第11章 反撃の狼煙(その1)
魔物の口のように開かれた壁の穴。綺麗に並べられていた会議室の円卓が崩れる。
そこから紫色の巨体が入り込んでくる。私からは腰から上しか見えなかったが
その巨体が量産型ドミナンスであると把握した。
壁の裏側から黒いケーブル腕が空中を漂うヘビのようにこっちへ入った。
一つの大きな目玉は自ら差し出した指先の一点を見つめ、動かない。
その様子に私やスミス、上層部は自然と後ろへ足を引きずって下がる。
...ただ一人を除いて。
「おお!遅かったじゃないか!私を箱舟へ案内してくれたまえ!」
イーグルは待ちわびた歓声を上げ、紫色の人形に近づく。
人形は会議室の四隅を見渡すように右往左往と大きな目玉を動かしている。
人形のそんな動作よりも吹き飛んだ破片の端をなぞって歩く男の姿の方が
私には異物として写った。
薄茶のコンクリートの粉塵が室内に入り込み、無味無臭であった会議室に
砂の気配を濃く淀ませている。
私はその場に立ったまま、一歩を噛みしめた大股で歩くイーグルを見た。
自由を手にした囚人かのような悠々とした横側の姿と光芒。
イーグルの足元に落ちる妖光は半分は祝福の意。
もう半分は...
「さぁ、共に箱舟へ行くとしよう!」
イーグルの掛け声で奴らの影に意識を戻した。
『...REから貴方へメッセージがあります』
イーグルの額が丸められた紙のように縮む。
奴にとってそれは怒りというより、予想外といった顔の歪み方のようだ。
下がった左手の指先を僅かにズボンに擦らせた。
「再生してくれ」
時間遅れに上から床へ落ちる小粒のパラパラとした音と薄く響く爆発音。
たった偏った旋律のみの空間で量産型ドミナンスは一定の電子音で読み込み中であると訴える。
その"シ"の音がすぅっと消えるまで、果てしなく長い瞬間を過ごしたような気がした。
『我が父親たるイーグル』
『貴方を方舟に連れて行く気はない』
『さようならです』
たった数秒。
相手が救いを求めて伸ばした手を真っ二つに折るかのような口ぶりで、
その数秒間のメッセージをREの声が駆けていった。
イーグルは叫ぶ。
「な、何故なんだ!?私はお前の父親なんだぞ!」
己の左手で老人の顔を大きく引っ掻き、
爪が通った溝から僅かな血が吹く。
ひたひた落ちる数滴の血に
周囲は更に恐れおののいた。
イーグルが顔を赤くしている間に量産型ドミナンスは背筋を正し、
胸部中央からレーザーを放とうとしている。
まさかイーグルと上層部連中を焼くためにここへやって来たとでも言うのか。
何故こんな面倒をやって殺す必要がある?
RE。お前は"あの兵装"を持っているんだぞ?
連れていかれるにせよ、殺されるにせよ、
イーグルには聞いておきたいことがある。
こんな所で死なせるものか。
しっかり生きながらえさせてやる。
私は腹巻きに差し込んであった
サブコンパクトサイズの拳銃を抜き取って量産型へ弾を撃ち込む。
順調に全弾が巨顔に命中するが
...チッ、びくともしない。
9ミリじゃ流石に有効打とはならないか。
弾倉内の18発が
あっという間に手の中から消える。
量産型から発射された刹那。
ある男の手がイーグルの肩を掴み、引き倒した。
誘導放出された真っ青な光がイーグルの足元とその先へ。
会議室の床と天井にある2つの頂点を1回の照射で焼き切った。
そしてあの男の手を取ったのは...
「あなたからは聞かなきゃならないことが沢山
ある!こんな所で死なせないぞ!」
汗をたらふくかいたスミスが魂が抜けたイーグルの瞳に対して投げかけていた。
彼らの位置関係はレーザー痕のすぐそば。
スミスがイーグルを助けたようだ...
その事実から
彼の額の汗が迷いだとか焦りではなく、レーザーからの排熱のせいだと気がついた。
普段の様子と今の尻もちと多量の汗からは
想像がつかないスミスの英姿だ。
「その人形から離れろ!」
リロードが済んだ拳銃を前へに振りかざし、私は
少しでも量産型から離れるように上層部へ叫ぶ。
スミスだけがレーザーの照射範囲から逃れようと
しているが、奴らは枯れた木々のような足を震わせてその場から動かない。
量産型は無数の刃を浮かび上がらせ、レーザーの砲口に光を宿す。
胸部を狙って射撃するが浮き動く刃が弾丸を払い除け、有効打には至らない。
こんな装備で現状の打開は...難しい。
もっとシャーク隊やフンセンに頼ればよかったと脳裏に浮かべつつ、私は射撃を止めなかった。
その時、量産型が大きく前方へ倒れこんだ。
後頭部から強い力でこの建物に突っ伏してきた。
「来てくれたか...!」
コンクリートに浅い蜘蛛の巣状のヒビが行き渡る。
量産型が倒れて空いたその空間に身の覚えのある機体のシルエットがゆっくりと現れた。
衰弱のドミナンス01。
前面を影で覆われたことでなんとか威厳を保った
立ち姿。
手頃な瓦礫にコードを潜らせ、持ち上げると
量産型の頭部中央へ振り下ろす。
瓦礫が砕けると共に無数の触手が生えた赤い球が具材と汁が入った大鍋を潰したかのように
割れ目からコンピュータ基盤と液体をカーペットの上に流した。
「フンセン!」
私がその機体に呼びかけると、
巨大な腹の影から小ぶりのテンガロンハットを被ったシルエットが現れる。
「やぁ、女軍人さん...」
額の汗に加えて青白い顔から湿気のない声が出た。すぐ休ませなければ。
ひたひた垂れる彼の汗と真っ赤な液が床で混ざる。
その様子を息を切らしながら上層部連中は...死線を目の当たりにした顔で
溶けたように足をその場に垂らしていた。
私は踵を返し、扉横の通信機を操作する。
シャーク隊の格納庫へ通話を繋げ、整備員と話す。
やはりベンジャミンたちは先ほどの騒ぎでスクランブルを行ったようだ。
私はベンジャミンへ取り次いでもらった。
「シャーク隊の隊長に伝えて欲しい
...地下連邦本部主軸柱の会議室に誰か寄越せ」
「それと、茶色い人型兵器を収容しパイロットを保護する」
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俺たちはドミナンスをファントムIVの誘導された
地下の空を支える柱状の建造物内へ向かった。
ドミナンスが出撃したあの場所からすぐ東に隣。
大きく奥へ開いた格納庫へ一定高度を保ったファントム2機がゆっくりと入っていく。
ふと量産型との戦闘を思い起こし、足元の様子を見た。
フットレストに乗せた足と足の間に見えた煙巻く市街地とふためいた人と車の動き。
混沌の砂の流れのように廻る。
向こう側からあちら側へ、北から南へ。
揺れる荷物や所々ぶつかる人々。
彼女の部下と名乗る青年曰く、復旧のため被害がなかった
反対側の市街地への移動指示が住民に出されているようだ。
そんな光景を今は目を離さなければならない。
"話したいことがある 私の部下がファントムIVで
ここに来るから、彼らについて来てくれ"
「話したいこととは...なんだ?」
"あのREの目的と所在について共有する"
"...反撃の狼煙はこれからだ"
最後の量産型を倒したあの場所で
彼女...アル・イネスから言われた言葉だ。
俺がすべきことは、今地下都市で生きる人々を助けることかもしれない。
が、地下での生活が浅い俺が介入したところで邪魔なだけだ。
今は地下連邦軍に任せようと決め、
ドミナンスの席に座る俺がすることを先ず考えるようにした。
格納庫へ入っていくと、その中から多くの目がこちらに強い視線を向けてくる。
スラスターで揺らめくドミナンスを天井から伸ばされたロボットアームで
背中と腰を掴み、支えられた。
太い金属フレームと俺の身長ぐらいある稼働部のモーターで
ドミナンスは簡単に宙に存在を留めた。
ドミナンスの足先は他力で完全に地から離れている。
室内で数メートルだけ浮かされている。
パネルラインで線が均等に引かれた床に数々の計器が置かれている。
床にある物のせいで妙な感覚だ。
『フンセン...』
アインの物言いたげそうな声でアームから正面へ視界を確保した。
こちらのコックピットにくっ付くかのような位置に整備用らしい足場が置かれ
その上には地下連邦軍所属らしき男たちが十数人、人の壁を作り出していた。
...俺はコックピットの外へ出ることにした。
気密が解かれる音と共に丸いハッチが上へ。
上へいったハッチ内側の持ち手を掴み、左から半身を現す。
「でやがったぞ!この侵略者が!!」
やはりか。
俺は率直にその言葉を受けるとした。
「ぶっ殺してやる!この目玉野郎が!」
投げつけられたレンチが右の額に直撃した。
目玉野郎...量産型ドミナンスことだろう。こめかみが痛みを発する。
レンチが落ちた音が遥か遠くに感じてくる。
『フンセン!危ないです!中へ!』
駄目だ。
ここで俺たちが彼らに敵意を向けない存在であると示しておかなければ。
レンチの音から罵詈と一緒に飛ぶ固形物。
どれも硬そうだ。
放物線を描いてゆっくり落ちるもの、
俺の左腕にぶつかるもの、革靴のつま先を抉るもの...
『フンセン!』
「お前が俺のばあちゃんを殺したんだ!」
「地上のグズが!地上に帰すな!ここで殺せ!」
「出遅れ、人類の足手まとい!それなのにさらに人を殺すのか!」
「死ね!とにかく今ここで今死ね!!!」
...おおむねその通りだ。
俺はその場に立ち尽くす力もなく、背中を丸穴の縁に乗せ
ずるずると体を滑り落とした。腰がコックピットと外界の間に挟まれる。
「お前ら何やってる!!!」
奥から叱責が聞こえた。その声の主は...
「アル・イネス...」
そう、彼女だ。彼女の手に握られたプルバップのアサルトライフルを豪快に
揺らしながら彼らに迫る。
彼らは一瞬手を止めたが、彼女の姿を視認したあと
すぐさま投げる行為を再開した。
男衆が一人の合図を元に腰のさやからぎらっと光る軍用のナイフを抜く。
その刃先がこちらに向けられるのは明白だ。
「やめろと言っているだろう!」
堪忍なく彼女はナイフを構えた彼らに銃口を向けた。
引き金に指はかけず、銃のフレームに人差し指を添えたままだ。
「は?...また人を殺すのか?糞アマ英雄さん」
”また”その語句に彼女の顎は震えた。
「俺たちはお前が何をしたか知ってるぞ!
あの人形をていねいに地下都市に持って帰ってきやがって」
...彼女は黙ってしまった。
この発言は第三者が抱く不快感を上回った強烈な何かを刺激したようだ。
彼女は自身に重い枷をつけるかのように手足を鈍らせ、
ライフルの銃口を僅かに降ろしてしまっていた。
「殺戮マシーンを地下に呼び込んでまた人殺して満足か?虐殺者が!
人殺すぐらいだったらスラム街のきったねえ飼い犬でも殺してろよ」
そう男がナイフと共に放った。
ナイフは彼女の右耳を6ミリほど横に切り裂き、ゆるやかに潜血を流す。
血をぬぐう余裕は俺と彼女にはなかった。
男衆は彼女の発言権を擦り潰すと、不満げが増した顔で俺を睨む。
行き場のない青息吐息だけだ。
その場の誰もが力尽いたのか、動かずただその場に立っていた。
「君たち!本当に何をやっているんだ!」
彼女が先ほど入ってきた左奥の出入り口から新たな声が飛び込んできた。
磨かれた靴が弾んだ音を鳴らし、灰色のスーツ姿が現れる。
その男の姿を見た彼らは外敵がきた小動物のように素早く散っていった。
「スミス...」
彼女が顔をあげ、そう言った。
まさかこの男がスミス・ウォーレンなのか。
若いし身なりからして強靭というわけではなさそうだが、
確かな理念を掲げた自信ある顔に少しほっとした。
「さっき話を聞いた...彼方がチュイ・フンセンですね」
「...ああ」
俺程度の男が連邦トップと話せるとは。しっかりとあいさつしたいが、
さっきの痛み重ねで釈然としない返事になってしまった。
「申し遅れてしまった!私の名は...」
『スミス・ウォーレン...さんですよね?』
スミスが活気よく挨拶しようとしたその瞬間にアインが答え合わせを
してしまい、会話の流れが止まる。
妙なタイミングで喋られたため、スミスは尊大な顔から困惑へ一変した。
「...すまなかった!手当の者を呼ぶ
フンセンとアイン、本題は第1ブリーフィング・ルームで話す」
”おいおい”と思っているところに、アルが駆け寄ってきた。
俺は額の血にようやく気が付く。
血をつけたままもうろうと話を聞くわけにもいかない。
彼女の介入で困惑を洗い落としたスミスは顔の具合が溌剌に回復。
なんだかスミスはこれまで俺の想定より明るい?性格のようだ。
そんな彼の暗転を見ながら俺は導かれるがまま、処置室へ連れていかれた。
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そうしてブリーフィング・ルームに集った俺とアル、スミスと軍人二人。
に加えてモニターにアイン。
部屋の隅には暗がりが溜まり、
青白い一枚のモニターの光が外界から遮断された室内を照らす。
大人10人が収まる広さに黒い部屋から逸脱した
黄土色に錆び切った椅子とテーブルが置かれている。
壁面のモニターの明かりで見えるその錆びた椅子たちを目で追いながら、
彼らと共に座る。二重、三重に包帯を巻かれた俺の頭から帽子を取り外すと
ざらざらとしたテーブル天面に置いた。
「さっそく本題に入ろう」
アルがモニターに資料を表示する。
そこには円筒状の”何か”が写されていた。
その何かが白い背景の前に黒い線繋ぎとなる。
相当なシナプスの流れを経てその何かが3Dデータであることが分かった。
中央の円筒の吹き抜けと
段階ごとに仕切られた箇所に説示するように吹き出しが追加される。
この建造物のちょうど真ん中に存在する空間はかなり大きな"温室"のようだ。
"種子保管庫"、"居住スペース"...
そんな項目たちでその線が巨大な建造物の3Dデータであると気が付いた。
掲示内容から生物系の研究施設であるようだ。
「スペースコロニー”箱舟"...フンセン、REはここにいる」
「宇宙移住施設...だと!?」
俺は激しく耳を疑うこととなった...