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第7章 炎 【※6/4加筆】

 俺は急ごしらえの人形たちの格納庫へ来ていた。

ドミナンス01は自力で立てるぐらい修復されており、

後は塗料が剥がれ落ちた装甲の角を人手で塗り重ねている。

一方ルカスの機体は壁にもたれかかり、首がガクッと虚ろに曲がった姿だ。

激しい一戦を終えたボクサーのように生気が抜かれている。

ルカスの指示のもと、俺のバックアップと01の修理が行われているという...


フンセンの横目をのぞき込んで整備員の男が話しかける。

「”ホワイト・ウルフ”がそんなに気になりますか?」

「ああ、そりゃあもう」

一切合財新造された”それ”はあの時の戦闘から興味があった。

「度重なる量産型のドミナンス襲来の対抗手段として、奴らの残骸から

 こしらえた機体さ」

整備員がそう言った。

褐色肌と立派な髭が特徴的な男が自慢げに語る。

そのあふれ出る自信から彼がホワイトウルフの開発者だと察した。


折角だからいろいろと聞いてみようか。

「コックピットがないようだが、操縦はどうやって?」

生体反応が無かったことを思い出した。

「エリアゼロからルカス様が遠隔操作を行っているんだ」

「この時代に遠隔操作は凄いな」

砂の中では100メートル先の音声通信すら不可。

だが、ここは砂のない極寒の地。

風は強いが砂の壁は薄い。通信はそれなりに可能だろう。

それに人命を危険な嵐の中にさらさずに済む。


「俺たちのルカス様を危険に晒すわけにはいけないからねェ...」

人命のことをちょうど考えていたタイミングで

整備員があの少年・ルカスについて言及した。

ふと考えていたことを整備員に尋ねてみることにした...


「何故皆さんはあの少年・ルカスに忠義を尽くす?」


整備員が疑問のまなざしをこっちに向けてくる。

怒っているのか、思いもよらない質問に驚いたのか...

よく意図が読めない顔に申し訳ない気持ちがこみ上げる。

へんなことを聞いてしまったな。

「すまない、悪気があったわけじゃないんだ...

 10代の少年が統治していることが意外でつい聞きたくなったんだ」


彼は片眉をグンと上げてからこう言った。

「理由は単純さ、あの偉大な統治者の息子さんだからってのと

 ルカス様の平等に人と接する努力をする姿にみんな希望を見出してる」

希望...

あの少年はエリアゼロの人にとっての”希望”。

「俺たちは今人類の瀬戸際に立たされてる」

「みんな必死に明日を見ず今日を生きてる...

 だから何かキラッと光る希望を見出して生きなきゃココロが死んじまう」

「俺たちにとっての希望はルカス(あの方)なのさ」

希望を見出す。か。

ここの人々はルカスに希望を見出している。

ノアの箱の人の笑顔を希望を抱いた俺。”希望”を忘れないようにしなければ。

自慢の髭を鳴らす彼に感謝を伝える。

「なるほど、ありがとう...精一杯希望へ向かって頑張ろう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


俺は階段を伝って上の壁沿いの足場へ向かった。

そこにはルカスの姿があった。

「01から修理させて申し訳なかった」

「いいんです、こちらが攻撃したせいですから...」


ルカスは熱心に修理風景を見ている。

少年の目から一閃。

目線の先は彼のホワイトウルフ。

脅威をこの人形一つで護る必要があるから...理由はそれだけと思ったが

年頃の少年だ。こういうロボットも少なからず好きなのだろう。


俺はその横顔でふと息子のことを思い起こし、俺は羽織を探る。

大切にラミネート加工した7×7センチの写真を取り出した。

探った様子をルカスに見られていたのかゆっくりと俺の横に並ぶ。

写真に写るのは褪せてしまった家族写真だ。

「ご家族ですか?」

「あぁ、ちょうど息子が君ぐらいの年だったと思ってね」


「だった...というと?」

ルカスは聞き逃さない。

不穏なことを落としてしまった事に後悔したが”後悔は先に立たず”。

彼ぐらいには打ち明けてもいいのかもしれない。


「家族は第8次の核で死んだ」


俺の家族は核戦争で死んだ。

俺はあの時たまたま被爆地と化した我が家に不在だった。

そうだ...

俺が地上を渡り歩くようになったのは家族の遺品を探すためだった。

海も陸地も国境線もかき消されてしまって、とても大変だったな。


地上へ一歩出た時

ここにはもう何もない、何も見つからないと悟った。

でも必死にこの足で歩いた。多分あの時は俺も・・・


閉じた瞼を見開くと、ルカスは黙ったままだ。

俺の手に若木のような指をかけた。

こちらに掛ける言葉を探っているようすを見せる。

俺はふと自分語りと回想にふけり、目の前の少年を困らせてしまった。

さっきの俺は良くなかったな。

「ともかく...お互い頑張ろう」

その場で拾った言葉で取り繕った。

「フンセンさんがこれから平穏に生きるためにも僕たち頑張ります」

少年は統治者らしいはきはきとした言い方で俺を元気づけてくれた。


後ろ戸から彼の部下らしき人物がやってきた。

「ルカス様!」

「エリア4から救援要請が来ています!」

ルカスはこの場から数歩離れると

彼は冷静に"要点を"と話を聞いていた。

巨大な有線ケーブルを繋げた先の1つであるエリア4

それが正体不明の敵から攻撃を受けているとのことだ。

地上の脅威は限られている。

量産型か3号機だろう。

彼らの言葉つきは”エリア4の敵をどう排除するべきか”だ。

俺はふとルカスの機体を改めて観察する。


大きく欠如した部位はないようだが、

明確にこちらのドミナンス01の方が状態がいい。

「俺が行こう」

自然とそう発言した俺にルカスは踵を返す。

「君のホワイトウルフは万全ではない...ここは任せて欲しい」

ルカスは暫し考えたあと

「分かりましたエリア4のことお願いします」

と言ってくれた。


俺はドミナンス01へ駆け出す。

これまで居た壁伝いの足場を通り抜け、下へ続く階段へ一歩降りたところで

「フンセンさん」

ルカスが呼んだ。

「エリアゼロ含む僕たちは貴方の味方です」

「そのことを忘れないで下さい」

なにか俺に訴えかける印象だ。

だがしかし、一抹の不安に身を任せたくはないものだ。


「なーに、老いぼれに任せておきなさい」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ドミナンス01はこれまで以上の勢いで空を進んでいく。

プラズマジェットの調子がとても良いようだ。

砂風が覆ってくるが、今のドミナンスではなんのその。

風が捌けていくいく様子だ。

『エリア4、あと数十秒で到着します』

コックピット内で胸を前に倒し、出来るだけモニターに顔を近づけ

画素に出る情報を集める。

砂の合間の奥にわずかだが、炎が見えた。

「降下しようアイン」

『了解』


ドミナンスは着陸態勢を取る。

周囲は風とスラスターが鳴りひそめる音だけだ。

おかしい...やたらと静かだ。

エリア4は数十メートル先。

俺とアインは地を歩きながら、エリア4へ近づいていく。


直径8メートルほどのケーブルを辿る。

これがルカスたちが設置した通信用ケーブルのようだ。

エリア4はついこないだ訪れたが

この半分ほどケーブルに俺は気が付かなった。

ケーブルの行先を目で追い、ノアの箱の外壁を観察する。


外壁があの時より剥がれ落ちている。

内側から2番目の層が3番目の壁の割れ目からちらっと見える。

『あの損傷は...!』

「かなり危険な状態だな...」

2番目の壁の崩壊は住人の死を意味する。内側1番目の壁も放射能を遮断する

ようにはできているが、非常に脆い。

また1番、2番の間も完全に無人の範囲ではない。

箱の中を管理するための酸素生成装置やヒーターの管理設備があるからだ。


『エリアゼロに一報入れましょう』

「そうだな」

ルカスに教えて貰った通信回路に接続する。

通信ケーブルには中継器が備わっており

ここからエリアゼロとエリア4などへ通信が可能となっているようだ。

『回線開きます』


「こちらエリア4の救援へ向かったチュイ・フンセンだ!

 エリア4は第2層が外から確認できるほど崩壊している」

”早く来て欲しい”

そう言うまえにアインが不穏な反応を捉えた。

『前方に熱源反応!なにか居ます!!』


『鈍いな...』

その声が通信ごしに聞こえたあと、俺は中継器を閉じると衝撃に備えた。

空20メートルほどが球体状に衝撃波が発生した。

踏ん張った巨大な足が持ち上がって吹き飛んでしまった。

「こ、こいつは...!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目の前には赤い十字型の物体があった。

風当りが戻るとしっかりとした姿形を視認した。

頭部は前に張り出し、板状のアンテナが一角獣のようにつけられている。

肩はもはや腕部ではなく横に大きく幅を取った物体に。

脚部は飛行機の翼のような先細った形へ。

腰の後ろには出っ張ったものが張り付いている。


何もかも形が変わっていたが、俺は理解した。

「3号機...なのか?」

その存在感で深紅の物体がドミナンス03であることを確信した。

『ドミナンス03は完全な形態になりました』

『チュイ・フンセン...貴方に勝ち目は与えません』


3号機から青年の声が聞こえる。

『僕はRE(アールイー)...ドミナンス01を渡してもらいます』


確かな殺意を感じ取る。いや、まずは話し合い。交渉だ。

「やぁR...E...くん、まずは話し合わないか?」

『話し合う対象はフンセン、貴方ではありません』

REは俺には興味ないようだ。

敵とはいえい一切注目がないのも悲しいものである。

俺以外の話し相手は...彼女しかいない。

アインとREが話すようすを見守ることにした。


『君はそんな行き遅れに操縦を委ねているのか理解できない』

『私は貴方のことを知りません』

アインは今すぐにでも飛び掛かりそうだ。

俺の神経回路でなんとか関節駆動を抑える。

『...君のプログラマーの名前は?』

『知りません』

3号機の尻から何かの固定具の外れた音が鳴る。

四角いユニットがケーブル関節で浮かび上がり顎に手を当てる仕草を取った。

位置がおかしいが、やはり四角いユニットは腕と手のようだ。

以前の右腕と同じように刃先が流れる砂を切っていた。



『そうか、そういうことか』

考え込んだあとREは結論を出したのか

恐ろしい手を引っ込めた。


と同時にどこからか通常より細いケーブル関節が01の胸部を掴んだ。

出元は03の腹部のコックピットからだ。

「お前!なにをする!」

『なにウイルスなどは流しません

 彼女の欠如した記憶のピースを埋めてあげるだけですよ』

パズルのピースを嵌めるような穏やかさではない電流が走った。

身体が強烈に痺れる。リンパ節が焼けるように痛い。

”い”の発声の口の形のせいでなんとも間抜けな声でコックピット内を穿つ。


フンセンさん!フンセン!

アインの呼びかけが掠って何とか意識を保った。

正直かなりひどいことをされた。

が、俺は決めたのだ。見届ける。

『君が今度は忘れないようにメモリに焼き付けておいた』


『....な、”RE”』

俺は聞き間違えをしたのか?

いや、解釈違い?なのか。REは意味深に自身の名を言った。

大事に呼びかけるように問いかけたのだ。アインに対して。

モニターには見たことのない文字列がある。

『嘘だ...いいえ、有り得ません...』

アインはそう言うだけだ。


『そう、REというAIプログラムは二つあったんだ』

REは動揺するアインに優しく語り掛ける。

まるで実の妹を愛でるような雰囲気で。


『君の判別コード...いや本名はレイチェル・イーグル

 僕がレイモンド・イーグル、僕たちはれっきとした正真正銘の兄妹なのさ』


頭を抱えるような嗚咽がモニターから発せられている。

涙をこらえている。

”彼女”はこの機体のインターフェイスだ。

そんなことはよくよく知っている。

遥か昔に流行ったバーチャルのような容姿もない。

だが、彼女の目に涙が溜まっている情景をしっかり感じ取った。


俺はドミナンス01に構えさせた。

『レイチェル、君を巻き込みたくない一緒に来よう』

具体性のない勧誘で釣って来ているのか...

そもそも彼に3号機で何をするか問う予定だったが、それはキャンセルだ。

ここで戦うか、このドミナンスを委ねるか。

どのみち彼女次第だと考えた。


『何故...来ない?』

REはまた考える手つきをした後、勢いよく言った。

『分かった、僕が君を守る力があるか証明しよう!』



3号機が飛び上がる。

俺はパンツァーファウストを2丁構えた。

やつの動きが止まるまで...いや彼女の考えが出るまでか?

とにかく、有り合わせの照準で狙いをつけていく。

一定高度で上昇を止めた03がゆっくりと箱へ振り向こうとしている!

「やめろーっ!!」

...俺はつくづく愚かものだ。

弾頭を放ったが、奴の腰から伸びる手たちが

俺の必死の抵抗たる弾頭をさくりと切り裂く。


03が180度振り返った瞬間。

滝のような勢いで肩のユニットから散弾、胸部からはばらけたレーザー光が

エリア4の外壁を貫いた。

外壁がハチの巣に変わり、形状を保てず崩壊していく。


「お前は何をしたか、解っているのかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

猪突猛進。怒りと後悔が吹き上がった。

吹き狂う沸騰した湯のように、怒りの汗が頬を流れ落ちた。


『もちろん分かってます』

『僕がレイチェルを守れる力があるかを

 レイチェルが安心できるように破壊力(じつりょく)を示したのです』

自身の火力を誇って、自身満々といったところか。

どうでもいい。

俺はドミナンス01を鞭打ち、空へ飛び込んだ。

渾身の巨大鞭を左へ右へ奮っていくが、華麗に避けられてしまう。

それどころか、見せしめのように箱への攻撃の一手を緩めない。


壁が、墜ちる。


この時だけ曇りなくはっきり見えたのは

子供が真っ赤な炎で灼けていくさまだった。

その様を見届ける覚悟はなかった。

この怒った頭から今見た苦痛をREに訴えた。

「お前には見えないのか!この炎の中が!」

『ええ』

血管がぶっつりとはち切れた音がした。

...俺はいい年して次の言葉がすっと出てしまった。

「そうか...お前人間じゃねえな!」

『急に差別ですか?僕もれっきとした”人格”を持った”人”です』


そうかい。そうかい。


「そんな人格ここで叩きのめす!」

『脅威を目の当たりにすると人はすぐ攻撃に遷る...』

03の伸びる腕が飛んでくる。

この間とは違う。耐久性の高いケーブルを使った鞭だ。

跳ぶ刃先を撫で落としていく...

俺は言いたかった。

RE。お前は脅威におびえてガタガタしてる訳じゃない。

惨劇を許さない。訂正してやる。そして自身のやらかしを悔いる。

お前は解っていない。


声に出せず、がむしゃらに攻撃をつづけた。

老いた喉は呼吸を整えるのに衆力しているようだ。

03は大口径の肩のショットガンを放つ。

01はそれを鞭で振り払って、接近していく。

01の弱った砲口でも至近距離で撃てば、

それなりのダメージを与えられるはずだと信じての行動だ。


箱の上から戦闘区域をずらす目的もある。

少しでも助かる人がいると信じているから。


距離を詰めてくるこちらへ今度はレーザーが降り注ぐ。

03は出力が上がっているのか

鳥かご状に広がるレーザーに大きな隙間はなし。


このままでは本体はバリアで被弾を防いでも、鞭が焼かれてしまう...


その時、ケーブルが繊細な動きでちょうどケーブル関節が一本通る

レーザーの隙間を搔い潜った。

俺の操作ではない。だが勝機を見出した。

鞭の先端のクローが胸部装甲と肩ユニットの間を通ったのを確認。

クローで肩の付け根にしがみついた。


ブースターを走らせ、ゼロ距離に迫った。

お互い見つめあうような距離感のなか、バリアを張った手でやつの砲口を塞ぎ

レーザーを放った。

「くらえっ!」

レーザーがドミナンスの左手甲ごと貫く。

確かな手ごたえを見た。数秒レーザーを照射し、左前腕も溶ける。


『無駄です』

ドミナンス01の両腕が粉みじんに炸裂した。

やつのブレードが腕の関節ごとバラバラに斬ったようだ...

振り払いの蹴りがコックピットにめり込む。

コックピット前面が凹み、膨らんだ金属が俺の体を抑えつけた。

衝撃で朝食を吐いてしまう。

嘔吐と血が混ざり合ったのが見える。

『01の低出力レーザーではこの赤いコーティングは貫けない』

追撃のショットガンの音が...き...こえ

ドミナンスが穴だらけになっていくのを身に通ってくる振動で把握した。



敗北の二文字を浮かべながら地面へ。

横目で割れたモニターごしにエリア4を見た。

あぁぁ...すまない

それだけが頭でリフレインした。




全てが砕けた音と共に意識が遠ざかっていった。

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