はジャンに任せている。
「ほら、こいつを食べろ」
2つのバンズに挟まれたハンバーグを彼の手先に置く。
マウスに配置された彼の小刻みな指先の動きから、机の下へ目をやる。
服の外からもはっきり分かる垂れ下がったお腹が彼の生活環境を証明する。
無残な体型に目を覆いたくもなる。
視界の端にのんきなお掃除ロボも見えた。...ちょっとは運動して欲しいな。
「どうも」
「今日はどうしたんだい?」
膨れたお腹を一切気にしない顔で彼はフンセンに訪問理由を問う。
「左腕の装甲が破損した修理をお願いしたい」
"それと..."とフンセンは言葉を詰まらせてから
昨夜の出来事を打ち明ける。
それを聞きながらジャンは早速破損箇所を作り始めた。
研究室の窓の下に巨大な3Dプリンターが2台並んでいて彼が操作すると、
アームが通常のプラスチック片が入ったケースから
ドミナンス01の装甲材用のプラスチック片が入ったd1と印字されたケースに入れ替えられ、交
換が終わると2つが同時に作動する。
手元の画面には“26分後製作完了します”と表示されている。
プリンターの印刷用アームの駆動音がガラスごしに少し聞こえた。
「なるほど」
聞き終えると彼は隣のディスプレイでデータベースとの照合を行う。
内ポケットから巻き取られた磁気テープ入りの透明なケースを取り出し、
専用の機器にセッティングを行う。
以前に重要なデータを保管する事にはデジタルデータよりも磁気テープの方が適していると豪語していたジャンの姿を自然と思い出していた。
磁気テープの中身はジャンが地下連邦を去る直前にくすねた地下連邦のあらゆるデータだ。連邦所属人物のプロフィールの詳細、各施設の構造、現在保有している兵器の性能や保有数などが揃っている。
そこから裏コードで深紅のロック画面を引き出すと
ジャンはカタカタとせわしなく手元を動かし解除する。
「今からドミナンス01が作られた“プロジェクトD”のファイルを開示する」
真剣な顔でジャンは話す。
「ちょっとおさらいしよう...この計画は連邦のデータベースの奥深くに存在し、
332に及ぶロックがかけられている...これを知っている人間はかなり限られてくるよ」
10分後先ほどの黒と青を基調とした画面が暗転し
画面中央に白いドットで構成された”project-D”の文字が浮かび上がった。
別のモニターで画面を開き、昨晩の録画データを分析する。
プロジェクトDで建造されたとされる機体データと赤い人形を解析と照合を行う。
「やっぱり3号機...“03”だ」
右腕以外の適合率が高いことがわかる。
“ドミナンス03”
謎の計画“プロジェクトD”で作られた人形。
その3機のうちの1機であり、この計画で生まれた二足~四足兵器たちの完成形。
だが完成した直後にこの3号機と1号機つまりドミナンス01とドミナンス03は奪取され姿を消した。
そして2年前サハラ砂漠付近に破棄されていたドミナンス01を俺が発見した。
「やはりな...」
予想していた結果に眉をひそめる。
「見てわかる通り
あれから03はかなり手を加えられているようだな...左腕以外も装甲のコーティングも違うようだ」
ジャンは一意な手を止めずに静かに言う。
「何故今になって現れたんだ...しかも強化改修されてか」
「03のパイロットは一体誰なんだろう...」
そうだな。と同意する言葉がかけられたが、
俺の頭は赤い不安に満されて聞き取れていなかった。
ドミナンス03駆るパイロットの目的は何なのか。
01を何故追撃したのか。
...そのフンセンにのしかかった正体不明の重いモノが収斂している。
「プロジェクトDに関するデータのコピーを全部01に入れといてくれ」
俺がそう言うとジャンはキーボードから手を引っ込めてしまった。
「...どうした?」
沈黙のあと
「いや、なんでもない01に転送しておくよ」
ジャンはそう言った。
その沈黙に疑問を持ちながらも俺は部屋を去った。
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その晩。
俺はアインにプロジェクトDのことを聞き出そうとコックピットに乗り込んだ。
「元気か?」
『分かりません』
「そ、そうか」
コックピットに張り巡らされたモニターが一人でに動き続ける。
人の手や目線を見て話せるわけではないので
こちらから声を掛ける合間が図れず、俺はアインと話す際いつも受け手だった。
そう思うと少しばかり勇気が必要になってしまった。
...話題のしっぽはないか?
席に座る前にモニターに散らばったタブに目を通してみる。
「アイン、パズルゲームやるんだな」
球体の真下。よく目を凝らさなと見えないタブに
落ちものパズルの”テットン”の操作画面が見えた。
四角いブロックを重ねてブロックを消すシンプルなゲームだ。
いろんなNPCと対戦するモードで遊んでいるようす。
それを指摘されたアインは”えっ”
と声を上げた。鳩が豆鉄砲を食ったような声だった。
『不明なファイルが開かれていたようですね、直ぐに閉じます』
「...いいのか?もう少しでクリアしそうじゃないか」
『えっ...その』
アインはそれでも画面を閉じようとする。
「閉じなくていい!...遊ぶことも大事だと思うぞ!」
つい大声で止めにかかる。
ゲームの画面一つで何を騒いでいるのかと思われるかもしれない。
だが、あのアインが作業の片手間に息抜きをしている
その事実が意外過ぎたのだ。
アインは何も言わなかったがテットンが続いているのを見て
安心して席に座った。
「次から隠さなくていいからな」
俺がそう言ったあと
どうしようもなく気まずくなり、
なくなく就寝を選択した。
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成形された石灰プラスチック装甲を腕に装着されると
茶色い巨人は足早にジャンの住処からおさらばしていく。
「じゃあ、またお願いする」
仰向けの状態で外に引きずり出されたドミナンス01を腰の後ろの”歩行補助用脚部”で腰を下から押し上げ、01を起き上がらせていると
日の光がわずかに差して影の黒さを強くさせてくる。雲の切れ目の周りにできた雲の希望のグラデーションが辺りを覆い尽くす失意を照らす。
太陽の元来持つ威厳とエネルギーは今日は薄いが、偉大なものだった。
「綺麗なもんだな...フンセン」
「...ああ」
ジャンがエリア19内で一番高いドーム天井の整備用足場にいるのがフンセン達にも見えた。
太陽光がある世界が常識で日常であった日々に戻れないものかと思いを馳せるので精一杯だ。
人工物の点灯と違った強大な力にただただ三人共々その光景に悠々とした恍惚の感情を抱くのであった。
「良い天気だまた03に出くわすのは御免だな」
顔を覗かせた太陽を拝みながら
悠々とした顔の口から不安の一片を呟く...と...
「“そうなった時”用にこれを用意しておいた」
ジャンが勝手に出した電子地図には数m先に茶色いピンのマークが。
「なんだこれは?」
「そこを掘ってみてくれ。きっと役に立つ筈さ」
ジャンは目線と手振りでフンセンがピンの位置へ誘おうとしている。
『どうしますか?』
「...とりあえず行って、掘ってみるか」
フンセンとアインは、やや投げやりに地図が示した箇所を探り始める。
01の白い手で砂の大地を掻き分け、虹色の波を作り出していく。
指先に金属と金属が接触する音が響く。
音を糸口に、手をせわしなく動かし掘り進める。
何か四角いもののようだ。形状に沿って繰り返し、掘り返し、掻き分け、ようやく探し物の全体像を突き止めた
砂にまみれた巨大なケースを2つ見つけた。
ケースには01と殴り書きされている。
ジャンの初対面の時から変わらず字は汚いが、愛嬌のあるフォルムの字体だ。
それらを太い指を引っ掛け開けると
一つには全長5~8m位の巨大な”鞭”が梱包されており、
もう一つには3mはある鉄製の筒の先端に小型の爆薬(?)が接続されており、
爆薬の接続部分近くにはレバーがくっついているものが入っていた。
『持ち手部分にコードが....コード認証開始』
「これは01の武器...ということか」
まじまじと武器を見ていると
「そういうことだ」
「使い方とかはアインに聞いてくれじゃあな」
ジャンはそれだけ言って通信を切った。
電子音が鳴る。
『登録完了しましたドミナンス01と同じ関節機構を用いた"ウィップ"のようです』
やはり一つは分かりやすい。
見た目の通り01用の鞭のようだ。
『私が鞭を制御することで強い力で相手を叩きつけたり、拘束したりできそうですね』
とアインが分析する。
「...鞭なんて振ったことないぞ」
『私がサポートするので安心して下さい』
大丈夫かと不安がるフンセンの脳内を透視せず、アインは次の説明に移っていく。
巨大な棒に楕円の爆弾がくっついた形の武器の説明だ
『もう一つはパンツァーファウストに酷似させた無反動砲とのことです』
「パンツァーファウスト?」
『“パンツァーファウスト”とは太古のドイツ軍が開発した歩兵用の対戦車用兵器です』
『拳銃などと比べ構造が単純な火器で、威力もそれなり...といった感じの選定理由でしょうか』
そんな武器があったとは...世の中知らないことが多いと一つ知識が増えた気がするフンセンだが
『元となったパンツァーファウストは使い捨てだったようです』
『ジャンからはは“弾頭は自作し易いものにしてあるから筒は捨てるなよ!”と』
扱いの難しい武器を渡さないでほしいな...あの青年。
しかし、あのジャンがわざわざ用意してくれたものだ。
何とか使ってみようとフンセンは考えを改めた。
腰の横に二つの武器を付属したアタッチメントを介して取り付け、
次なる目的地へ行く。
腰から伸ばされたもう2本の足も使いこの地方独特のごろつく地形を越え始めた。
黙り込んだ空気と砂が道を開けてくれる。
昨夜の砂の暴れようが嘘のように。
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それから数時間後
コックピットの壁越しでも分かるほどの熱気が砂から出ていた。
彼らは渓谷のそばを進み、我が家を目指していた。
「早く戻らねば」
地下都市を目指して進む。
そうしないと避難施設で飢え始めた人々に食べ物を与え、
農を教えることが出来ないからである。
地下都市でしか食料と作物の種を得られない。
四足でゆっくりと明るく照らされた砂を歩いていく。
飛ぶのは早いが、エネルギー消費が激し過ぎる。
『待ってください後方から反応あり』
突然アインが警告した。
「どうした?」
『飛行物体が接近中です』
後方カメラ映像がモニターに写る。
...!どうやら戦闘機が接近してきているようだ。
「なんだこの戦闘機は?」
『照合完了。地下連邦所属のファントムIV』
"ファントムIV"とは地下都市を管理する
かつての国連の後釜"地下連邦"の最新の戦闘機だ。
ドミナンス01の装甲は17.5mmの直撃には耐えられる。
「口径は?」
『20mm以上です』
所詮強化"プラスチック"装甲か。
彼らの機銃やミサイルを喰らえばたまったものではない。
加えてこちらには対空性能はないに等しい。
「何機来ている?」
『3機です』
編隊の形が変わる。
『あちらに気づかれました』
「「こちらは地下連邦軍シャーク隊!それに乗っている者は投降しろ!」」
敵機からのアナウンスだ。
向こうはマイクと拡声器を使っているが、
距離とホバリング中のジェットの音で4割ほどかき消されてしまっている。
「アイン、ここは大人しく投降するか?」
『有り得ません』
「そう言うと思った」
アインは地下連邦をやたら避けている傾向がある。
地下都市と地上を往来している無法者である俺も捕まるわけにはいかない。
このやりとりがなくとも二人は追っ手をまくだろう。
交差する四本の脚が勢いよく砂地を蹴り飛ばし、走り始める。
「「あっ!こら!おい!」」
ファントムIV1機と
遅れて2機が速度を上げて、ドミナンス01の背面を捉えた。
周囲を見渡しながら模索した。彼らから逃れる術を考えなければ。
地上には近くの渓谷以外身を隠せそうにない。
渓谷以外は砂と丘と.....
その時彼の目にこちらを静かに捉える存在を見つけた。
...それは巨大な砂嵐だった。
規模はタイフーンレベル。
砂嵐がある空と地面が真っ暗になるほど砂も濃い。
逃げ始めたとき、3機のうち1機の動きが速かった。
あの三人中一人は焦燥に駆られた軌道だ。
「アイン、あの砂嵐がこっちに来る時間は?」
『7分ほどでやってきますが...それが何か?』
「三つのうち一つが少し速い」
『...それが?』
訝しげなアインを落ち着かせる目線をコックピットのモニターに向けた。
「一人は俺たちに夢中で砂嵐に気づいてないのさ」
『そんなことが?彼らは軍人ですよ』
あの大きさの砂嵐を必ず確認している筈だとか
あのクラスの嵐の中を戦闘機が飛ぶことができない
ということを軍人の彼らなら解っている筈だ...という意味合いの発言だ。
「軍人でも俺と同じ人間だ...ちょっとしたミスぐらいする!」
その発言と同時に足を上げ、渓谷へと落ちた。
『な、なにを!?』
「谷底に降りる!」
『えぇ!?』
アインの腑抜けた声に俺は少し安心した。
作戦通りにいけば大丈夫だ。
降りる前までのチェイスで5分稼いだことをフンセンは再度確認し、
着地から復帰したその脚で谷底を駆けていく。
後方数十メートル離れた先に戦闘機が三機しっかりくっついて来る。
またしても一機が先行し、他二機が付いていく構図だ。
編隊にしてはやはり少しおかしい動きか。
ともかく目論見通りなようだ。
「アイン!デコイを出してくれ!」
『デコイ...?フンセンまさか』
「ここの幅は並みの戦闘機が3機なんとか並んで飛べるような幅しかない
谷底への着地も可能だ!やるしかない」
「お前が持っているデータベースを使えばいい!」
捲し立てる彼の姿にアインは戸惑いながらデコイを出した。
胸部からECMポッドが後方に射出される。
そのポッドから流れる少しの光だけを見た後フンセンはただひたすら人形を走らせた。
7分。渓谷で細長くトリミングされた空が暗闇に変わっていく。
砂嵐が渓谷を覆うように顔を覗かせているのだ。
嵐の影を感じ取っていたせいかフンセンの意識がほんの一瞬だけ消えていた
...はっとして前方を確認する。
「ッ!!...避けられるか!?」
進行方向に巨大な物体が目いっぱいに広がった。
ずっしりとした卵型の何かが突き刺さっていたのだ。
俺にはそれが”何処から射出された脱出ポッド”と確認した。
この時代に、こんな場所で有り得ない。
そんなことよりこの速度とポッドとの距離感だ。
フンセンの反応速度では回避行動ができないほどの速さ。
半ば思考停止になった男が思ったこと。
”ぶ、ぶつかる!!!!”。
だが、衝突は避けられた。
アインが冷静にプラズマジェットを起動させたお陰でドミナンスは無傷で谷を飛び出した。
「すまない助かった」
汗を白いハンカチで拭っている最中もアインの絶妙な操作とジェットの出力で砂嵐を突き抜けた。
...太陽が見える。意外とあっさりとドミナンス01は嵐の上へ舞っていた。
『パイロット保護は当然ですお気になさらず』
「それはどうも」
少し間があったあと俺たちは下の嵐を見つめた。
逃れた直前、ファントムIVの反応はしっかり残っていた。
『ご心配せずに』
『さぁ行きましょう』
アインの言葉に小さく相槌を打つと、
俺たちは目撃情報だけを残して地下都市へと飛んで行った。