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No.75【ショートショート】ハッピー・ニュー・イヤー

作者: 鉄生 裕

大学生の時、地元のファミレスで働いているフリーターを見て、自分はこうならないように頑張ろうと思った。

大人のくせに就職もせず何をやっているんだと。


社会人になって、深夜のコンビニで働いているフリーターのことを下に見ていた。

根拠なんて無いけど、企業に就職している自分の方が格上だと思った。


土日も休みなく働いて、辞めたいと思ったことも何度もあったけど、職を失うことが怖くて働き続けた。

そんなある日、体調を崩して入院した。


このままじゃ身体がもたないと思い、思いきって転職活動を始めた。

転職活動は思いのほかスムーズに進み、一ヶ月も経たないうちに新しい就職先が決まった。


新しい就職先は映画館だった。

ずっと映画に携わる仕事をしたいと思っていたから嬉しかったし、新しい職場は自分に合っていて毎日が楽しくなった。


そこには自分と歳が近かったり、自分より年上のフリーターもたくさんいた。

彼等はそれぞれに夢を持っていて、フリーターとして働きながら夢を叶えようと必死に足掻いていた。


社員としてアルバイトの管理をしながら、そんな彼等のことをいつからか格好良いと思うようになった。

自分のために努力できる人間を格好良いと思うようになった。


コロナで映画館が無期限の営業停止になったタイミングで仕事を辞めた。

フリーターとして働きながら、自分がずっとやりたかったことをやろうと思った。


三年経っても成功しなければ夢を諦めて、また就職しようと思っていた。

だけど、その三年はあっという間だった。


仕事を辞めてからちょうど三年目のその日、バイト終わりの深夜三時、パンの無人販売機の前で足が止まった。

総菜パンが四つ入っていて、値段は五百円。

フリーターにとって五百円は大金だ。

いつもなら目もくれずに通り過ぎているのだが、その日はなぜだか無性に無人販売機に惹かれてしまった。

機械に五百円を入れると扉が開いた。

扉の中からパンが入っている袋を取り出した。

袋を開けると、クロワッサンの温かい匂いがした。

とっくに冷めているはずなのに、なぜだか温かい匂いがした。

家に帰ってから食べようと思ったが、あまりにもいい匂いだったので一口だけ食べようと思った。

クロワッサンは想像の何倍もふっくらしていて、想像通りの甘さで、なぜだか凄く寂しくなった。

涙が止まらなかった。

どうして泣いているのか、自分でも分からなかった。

それでも涙は全然止まらなくて、深夜の国道沿いで声を出して泣いた。

声を抑えようとクロワッサンを口いっぱいに頬張ってみたけどダメだった。


夢が夢のままなのがこんなにも悔しいと思ったのは初めてだった。


三年経っても成功しなければ諦めようと思っていた。

そう思っていたけれど、無理だった。

自分は案外諦めの悪い人間だと知り、ちょっとだけ安心した。


どうしたらプロになれるのかは分からない。

そもそも、何がプロで何処からがプロなのかも分からない。

だから、まずは僕自身のプロになろうと思った。

僕のプロになれるのは、この世で僕だけだと思った。

綺麗事なのは分かっているけれど、それでも何かが変わるんじゃないかと思った。

僕は僕のプロになるための努力をしよう。

ちゃんと、努力しよう。


今年こそ。

今年こそは。

そんな今の生活は、思っていたほど悪くない。

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― 新着の感想 ―
[一言] >夢が夢のままなのがこんなにも悔しいと思ったのは初めてだった。 主人公がこう思えるようになったのは、本気で夢を追ったからなのだと思いました。 安定した仕事、安定した生活、その先に必ずしも夢が…
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