4話 焼きが回ってるぅうぅぅうううう!!?
「プキュウ?」
(もう一匹!? 上からとか聞いてない! やばいやばいやばい! 鼻! 口! とにかく塞げ!)
さっき目撃した、スライムのえぐい得物の仕留め方を思い出し、覆われた頭部からの侵入経路を塞ぐ。
というか、スライムの中身って思ったより水っぽいのな。さらさらしてる。
見た目ゼリーなのに――
「プキュキュ……」
(あひぃ!?)
え。
なになになになに?耳の中グッチュグッチュって、急にASMR始まるじゃん。
死の淵に見るのって走馬灯とかじゃなく、性癖の幻覚なん?
(ってちがう! こいつ、耳から中に入ろうとしてる!)
「プギュ」
さっきみたスライムに襲われた人の末路を思い出し、必死に引きはがそうと試みた。
ヘドバン、デンプシー、ファウルを必死にアピールするサッカー選手。
それはもう、ゴロリンゴロリンのたうち回った。
(ぜんっぜん引きはがせない! 死ぬ! 死ぬ!)
こんな臨死体験するほどのASMRは初めてだ。
というか、動き回ったせいでさらに息が……
(あー……これ死んだ。エアコン、消した。テレビ、消した。鍵……窓開けっぱだったな)
恐怖と酸欠でガクブルの膝が折れ、のたうち回る気力も失せたころ。
死に際に思うことが自宅の戸締りとは―――
「ブギュ!?」
「あっづぁ!?」
え? え? え?
熱い! え! 空気うまい! え!?
「ぜはっ!? 息っ! なんで……!?」
顔に手を持ってくと、さっきまでまとわりついてたスライムが無くなってる。
残ってるのはあん畜生の体液みたいなの。
無臭なのが救いだわ。
「プ、キュ……」
「うわいた!」
鳴き声がしたので振り返ると、そこにはさっきまでの活きの良さが失われた張りの無い溶けたアイスみたいなのがいた。
こっちの方が何となく経験値高そう。
「……く、苦しんでる、のか?」
どうやら何かの拍子で俺の頭から剥がれ、それが原因で苦しんでるのかな。
まぁ、正直ざまぁなんだけど。
「もしかして、火に弱いのか?」
スライムのフェイスハガーから解放された時に感じた熱。
そして、今尚尻もちをつきながら、弱ったスライムを眺めるそのすぐ傍には、炎が燻る木片。
このパニックでガスが引火したのか、商店街の店舗から炎が噴き出していた。
「プ……キュ……」
なんだろう。
「……悪く、思うなよ」
殺されかけた相手だけど、こう、悪意も無いような高い声で衰弱してるのを見せつけられると……
「……くそっ」
グデグデになったスライムへと歩み寄る。
「プキュ……?」
「水とかかければ元に戻んのか?」
どうやらあまりに非現実的な事が起こるから俺はイカれちまったらしい。
自分を殺そうとしたこんな化け物に情けを掛けようとしてるんだからな。
「プ、プキュ……」
「ん? おい。逃げんなって」
そんなこちらの気持ちもいざ知らず、この単細胞生物は近寄るどころか俺から遠ざかっていく。
「おま、この優しさを察しろ!」
元より遅いスライムだから簡単に捕まえられたけどね。
てか、この状態のスライムやばいな。
千人分の鼻水集めてもこうはならんぞ。
「情けをかけてやるってんだ。大人しくしろ」
まったく、俺も焼きが回ったもんだ。
でもまぁ、ラノベとかでもスライムとか仲間になったり―――
「プキュ! プキュ!」
「ん?」
プキュプキュうるさいな。
流石に脅えが過ぎるぞ。
「あ? なんだ?」
表情も何もないツラ? だけど、どうにも俺の背後を気にしてるようでならないので。
「はぁ。マジで俺も焼きが回―――」
後ろを見てみると。
「焼きが回ってるぅうぅぅうううう!!?」
背中に火が燃え移ってました。
「うわぁあぁああああっっちぃぃいいいい!!」
「プ……!?」
水! ない! 川! 遠い! 土! 開発!
何でもいいから湿り気のあるもの―――
「プギュゥゥゥ!?」
…………。
人体から、ジューって音出るもんなんだなぁ。
「あ、その……とったどぉぉぉおおお!!」
なんだか俺は、何とも言えない気持ちで。
とりあえずテンションの赴くまま一人勝鬨を上げることにした。