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「リック様には昔から何度も寄付を頂いてとても助かっておりましたが……そのリック様の選ばれた奥方様も素晴らしい方で……」
「そうだろう? リーナは素晴らしい女性だ」
「素晴らしくなんてありませんよ。普通です」
普通ではない、と言わんばかりな表情を職員とヘンドリック様が浮かべたがその時外がざわざわしている雰囲気が伝わってきた。
「なんでしょう?」
「…………バレたか……早すぎる」
「え?」
窓に駆け寄って外を見てみると孤児院の前に人集りが出来ていた。それと立派な馬車も止まっているようだ。よく見れば騎士達の姿もある。
「……もしかしてお迎えですか?」
「らしいな。今まで迎えなんて来た事なかったんだが……さすがに俺とリーナの二人ではそういうわけにもいかないか」
えーー! もうお迎え! そんな……。
「はぁ……自由がないですね……」
「すまないな」
ヘンドリック様が苦笑を浮かべ、赤子を職員に渡す。
「すまない。城から迎えが来たらしい」
「……城……? お城…………?」
わー! すごい馬車がある! 兵が!
すごいすごいと子供達が窓にへばりついていた。
「あの……やっぱりお姫様なんですか?」
「お姫様……結婚したのでお姫様と言われるのは抵抗がありますが」
年長のお針子希望の女の子がおどおどと聞いてきた。
「……お城からお迎え……? 王妃様……? 聖女様……?」
「聖女の意味は分かりませんが! 一応王妃様はやっていますねぇ……旦那様が国王様なので仕方なく、ですが」
「おっ……え……っ! ……ほん、……とう、に……?」
女の子も職員もわたわたとし始め、周りの年長の子も目を瞠り顔色を変え、伝播していったのか訳も分からないだろうに年下の子達までおろおろしはじめる。
「そういうわけですので、早急にお勉強出来る様に整えたいと思います。よろしいですよね?」
「勿論だ。予算が浮いた分もあるし大丈夫だ。孤児院や貧民街の子も先が明るいものになって欲しいからな。リーナ、聖女として頼むよ?」
「いや、聖女ってホント何なんですか……」
「失礼!」
バタンと孤児院のドアが乱暴に開く音とバキっという不穏な音、さらにバタバタと多数の足音とガチャガチャと鎧の音が近づいて来た。
「セイファードの声ですね……」
「だな」
ヘンドリック様と顔を合わせて溜め息を揃って吐き出した。
「ヘンドリック様! リアーナ様!」
護衛の騎士を引き連れてセイファードが現れた。
「ヘンドリック様! 王になったのに城を抜け出すなんて何考えてるんですか! リアーナ様まで! 一体どうやって抜け出してきたんですか!」
二人で肩を竦める。
「反省して下さい!」
「反省はしませんー。悪い事してないですもーん」
「だよな」
「帰りますよ!」
えー……と文句を言っても許してはもらえないでしょうし仕方ないですね。
「また来ますね!」
「訪れるにしてもそれは公務にして下さいっ!」
「それじゃ堅苦しいじゃないの」
「公務じゃ本当の事が見えないじゃないか」
「お二人共!」
「お騒がせしてごめんなさいね?」
仕方ないのでヘンドリック様と職員に謝り、孤児院から出る事にした。
……が。
「セイファード、ドアを壊したんですね……」
「あっ……これは……その」
セイファードは勢い余って建て付けが甘かったドアを破壊したらしい。
「兵もいっぱいいるようですし、何人か残ってきちんとドアを修理させて下さい。あ、他にも不備な所があるようですし、ついでに直してやって下さい」
「かしこまりました」
セイファードが近衛兵の隊長に指示し、隊長がさらに何か指示しているので大丈夫だろう。
ヘンドリック様のエスコートで馬車に乗り込もうとした所で子供達の声が聞こえてきた。
姫様ありがとうございましたー、聖女様ーお菓子ありがとう、聖女様また来てねー、がんばって勉強します、など元気な声が聞こえる。職員二人は恐縮してしまったのか、壊れたドアの前でずっと頭を下げたままだ。
「また来ますねー! お勉強ちゃんと頑張ってして下さいねー!」
手を振りながら馬車に乗り込んだ。……短い自由が終わってしまった。
「はあ……お迎えはもう少し後でもよかったのに」
「今まで迎えになんて来た事なかっただろうに」
一緒に馬車に乗り込んで来たセイファードはじっとりとした視線で私達を睨んでいる。
「王になられてまで城を抜け出すなど……しかもリアーナ様までお連れして!」
いいではありませんか。私など王女とはいえ普通に外で遊びまくっていた田舎の小国出身なのに。
……なんて言ったらお叱言が返って来そうなので黙っておきますが。
「そういえば私のこの衣類は誰が用意してくれたのです?」
「暗部に頼んだ」
「ええっ!」
ヘンドリック様の返答に驚き、そして笑ってしまった。
護衛も暗部に頼んでいたという事ですか。なるほど。でも、影から警護したり隠密として働く暗部の方に買い物を頼むなんて!
「それはお手数おかけしましたね」
「何着か用意してもらったからまた行こう」
「是非に!」
「ヘンドリック様! リアーナ様!」
セイファードの眦が上がる。
一体どうやって抜け出したんですか! 国王と王妃の自覚を持って下さい! 何考えてるんですか! などセイファードの口から出て来る叱言に私とヘンドリック様はしらーっと聞き流し二人で顔を合わせて笑った。
お読みくださってありがとうございました。
明日からは別作品連載します。
そちらもよろしくお願い致します。