21話 介抱ぅぅぅううう!
「……ぅ、ん」
あれ?
「……」
ボクは、眠って……?
「――ぁ」
違う。
ここはベッドの上でもないし、たった今記憶がフラッシュバックした。
何より、両手首を吊るされた痛み。これだけで自分が置かれた状況は察しが付く。
「お? 目が覚めたかぁ」
「君は……」
声に視線を上げると、一人の男。
校内で関わったことは無いけど、顔と名前はよく知ってる。
「獄門、君……?」
「名前を知ってもらってるとは。光栄だね」
「有名人、だからね」
札付きのワル、というやつだ。
「有名人はそっちもだろ? 救井と癒仕。校内きっての上玉」
「――っ!」
そういう視線に疎いボクでもわかる。
いやらしく、下卑た視線。
「こ、こんなことしてどういうつも――」
「あー。わざわざ解説してやる気は無いんだわ。ただでさえお前が目覚めるまでお預けだったんだからよぉ」
「っ!」
ゆっくりとにじり寄ってくる獄門。
(状況を、この状況をどうにか……!)
前後の記憶を手繰り、事態の好転を計る。
(炎……手首をしばる縄を燃やせば――)
「――なぁんか考えてるって面だなぁ」
そう言うと、薄暗い教室の奥から人影。
彼の取り巻きだろう男が引きずってきたのは。
「おまわりさん!?」
「まぁあれだ。余計な真似したら、ってやつだ」
獄門の言葉と同時に、おまわりさんを引きずった男の指から青い稲妻がうねるように出現。
「! 電気! 君か……!」
「痛かったか? 傷は残らないから心配するな」
記憶が途切れる寸前の、全身が硬直する痛み。
多分あれは電撃。
「身をもって知ってるから察しはつくと思うけど。頭の近くでビリっとやったら、どうなっちまうんだろうな?」
「や、やめろ!」
人質。
普通に考えれば、ボク一人相手にこんな回りくどいマネしなくても、男子の力なら力でねじ伏せられる。
けど、そうしないのは……
「そいつの電気の力見た反応で確信したよ。お前も持ってるなぁ?」
(……最悪だ)
こちらに抵抗する手段があると見抜かれてる。
そして口ぶりから、獄門も同じ不思議な力を――
「じゃあ、始めるか」
「――えっ」
途端、拘束された両手首が引っ張られ体が宙に浮く。
次第に床から足が離れ――
「イタ……ッ!」
今度は両足首に新たな拘束。
(だ、誰かが縛ったわけでもないのに!?)
絡みついたひも状のものは、意思を持ったように足を螺旋に這い上がる。
その感触に、本能的な嫌悪感を憶えた。
「な、なに……これ? やっ……気持ち悪い……!」
「そう言うなよ。気持ちはわかるがな。これで結構便利なんだぜ?」
「っ……獄門! これは、君の……!」
「正解。多分、『紐状のものを操る力』ってとこだ。地味だろ?」
自慢でもするように両手を広げると、袖の中から沢山の意思を持った紐が這い出てきた。
「でもかなり器用でよ。箸は無理だけど、ハサミぐらいなら使えるんだ――」
「ッ!」
言いながら、紐たちはハサミを掴みボクの服の中央を、縦に裂こうとうねる。
「こ、このっ――」
「ぉおいおいおい。ひ・と・じ・ち」
反抗の兆しを察したのか。気を失ったおまわりさんを指さし含めるように言う。
「くくくっ。やっぱ目が覚めるまで待ったのは正解だったなぁ。その顔、そそるじゃねぇか」
「――っ!」
チョキチョキと、服の繊維が断たれていく毎に力が抜けていくような感覚。
手足が、全身が震えて、歯が小刻みに嚙み合わさる。
(や、やだ……怖い……!)
嫌悪と同等に膨れ上がる、恐怖。
今すぐこの場を何とかしたい、今すぐこの場を逃げ出したい。
今の自分の胸中を巡るのは、強烈な後悔と――
『俺が救井君なら、その他の足手まといは見ないふりして、その力は隠して。大事な人とさっさと逃げ出すかな』
そんなことを思ってしまっている、自身への嫌悪感。
「ん? なんだ? サラシなんか巻いてんのか? ひひっ。なんだよ、こいつぁ思ったよりも――」
(ああ……)
こんなことなら。
(他人になんか、構うんじゃなかった)
自分と。本当に大事なものだけ守れれば。
「あ? なんだ? その目。人質が――」
「燃えろ……っ!」
赤の他人なんかどうなったって。
「! てめぇ……!」
「……?」
あ、れ?
「な、なんだ? なんかすんじゃなかったのか?」
「え……ほ、のお、が」
出て、こない?
どうして?
「……はっ! ハッタリかよ。時間稼ぎにもなりゃしねぇって」
「ぁ……や、やだ」
絶望の中で、なんとなく。
力が使えないのは、恐怖に自分が折れてしまったからなんだろうと。ぼんやりと思った。
「おほぉ! 随分立派そうなの隠してんだなぁ!? この窮屈そうなもん――」
「イヤ……イヤ――」
こんな湿っぽい自分から、炎なんて立ち昇らない――
「解放しちゃおっかぁ!」
「いやあああああああ!」
「介抱ぅぅぅううう!」
代わりに。
「な、なんだぁ!」
「お、おい! 何が入ってきやがった!?」
滲む視界に、陽炎のように不確かな世界に――
「介抱! 介抱お願いしますぅぅうう!」
「あ……が」
「「ヤスぅ!? どうしたぁ!?」」
意味の分からない光景が広がっていた。