5話 おら、ガクガクすっぞ
《下句 四季 Lv.1からLV.2に上昇》
「わあああああ゛ーーーー! うっせぇえええ!」
ちょっと黙っててくれないかなぁ、マジで今情緒ぐちゃぐちゃなんだから。
「いや。いや落ち着け。ヘラったら死ぬぞこれ」
我ながら情けなし。
路地裏のゾンビから今に至るまで、人間がBANされるとこを目撃してきたのに。
こんなアメーバみたいな、単細胞生物を自分の手で殺したくらいでメンタルを乱すとか。
「落ち着けー。俺はトイレの後ちゃんと手を洗う男。殺菌と言う天文学的な数の殺傷を毎日かましてるディザスター……」
人間様お得意の、本質を理屈で誤魔化す常套手段。
「そうだ。今更、一匹や二匹」
よし。
マインドセット完了。コミットしてる感が自己肯定感を満たすぅ!
「ゲキャーーー!」
「でもだからって立ち向かえるわけじゃないんだよボケぇええぇえ!」
スライムの次はゴブリンに補足された。
「まてまてまて! 命だよね? 狙いは俺のライフだよね!?」
命を狙われるのも最大級に嫌だけど。
さっき見た女の人相手に対する行為が狙いだったとしても対抗で嫌。
「ひぃっ! ひぃっ! やめっ―――」
「ゲキャッ! ゲキャキャ!」
おいおいおいおい。
同じく、ゴブリンに襲われてる男がいるから見てみたら、ゴブリンに跨られてるけど。
……え、まって。
「ワイフじゃん! ライフじゃなくて、俺のワイフの座狙ってんじゃん!」
「ゲキャハーーー!」
ゴブリンにメスとか居んのかい!
多様性の時代だなおい!
「つか、オスメスいるならゴブリン同士でやってろよぉぉおおお!」
「もう……ゆる―――ぎゃああああああ!!」
しかも結局用が済んだら処されるし。
「マジ意味わかんないって! クモとかカマキリのオマージュしてんの!? お前らにそんな強食者ムーブ合ってねーからぁ!」
「ゲギャァアン!?」
明らかに怒ってるし、言葉分かってるの?
ごめんて。
とにかくこれ以上刺激しないように速やかにこの場を離脱しよう。
ゴブリンに卒業させられたくないし。
「ちょうどいいルートめっけ!」
道端の縁石、ガードレール、乗り捨てられた車。
その先に立つビル壁面の頑丈そうな雨樋!
「―――どわっ!?」
あっぶな!
勢い付きすぎて、ガードレールを飛び越して車に突っ込みそうになった。
「あほか! 体はアクティブ! 心はクール!」
少しスネぶつけて泣きそうだけど、ゴブリンから逃げるため雨樋に向かって跳躍一つ。
「ってわーーーーーー!! ぶへっ!」
また勢い余ってしがみ付くはずの雨樋通り越して、今度はじたばたしながら落ちた。
「なんだこれ、体がうまく動かない!」
というか目測ズレる!
片目つぶって動くみたいな誤差あんぞ、これ。
いつもやり慣れた動作だからより違和感を感じる。
「あ。あ~……あー! あぁ! そうだ! やば!」
俗にいうあれだろ、レベルが上がったから。
「地味だけどいきなり自覚無しに成長とか、わからんて!」
なんかしらんけど、忍者が修行で毎日伸び続ける苗木を飛び越える話が頭に浮かんだわ。
「いや、でもこれ―――」
「ゲキャッ!」
ぼさっと地べたに座ってたら、メスゴブリンが追い付いてきたようだ。
「……よ、よーし」
レベルアップ。
つまり俺はスライムとの死闘を経て、成長、強くなったってことだ。
「やったらぁ!」
見た感じ武器も持ってないし、体格もパッと見ひょろい。
マジで行ける気がしてきた。
「すぅ~~……」
「ギャ?」
とはいえ、命がけの戦闘どころか対人の喧嘩すらまともにこなしたことのない、治安国家一市民俺。
とにかく記憶をサルベージし、一番力強いイメージを体にトレース。
「グ……ゲ?」
「……」
やばい。
自分でもわかる。
(俺今、ゾーン入ってるかも。今めっちゃかっこいいかも)
まぁ、こんな雑念だらけでゾーンとかよくわからんけど。
ちなみに力強さのイメージとして、部屋を出る前に見てたアニメの主人公を採用した。
相手に半身を向けながら、腰を落として、重心ガどっしり沈んだ前傾。
それでいで俊敏な初動ができそうな、この何とも言えない両の手が織りなす絶妙なバランスの構え。
これはマストだわ。
「……おら、ガクガクすっぞ」
と、ここまでイキったはいいモノの、体は正直で初めての暴力沙汰に膝が爆笑してるよね。
「ゲヒャッ!」
意外と勘がいいのか、ガクブルしてる俺の内心を見透かしたかのように、多分笑われた。
まぁ化け物相手に隠すつもりもないし隠す余裕もないんだけどね。
「ギャハ!」
(く、来る!)
短い手足をばたつかせながら間合いを詰めてきた。
血色の悪い伸びた爪の生えた右手を突き出してくる。
(パンチだ! 右手が前に出てるから、振りかぶった左のパンチが来るぞ!)
小柄だけどどのくらいの力なんだろう、とか。
ボクサーみたいなストレートのパンチなのかな? 野球のピッチャーみたいなパンチなのかな? とか。
(あー! わっかんね! とにかくあれだ! レベルアップしたんだからこっちだってパワーマシマシだろ!)
頭の中で出た結論。
殴られる前に殴れ。
「んにぃいぃいいいい!」
変な声出た。
なんて思いながら、カウンター気味に突き出す渾身のストレート。
「ぅあれっ?」
だったんだけど、おもっくそ空振り。
狙ったはずのメスゴブリンの顔面は下に沈む。
「ぐへ!?」
「キャキャッ!」
警戒してなかったお腹に衝撃。
ラガーマン張りのタックルとか聞いてないんだけど。
「おま―――」
間近で見るとかなり汚れてる肉体と触れ合う嫌悪感と、先手を取られた焦りから何とか振りほどこうとしたら。
「ちょ!? シャツ破んなやぁ!」
俺愛用の白Tの脇腹部分が大きく裂かれてしまった。
てか、シャツ一枚にパンイチ裸足なのを今更思い出し―――
「―――い゛?」
思わず動きが止まった。
なんつーか、マジで予想外のことが起きると、全身が硬直するのな。
「い゛っでぇぇえええああ!?」
シャツが裂かれた脇腹から感じたことのない痛み。
んでもってなおも人生最大激痛記録を更新し続けて行きやがる。
「あ゛あっ! あ゛! くそ! てめっ! ぉああい!!」
このメスゴブ。
パンチで向かってくると思ってたのに、事もあろうか俺の脇腹に噛みつきやがった!
さっき見た歯並びは大体が犬歯みたいに尖ってたから、現在進行形で肉が抉られつつある。
「んのぁああああああ!」
「ギャ!?」
兎にも角にも食らいつかれたこいつを引き剝がさなきゃならん、と。
無我夢中でメスゴブの頭を殴ったりしてみる、が。
「いっでぇえぇえ!?」
殴った衝撃で歯が食い込んだまま揺さぶられて尚の事痛い。
だったら、口を開かせたくするしかない。
「このっ! ふざけっ……死ねっこらぁ!」
「ゲッ!?」
毛も生えてない頭を手で挟み込み、両目におもっくそ親指を押し込んでやった。
「ぉあっ! はっなれろ!」
眼球を潰す。
まではいかないだろうけどそのくらいの気合で押し込んでやったから、激痛に口を開けた隙に蹴り飛ばす。
「くそ! 痛い痛い痛い! 内臓出てない!? はっ……ひ」
腹から出血なんて初めての経験なもんで、恐る恐る薄目で噛まれた箇所を確認。
「ぁ。で、出てない……わ、ワンチャン平気か、これ」
くっきり歯型は刻まれたけど、中身は平気っぽかった。
「……」
気分は最悪だった。
こいつ、俺を食おうとしたんだろうか。
おぞましい。初めてのキスマーク(?)がこいつなのも腹立たしい。
「やる……殺すっ……!」
ちょうどいい感じの鈍器になりそうなバス停の看板を引きずり、目を抑えのたうち回るメスゴブのもとへ。
「潰すっ……!」
俺は噛まれた。
食われかけた。
殺されかけた。
怒って当然、憎んで当然―――
「殺して―――」
当……然。