誰かと見たい風景
その後は、なかなか会うことも出来なかった。
そもそも学年が一緒でもどのクラスかは分からないから、会いに行くことも出来ない。知り合いがいないわけでもないけど、下手に理由とか探られても面倒だから、偶然会える時を待ちながら、日々部活に勤しんでいた。
美術部は、五十幡さんと初めて話した日から数日して、美術部の作品が、駅近くのショッピングモールで展示されるということが伝えられ、展示用の作品作りがはじまった。
テーマは『私たちの街〜誰かと見たい風景〜』
普段はキャンパスや紙だけど、今回の作品に関しては作成方法は自由だった。複数人で作ったり、油絵や紙などを紙にくっつけて表現したり、タブレットを使ったり、とみな自由に作っていた。
私はキャンバスに書くとは決めていたものの、どういう絵にするのか決めかねていた。
風景画が苦手で、なるべく書くことは避けてきた。賞への応募は強制ではないし、一応ノルマ的なものはあるけど、自分の得意な分野で参加すればいいから、特に気にしてこなかった。
誰かとやるにしても、そこまで親しい人もいないし、誘うのも勇気がいる。それに自分と同じペースとは限らないし、折角楽しいことにストレスを抱えたくはない。
そうして、1人で書くことを決めたのはいいとして、やはり、どんな景色を書けばいいのか決めかねていた。
誰かとみたい、誰かって誰だろう。
家族、友達、好きな人―どれもピンと来ないな。そもそもこの街の景色なんて、誰かと見に行きたいような特別すごい訳でもない。
そんなこと考えている間に、部活の時間は終わってしまった。
帰り道、試しに普段とは違う道で帰って見た。
いつもと同じルーティンで過ごしていても、変わらないと思ったから。今直ぐにできることとしたら、そのルーティンをに崩してみること。
そうは言っても、見知った景色には変わりはない。けど、気分転換にはなるかもしれない。
親とよく来た公園、小学校の時に通った通学路、友達と寄った駄菓子屋。
よく知っている、見慣れた風景でありながらどこか懐かしさもある。この感情は決して矛盾ではないのだろうか。
これも一つの景色になるのだろうか。
「山下さん?」
また不意に、だった。
「五十幡さん?」
声をかけてきたのは、書店の袋を抱えた五十幡さんだった。
そのまま公園に立ち寄って、2人でブランコに座った。
五十幡さんの家はこちらの方らしく、今は買い物の帰りらしい。
公園は緩やかな坂道を登ったところにあるため、ほかの場所に比べると景色が綺麗で、小さい頃はよく母と遊びにきていた。
「風景ですか」
私は、軽い感じで今の悩みについて話してみていた。
「誰にでも苦手なものってありますから、」
「五十幡さんも苦手なことが?」
勝手に完璧なイメージを持っていたから、意外な気がしていた。
「ありますよ。生きていくって大変じゃないですか」
笑いながら言った。
だけどそれ以上何も言わないから、私もそれ以上聞けなかった。
「その袋は?」
雰囲気を変えようと、話題を変えてみる。
「本屋によってきました。時々本屋によって、色々探してみるんです」
中身を見せてくれると、新刊の小説や漫画、エッセイや囲碁の本、長い間多くの人に親しまれている過去の名作など、そのジャンルは幅広かった。
「自分のその時の気持ち次第で、いつも見ている本でも、感じ方が変わったりして面白いんですよ?」
その時の気持ち…。
「そう思うと、景色と似ているかもしれないですね」
ブランコを降りると、真正面のフェンスまで向かっていく五十幡さん。
「こうして改めて眺めてみると、子供の頃見た景色と今では違いますね。こんな風に見えていたんだ、とか、こんなにフェンスって低かったっけ、とか」
私も並んでみてみる。あの頃はお母さんとみるのが当たり前で、他の人と見るのなんて考えたこともなかった。
こんな景色だったんだな。当たり前だと思ってた景色が新しく、そして綺麗な儚いものに思える。
「どうしたの?山下さん?」
驚いている五十幡さんに教えらえて頬に触れると、拭った手の甲が湿っていた。自分でもびっくりだった。
「また見に行きましょう。ここでも、ここじゃないところでも」
次の日から、早速取り掛かった。
昨日の苦悩が嘘のように、頭の中にきれいな景色が浮かんだ。
記憶が鮮明ということもあるけど、より新鮮な気持ちで景色を思い浮かべることが出来ている。
『誰かと見たい』
まだ曖昧だけど、なんとなくわかった気がする。
隣にいる、隣にいた温もりを思い出すと、胸が暖かくなる気がした。