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青春に包まれたなら  作者: ヴェルタス
1/3

出会いのようなもの

 心に響く声だった。

 少し低くて、優しく寄り添ってくれる様な、包み込まれるような―。


 私の視線の先では、朗読愛好会の人たちが、日本の名著の朗読をしていた。

 月に1回、空き教室を使った朗読会。

 それは、部活のために美術室に向かう道中で必ず通るその教室で行われていた。

 そして私は気がつけば、その声に耳が、心が奪われていた。


 美術部はその時に、特に参加するものがなければ、絵に描くものは自由だった。

 だから私は、その時の感情を絵にしようと思った。

 奪われ、揺さぶられた感情は、言葉で表現するよりも絵にした方が伝わると思った。


 書きながら私は、色んなことを想像する。

 あの人は誰なんだろう、なんで朗読をするのだろう、どうしてこんなに感動するのだろう。


 勢いで書き上げた絵をみて、他の部員から、誰からともなく拍手が溢れた。

 そこでふと我に返り、みんなが来ていたことを知り、同時になんだか気恥ずかしくなる。


 「それ誰なんですか?」

 後輩から聞かれるが、私は答えに困る。

 「朗読愛好会の人…」

 「知り合いですか?」

 「いや・・・」

 冷静に考えれば、なぜ私は知り合いでもない人の絵を書き上げてしまったのか分からなかった。


 ただ描きたいという衝動と、書かなければいけない、という使命感のようなものだったのかもしれない。


  気がつけば、朗読会が待ち遠しくなっている自分がいた。

 今度参加してみようかな。

 もちろん聴く側だけど。

 部活行く前に少しだけ聞いてから行くのも悪くない。創作意欲がかき立てられる気がする。

 とりあえず、あの人の名前も知りたいし。


 美術室の鍵を開けて中に入る。だいたい私が一番乗りで、部活の準備をして待っている。

 別に参加は強制ではなく、毎日来ているのは私を含めて数える程だった。

絵を描いている時間が落ち着く時間。私のリラックスタイムだ。


 昨日まででひとつ書き終えていたから、また新しい絵を描き始める。

 何かをイメージして、描き始めて、だいたい数日をかける。


 なんだろう。

 ふーっ、と一息ついた時に浮かんだのは、あの人が朗読している姿だった。


 この間も書いたじゃん

 1人呟きながらも、無意識に手は動き始めていた。


 大きなキャンバスにラフ画を描き、そこから全体の輪郭を作りながら、一箇所一箇所を丁寧に詰めていく。

 段々と、その姿を見せていく過程が楽しい。

 椅子に腰かけ伏し目がちに、文庫本を持たせて―この間もそうだったし、変えてみようかな。

 あぁ、想像だけじゃなくて、実際に見ながら書いてみたいな。


 『すごい』

 そんな折、不意に聞こえた声に、思わずビクッとしてしまう。

 振り向くと"あの人"がいた。

 「ごめんなさい、扉空いてたので勝手に入っちゃいました。見たことある方だなと思ったんですけど、すごい集中されてたから、黙っちゃって見ちゃいました」

 「あ、はい」

 折角色々話してくれているのに、えっと、あの、と次の言葉が出てきてくれない。

 目の前に、今まで絵にかいていた人がいるということに、思考がまだ追いついていなかった。


 「いつも、見に来てくださってましたよね」

 一瞬、なんのことが分からなかったけど、直ぐに気づいた。

 「朗読会、ですか?」

 「そうです!いつも窓から聴いてくださってますよね。ありがとうございます」

 気づかれてたのか、と恥ずかしくなる。


 「五十幡いそばたあいかです。漢字は葵に香る、で葵香です」

 初めてじゃなかなか読めないですよね、と笑っている。


 一旦筆を止めて、適当な椅子に2人で座った。まだ他の部員が来てないから、ちょっとゆっくりお話しようということになった。

 「私は山下ゆずはです。えっと」

 どう説明したら良いだろう。いいか書いちゃおう。近くにあった紙に漢字で書いた。

 「果物の柚に、葉っぱで、柚葉です」

 「へぇー、かわいい名前」

 名前を見て、すぐそう言われた。

 そんなこと言われたの初めてだったから、照れくさくなって、顔の横の髪の毛先をクルクルした。


 「五十幡さんて、今何年ですか?」

 「私は3年生です。山下さんは?」

 「私もなんです」

 後輩じゃなくてホッとした気持ちもあり、同級生にこんな人がいるなんて、という驚きもあったりした。


 「あの」

 どちらからともなく口を開いた時に、外からガヤガヤと話し声が聞こえた気がした。

 「あ、私そろそろ行きますね」

 五十幡さんが立ち上がり、声のした方と反対側の扉に向かっていく。

 「あ」

 立ち止まって振り返ると、

 「朗読会、また来てくださいね」

 と手を振って去っていった。

 手を振り返した私は、五十幡さんが見えなくなったあとも、その方をしばらく見つめていた。




 

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