7話 掘れるわ。
「炎よ!」
「グガァ!?」
「――ぶはぁっ!?」
目を開いたまま視界が暗くなりかけた時、突然酸素が肺へと流れ込んできた。
きっとこの時の俺はさぞ醜い顔をしていたことだろう。
水面から覗く鯉……いや、鯉に失礼か。
水面から覗く人面魚……ん? 人面だから別に変でもないのか?
「ゲホゲホ! ごほっ! ぉえっ!」
「大丈夫ですか!?」
「落ち着いて英雄! ちゃんと自発呼吸もできてる。酸欠のシーマンみたいに苦しそうだけど、心配ないよ」
あ。やっぱ人面魚であってたみたい。
「ごほっ! ごほっ!」
「それより、早くここを離れましょう?」
「いや、まだ襲われている人たちが―――」
「だめ! これ以上は英雄があぶない! その大きいのだって、またすぐに襲ってくるよ!」
あー、これあれか。
この男女がボブに絞殺されかけてた俺を助けてくれたのか。
自分たちが逃げるよりも、わざわざ俺を助けるためにリスクを冒してくれた的なやつか。
「ごめんね。冷徹な女、だよね」
「……いや。恵のその判断に、いつも僕は助けられてる。ありがとう」
「――ばか」
「うぇっほ!げぇっほぉ!」
いや、ホント空気読めてないのは百も承知なんだけど。
自分でも驚くくらい早い段階で呼吸は整ってて、俺としては一刻も早く化け物共が蔓延るこの場から逃げ出したいわけで。
でも命を救ってもらうなんていう、究極的に弱い立場の俺がそんなことを言えるはずもなく。
「げぇっほ! おぇっ!」
「……行こう。恵、その人に肩を貸してあげて」
「うん。わかった」
こうして迫真のえづきで訴えかけてるわけですよ。
あ、待って。
立て続けの出来事にホントに吐きそうに―――
「さ。手を―――」
「おう゛ぉろろろろろろろろ」
「きゃあぁああああああ!?」
やっちゃったよ。
肩を貸してくれる初対面の女の子に向かってリバースしちゃったよ。
どうかこの人面魚をリリースしないでください。
「ぐすん……もうやだぁ」
「い、今は辛抱して恵」
(いやもう、本当に申し訳ございません)
更にいたたまれなくなった俺は。
「僕が先導する。二人は……恵は絶対、僕が守るから」
「もうっ……知ってる」
「ぉえっ。げぼっ!」
引き続き、えづきながら命の恩人たちに運ばれていった。
::::::::::
「―――ん。ここ、は」
瞼を開けると、それはそれは白い照明の光が視界に飛び込んできた。
やけに高い天井、露出した鉄骨、つり下がる大きな照明群、周囲の空気感的にかなり広い屋内のようだ。
「あ。起きた」
ぼんやりと状況を把握していると、横たわる俺を覗き込む人影。
その顔に焦点を当てるとかなり可愛らしい女の子。
同い年か少し下くらいか。
「君、は……?」
「動かないでください」
こちらの質問には応じずに、ペンライトを取り出し眼球に近づけてくる。
医者によくやられるあれだ。
「……ん。大丈夫そうですね」
これで何がわかるのかは知らないけど、とにかく大丈夫らしい。
「えっと……」
「ここは学校の体育館です」
「体育館?」
「はい。怪物に襲われてたあなたをここに運んできました。あ、もう一人の連れを呼んできますね」
そう言い残すと、名も知らぬ女の子は足早にどこかへ行ってしまった。
「……」
……いや。
(実はずっと意識はっきりしてて、大体状況も把握できてます。なんて言えない……)
今の女の子は『癒仕 恵』、そして今から連れてくるだろうイケメンが『救井 英雄』。
救井君は何らかの方法でボブに捕まった俺を救ってくれ、癒仕さんは俺のゲロをひっかぶりながらも肩を貸してくれこの体育館へと連れてきてくれた。
先に避難していた人たちの警戒を解くため、その時にご丁寧に自己紹介をしていたので名前の字も読みも把握できた。
(言えないよなー……気まずすぎて狸寝入りしてたなんて言えない)
とりあえずこの事実を墓場まで持っていくことを固く決意した俺は。
頭の中を整理する。
「あれは……」
避難中目にした様々な光景。
「G……」
癒仕さんの肩を借りて逃げる道中、不可抗力で押し付けられる豊かな感触を味わいながらも、周囲を観察した情報を整理するんだ。
「いや、もっと―――」
柔らかくて張りがあって。
「Hまであるかもしれない」
いかんいかんいかん。
思わずシリアスな思考と真反対の本音が口から出てしまう。
口を開くな。思考に耽れ。
あれは……
「G? H? 何かの隠語ですか?」
「大きさ」
避難中も何度か見た救井君の、あれは―――
「大きさ? 外にいる怪物のですか?」
「いや。おっぱ―――」
あれ?
俺今誰かと話してる?
「……」
「……」
「あの、どうしました?」
顔を上げ声の方を見ると、イケメンの救井君と、触感推定Hの癒仕さん。
「あー……」
「? 大丈夫ですか?」
「……」
疑問符を浮かべながらも親身に気遣ってくれる救井君。
中身までイケメンかよ、惚れるわ。
そして、胸を庇抱くようにしながら、軽蔑のジト目で俺をみる癒仕さん。
その様子を見るに俺の発言の真意を、癒仕さんは理解し、救井君は理解できていないようだ。
救井君ピュアかよ、掘れるわ。
「……この人、助けなくても良かったんじゃない?」
「なんていうことを言うんだよ! 恵」
「あの……」
重ねる失態と恩知らずの愚行。
まったくもって癒仕さんの言う通りで、あまりに惨憺たる自分の有様に、首吊りか切腹か悩んだが。
「この度は誠に、ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」
それはそれは流れるような見事な所作で土下座を敢行した。
謝罪と感謝。
どちらの意も同時に表せる、日本のお家芸。
「そ、そんな! 顔を上げてください。当然のことをしたまでです」
(もうやめて。これ以上俺と言う人間の矮小さを際立たせないで)
救井君の人徳者っぷりがもう、太陽みたいに眩しすぎペラッペラの俺の本質が透けちゃう。
熱すぎて俺の醜さが炙り出されちゃう。
「うぅ……ぐすっ」
「だ、大丈夫ですか? そんなにつらい目に遭ったんですね……」
「英雄。多分だけど、違うと思う……」
なんかもう、自然と涙が出た。