表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

7話 掘れるわ。

「炎よ!」

「グガァ!?」

「――ぶはぁっ!?」


 目を開いたまま視界が暗くなりかけた時、突然酸素が肺へと流れ込んできた。


 きっとこの時の俺はさぞ醜い顔をしていたことだろう。

 水面から覗く鯉……いや、鯉に失礼か。

 水面から覗く人面魚……ん? 人面だから別に変でもないのか?


「ゲホゲホ! ごほっ! ぉえっ!」

「大丈夫ですか!?」

「落ち着いて英雄(ひいろ)! ちゃんと自発呼吸もできてる。酸欠のシーマンみたいに苦しそうだけど、心配ないよ」


 あ。やっぱ人面魚であってたみたい。


「ごほっ! ごほっ!」

「それより、早くここを離れましょう?」

「いや、まだ襲われている人たちが―――」

「だめ! これ以上は英雄があぶない! その大きいのだって、またすぐに襲ってくるよ!」


 あー、これあれか。

 この男女がボブに絞殺されかけてた俺を助けてくれたのか。

 自分たちが逃げるよりも、わざわざ俺を助けるためにリスクを冒してくれた的なやつか。


「ごめんね。冷徹な女、だよね」

「……いや。(めぐみ)のその判断に、いつも僕は助けられてる。ありがとう」

「――ばか」

「うぇっほ!げぇっほぉ!」


 いや、ホント空気読めてないのは百も承知なんだけど。

 自分でも驚くくらい早い段階で呼吸は整ってて、俺としては一刻も早く化け物共が蔓延るこの場から逃げ出したいわけで。

 でも命を救ってもらうなんていう、究極的に弱い立場の俺がそんなことを言えるはずもなく。


「げぇっほ! おぇっ!」

「……行こう。恵、その人に肩を貸してあげて」

「うん。わかった」


 こうして迫真のえづきで訴えかけてるわけですよ。


 あ、待って。

 立て続けの出来事にホントに吐きそうに―――


「さ。手を―――」

「おう゛ぉろろろろろろろろ」

「きゃあぁああああああ!?」


 やっちゃったよ。

 肩を貸してくれる初対面の女の子に向かってリバースしちゃったよ。

 どうかこの人面魚をリリースしないでください。


「ぐすん……もうやだぁ」

「い、今は辛抱して恵」

(いやもう、本当に申し訳ございません)


 更にいたたまれなくなった俺は。


「僕が先導する。二人は……恵は絶対、僕が守るから」

「もうっ……知ってる」

「ぉえっ。げぼっ!」


 引き続き、えづきながら命の恩人たちに運ばれていった。






 ::::::::::






「―――ん。ここ、は」


 瞼を開けると、それはそれは白い照明の光が視界に飛び込んできた。

 やけに高い天井、露出した鉄骨、つり下がる大きな照明群、周囲の空気感的にかなり広い屋内のようだ。


「あ。起きた」


 ぼんやりと状況を把握していると、横たわる俺を覗き込む人影。

 その顔に焦点を当てるとかなり可愛らしい女の子。

 同い年か少し下くらいか。


「君、は……?」

「動かないでください」


 こちらの質問には応じずに、ペンライトを取り出し眼球に近づけてくる。

 医者によくやられるあれだ。


「……ん。大丈夫そうですね」


 これで何がわかるのかは知らないけど、とにかく大丈夫らしい。


「えっと……」

「ここは学校の体育館です」

「体育館?」

「はい。怪物に襲われてたあなたをここに運んできました。あ、もう一人の連れを呼んできますね」


 そう言い残すと、名も知らぬ女の子は足早にどこかへ行ってしまった。



「……」



 ……いや。



(実はずっと意識はっきりしてて、大体状況も把握できてます。なんて言えない……)


 今の女の子は『癒仕 恵(いやし めぐみ)』、そして今から連れてくるだろうイケメンが『救井 英雄(すくい ひいろ)』。

 救井君は何らかの方法でボブに捕まった俺を救ってくれ、癒仕さんは俺のゲロをひっかぶりながらも肩を貸してくれこの体育館へと連れてきてくれた。

 先に避難していた人たちの警戒を解くため、その時にご丁寧に自己紹介をしていたので名前の字も読みも把握できた。


(言えないよなー……気まずすぎて狸寝入りしてたなんて言えない)


 とりあえずこの事実を墓場まで持っていくことを固く決意した俺は。

 頭の中を整理する。


「あれは……」


 避難中目にした様々な光景。


「G……」


 癒仕さんの肩を借りて逃げる道中、不可抗力で押し付けられる豊かな感触を味わいながらも、周囲を観察した情報を整理するんだ。


「いや、もっと―――」


 柔らかくて張りがあって。


「Hまであるかもしれない」


 いかんいかんいかん。

 思わずシリアスな思考と真反対の本音が口から出てしまう。


 口を開くな。思考に(ふけ)れ。


 あれは……


「G? H? 何かの隠語ですか?」

「大きさ」


 避難中も何度か見た救井君の、あれは―――


「大きさ? 外にいる怪物のですか?」

「いや。おっぱ―――」


 あれ?

 俺今誰かと話してる?


「……」

「……」

「あの、どうしました?」


 顔を上げ声の方を見ると、イケメンの救井君と、触感推定Hの癒仕さん。


「あー……」

「? 大丈夫ですか?」

「……」


 疑問符を浮かべながらも親身に気遣ってくれる救井君。

 中身までイケメンかよ、惚れるわ。


 そして、胸を庇抱くようにしながら、軽蔑のジト目で俺をみる癒仕さん。

 その様子を見るに俺の発言の真意を、癒仕さんは理解し、救井君は理解できていないようだ。


 救井君ピュアかよ、掘れるわ。



「……この人、助けなくても良かったんじゃない?」

「なんていうことを言うんだよ! 恵」

「あの……」


 重ねる失態と恩知らずの愚行。

 まったくもって癒仕さんの言う通りで、あまりに惨憺(さんたん)たる自分の有様に、首吊りか切腹か悩んだが。



「この度は誠に、ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」



 それはそれは流れるような見事な所作で土下座を敢行した。

 謝罪と感謝。

 どちらの意も同時に表せる、日本のお家芸。


「そ、そんな! 顔を上げてください。当然のことをしたまでです」

(もうやめて。これ以上俺と言う人間の矮小さを際立たせないで)


 救井君の人徳者っぷりがもう、太陽みたいに眩しすぎペラッペラの俺の本質が透けちゃう。

 熱すぎて俺の醜さが炙り出されちゃう。


「うぅ……ぐすっ」

「だ、大丈夫ですか? そんなにつらい目に遭ったんですね……」

「英雄。多分だけど、違うと思う……」


 なんかもう、自然と涙が出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ