断罪された聖女は双子の妹しか信じられない?!
ミーガ、ヨント、ルーダル。
一緒に世界を旅した仲間たち。
そして、リウラギ。
この世界でたった1人想いを寄せていた私の勇者。
かつて苦楽を共にしたパーティーの全員が、憎しみと蔑みの目で私を見ている。
『偽聖女ミシィクツ。聖女を騙った重罪で斬首刑に処す』
冷たい声音でそう告げたのはこの国の国王。
かつて私達パーティーを旅に送り出した人。
腕枷を嵌められ、大勢の武器を持った者たちに囲まれて刑台に連行される。
それを遠くから見るのはたくさんの騎士に守られた「本物の」聖女。
凍りつくような笑顔が私を見ている。
何も知らない観衆が私を見ている。
『殺せ』『殺せ』『殺せ』
全ての人間が私の死を望んでいる。
その望みに応えるように処刑人が私の体を押さえ込み、大振りな鎌を振り上げる。
嗚呼……私はどこで間違えてしまったのだろう。
聖女と呼ばれたことを信じたから?
私ならたくさんの人を救えるとパーティーに誘われたことを断らなかったから?
昔から親しい友人の優しい瞳に恋に落ちてしまったから?
今となっては答えなど、どこにもない。
私の信じた全てが、私を地獄に落とす。
私の信じた人が、私の死を望んでいる。
信じたことこそが、そもそも間違いだったのかもしれない。
嗚呼、もしも次が用意されているというのなら、どうか。
どうか、もう生まれてきませんように。
キラリと私の首を刈り取る鋼が鈍く光る。
それが、最期の記憶。
それが、木から落ちて頭をぶつけた“僕”が見た記憶だった。
目を覚まして最初に入ってきた景色はいつもの寝室。
廊下の方で「お坊ちゃまの様子は?」「庭師に早く剪定させなさい」など慌ただしい声が聞こえる。
“僕”は、僕の名前はフレン。
魔法大国ユドレアの田舎とも言える小さな領地カナタの領主の子に生まれた。
歳は先日7つになったばかり。
やんちゃ盛りとも言える僕は庭の木に登って足を滑らせ、落下した時に強く頭を打って気絶した。
その間に見たのは、ある女性の記憶。
大昔、まだ魔族と呼ばれる者たちと人間が争っていた時代に生きた聖女の一生がまるで濁流のように押し寄せた。
そして僕はあまりにも違和感なく彼女の記憶が真実のものであると受け入れる。
それが、いわゆる前世の記憶というモノだということも理解した。
理解した、というよりは思い出した、というのが正しいかもしれない。
こうして僕の、フレン少年の無邪気な幼年期は突然幕を終えた。
過去の記憶で学んだ人間に醜さ、汚さ、怖さに吐き気がこみ上げる。
今まで信じていた全てがガラガラと崩れていくショック。
僕は……かつて偽聖女に仕立て上げられ生に絶望したミシィツクが望んだにも関わらず、
生まれてしまったフレンはこの先どう生きていけばいいんだろう?
目の前が真っ暗になったと同時に、外から大きな声が聞こえ始める。
たくさんの制止する大人の声、それを振り切るように寝室の扉が勢いよく開かれた。
「フレン!!」
切羽詰まった高い声音。
この地域特有の赤い髪に大きな翠色の瞳。
髪の長さが違うということ以外、僕が鏡を覗いた姿がそのまま動いているような容姿の少女が僕を目掛けて走ってくる。
「ナーシャ……」
「探してもいないと思ったら、木から落ちたって……!私びっくりして……!」
後ろから使用人達の止める声も聞かずに少女はそのまま僕に飛びついてくる。
勢いによる若干の痛みと共に力いっぱい抱きしめられる。
グズ、と小さなすすり声に目を向ければ、今にも顔をくっついてしまいそうな至近距離で翠の瞳がうるうると揺れていた。
「フレンが木から落ちたって聞いて……それで……う、うわあん!」
ポロポロと大粒の涙を零して少女は泣き出す。
涙が頬を濡らすのと同時に心の中で小さく明かりが灯った。
それは信じたことを後悔したミシィツクの絶望を思い出してなお信じたいと思う気持ち。
ナーシャ。フレンの双子の妹。
やんちゃなフレンに負けを劣らずお転婆でいつも喧嘩ばかりの生意気な妹。
だけど誰よりも近くて誰よりも大好きな、唯一の片割れ。
可愛い可愛い、血を分けた兄妹。
「……泣かないでナーシャ」
木から落ちる前のフレンならうるさいと突き放しただろう。
だけど辛い人生を追体験した今の僕にそんなことは出来ない。
僕を思う涙がどれだけ尊いか。
僕を心配する気持ちがどれだけ嬉しいか。
今までのフレンなら絶対にしない優しい力加減で妹の頭を撫でる。
それに驚いたのか泣きじゃくってくしゃくしゃだった顔がぽかんとしてこちらを見てくる。
驚いている顔も愛しいと思いながら、僕は素直な気持ちを言葉に乗せた。
「心配してくれてありがとうナーシャ」
目の前の妹に続いて後ろで騒いでいた使用人達も、一斉に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
それくらいフレンという少年はお礼すら素直に言えない子どもだったと実感する。
戸惑ったように体を揺らしながらナーシャが口を開く。
「お、怒らないの……?」
「怒らないよ」
「どうしちゃったのフレン?なんだか、フレンじゃないみたい」
「うーん……頭をぶつけた時に変わっちゃったのかも」
「フレンじゃないの!?」
顔をサッと青くして再び顔がくっつきそうな距離で顔を覗き込まれる。
心から心配されている気持ちに反するようで悪いが、愛らしい仕草にクスリと笑みをこぼしてしまった。
わなわなとナーシャの体が震えだす。
「わ、私がかくれんぼに誘わなきゃよかった……!フレンが……フレンがおかしくなっちゃった……!」
「違うよナーシャ。確かに変かもしれないけど……ナーシャは何も悪くない」
まだ短い腕で今度は僕の方から妹の体を抱きしめる。
体の震えが少しずつ収まり、今度は確かめるようにあちこち触られながら抱き返される。
くすぐったくて笑えば、今度は不思議そうな表情で妹がこちらを見た。
自分と全く同じ色の瞳を見つめ返しながら言葉をかける。
「僕ね、変わっちゃったけどちゃんと変わらないものもあるんだ。聞いてくれる?」
「……なぁに?」
「ナーシャ。僕はナーシャと双子のフレン。それだけはずぅっと変わらないよ」
「……? そんなの当たり前だよ……変なフレン」
「うん。しばらくは変なフレンかも」
「なにそれ……変なの……ふふ」
クスクスとナーシャは笑い出す。
その目元は赤いままで、それがいっそう可愛くて、僕も一緒に笑った。
もう生まれたくなかった。
もう誰も信じたくなかった。
だけどもう一度だけ、もう一人だけ、この人生が終わるまでは信じてみたい。
これはフレンとナーシャが7つの誕生日を迎えた数日後の出来事。
その日からフレンは人が変わったように真面目な態度になった。
周囲はしばらく戸惑ったが、それを追うように大人しくなり始めたナーシャを見て大人達は成長したのだと喜んだ。
しかしその頃からフレンは時々他人をじっと見つめることが増えた。
まるで疑っているような瞳に、時に背筋を凍らせながら人々は彼と接した。
ただ一人、双子の片割れだけはその疑うような瞳を知らない。
それから時は過ぎて、双子は15歳の誕生日を迎える。
フレンは次期領主に相応しい教養を身につけ周囲からも一目置かれるようになっていた。
ただ、誰に対しても冷たい笑顔しか見せなくなった事だけが両親の悩みの種だった。
ナーシャは少しばかりお転婆な部分を残しながらも美しく成長した。
兄とは対照的に人懐こい笑顔を見せる彼女に誰もが好印象を抱いた。
「フレンったらしつこい!」
部屋に響くのは可愛らしくも怒気をはらんだ声。
続く声は対象的に静かで波紋も立たぬ水のように落ち着いている。
「しつこいもんか、来月から王都の学校に行く準備だって言ってるだろうナーシャ」
「しつこいよ!お辞儀の練習だけでもう今週何回したと思ってるの?!首が疲れた!」
「疲れてもまだ完璧じゃないから練習するんだよ。ほらもう一回」
「い、や!」
「ナーシャ……」
言い争っているのはよく似た見目の男女。
幼い頃に比べれば少年は男に、少女は女にその体格を変えている。
それでも知らない人間が見れば驚くほどよく似た双子のままだった。
つーんとそっぽを向く妹にふぅと小さなため息を兄はひとつ溢す。
「……僕らと同じ年の王子様がどうやら偶然にも同じ学校にご進学なさるらしいね」
ぴくっとナーシャの耳が小さく震える。
それを知ってか知らずか、フレンは言葉を続ける。
「三男とはいえ一国の王子様である身……その婚約者の座を当然たくさんの淑女が狙っている。
でもまだ空白のその座に、万が一でも誰かが目に留まるようなことが起こるとするなら……」
そこでフレンは言葉を区切る。
いつの間にかそっぽを向いていたナーシャの視線はまっすぐにフレンに向けられている。
その瞳を見つめ返してフレンは甘やかに破顔して口を開く。
「……それはきっと、目の肥えた王子様でもハッと振り向くような美しい所作の美しいお嬢さまにこそ起きるよね」
「ううううう〜〜〜!」
「噂では王子様はこの国きっての麗しいお方だそうだね」
「うううううううううう〜〜〜〜〜!!」
「しかも素晴らしくお優しい方だとか。そんな美男子の隣……田舎娘でも狙いたくなるよね?」
「フレンの意地悪!!!私が王子様に片想いしてるって知ってて余計に厳しくするんだもん!!!」
「ナーシャを応援してあげるからこそ、でしょう?初見から恥を晒して見向きもされなくなったら惨めでしょ?」
「ううっ!」
「だからまず基礎中の基礎を徹底的に美しく仕上げようね。将来の安泰のために」
「うう〜フレンの鬼〜!」
口では文句を言いながらも、フレンが手を引けばナーシャは素直に従う。
それでも唇は尖ったまま、眉間にも皺を寄せてお世辞にも可愛いとはいえない顔の妹にもう一度兄はため息をつく。
「ナーシャ」
一言、名前を呼んでフレンは繋いだ手を引き寄せる。
素直に近づく無防備なナーシャのその左の頬に彼は触れるだけのキスをする。
「……僕は君に後悔してほしくない。だから君が頑張れるだけ応援してる」
「…………知ってる」
「もう、頑張るのは終わりにしたい?」
「……嫌」
「じゃあ、もうそんな顔はお止めよ。折角みんなが綺麗だって褒めてくれる笑顔が君の武器なんだから」
「……フレンは、ずっと私の事、応援してくれる?」
「もちろん」
一切の迷いもなくフレンはナーシャに答える。
愛おしげに細められた瞳を見つめながら、ナーシャは案じる。
彼女は知っている、この優しい笑顔が自分以外の誰にも向けられないことを。
周囲は彼の笑顔を冷笑と言う。
ナーシャはその冷たい笑顔を真正面から見た事はない。
自分に向けられるのはいつも優しくて温かくて思いやりに溢れた笑顔だけだから。
その理由を考えたことがないと言えば嘘になる。
最もそれらしい理由としてはお互いが唯一の双子だからだろう。
でも、仮にそうだとしても両親にすらこの笑顔を見せないのはどうしてだろう。
まるで自分が兄を縛り付けてしまっているようにナーシャは時々感じた。
だから、だから私が離れれば、兄にも素敵な相手が見つかれば、そんな事を思ってしまう。
フレンはこんなにも優しくて温かで、素敵な人だと誰かに気づいてもらいたい。
その為にもナーシャには王子でも誰でも射止める必要がある。
兄との距離を作る為に。
来月からが勝負なのだ。
だから、今はフレンの気持ちに応えて頑張ってみせよう。
その心意気でナーシャはフレンの手を取るともう何度目か分からないお辞儀の練習を続けるのだった。
妹は知らない。
兄が前世は裏切りによって死んだ反動で極度の人間不信であることを。
双子は知らない。
兄のその体の内には前世から引き継いだ物凄い聖なる力が宿っていることも。
世界は知らない。
国の外れにある田舎から出てきた双子が多くの要人の心をかき乱すことを。
「断罪された聖女」「転生」というジャンルを思い付きで自分なりに書いてみたものです。
そのうち別の形で思いついた設定を書き上げたいとは思っています。